生田口の将平知盛も敵の追撃の標的となった。
生田口を破られた当初は多くの武者達に守られていた。
知盛はその武者たちを先に船に向かわせた。
将として多くの兵の命を守る責任を果たそうとしたのである。
鎌倉勢は敵の大将軍を討ち取らんと身の回りの兵が少なくなった知盛目指して殺到する。
その鎌倉勢の追撃から主を守らんとして知盛の周りに残っていた武者達は身を挺して敵と戦う。
武者達が次々と倒れた。

生田口からさほど遠くないはずの浜辺に近づいた時には知盛の周りには、子の武蔵守平知章と監物太郎しかいなかった。
この三人に鎌倉方の児玉党のものたちが襲い掛かる。
児玉党の武者の一人が知盛に組みつこうと挑みかかる。
その瞬間、知章が父と敵武者の間に割って入る。

「父上お逃げください。」
そう叫びながら。
そして父の馬に鞭を当ててその馬を遠くに走らせた。
走っていこうとする馬を止めて馬首をかえそうとする知盛。
だが、その知盛と子の間に郎党の監物太郎が割って入った。

「駄目です。殿。殿はここを落ち延びねばなりませぬ。生きなければなりませぬ。」
「しかし。」
監物太郎は主の馬首をひしと掴み前には進ませない。
「殿以外に誰が内府(平宗盛)をお助けするのですか。誰が帝を御護りするのですか。
この平家を支えるのはどなたですか。どのような手立てを尽くしてでも殿は生きなくてはなりませぬ。」
そういっている間に知章は敵と必死に戦っている。

「武蔵守!」
そう言ってなおも引き返そうとする知盛。
監物太郎はその主の馬首を無理やり浜の方に向け、自分が手にする鞭を主の馬の尻に当て無理やり知盛をこの修羅場から放りだす。

走り去る馬の上の知盛。知盛は振り返る。その知盛の目に愛しくてやまぬ我が子の最期の瞬間が入ってくる。
「武蔵守!」
なおもそう叫ぶ主に対してただ一騎敵に対して立ち向かおうとする監物太郎が叫ぶ。
「殿、武蔵守様の事を思うならば生き延びてください。
殿にはまだ多くの兵達を養う責がございまする!」
「監物太郎!」
監物太郎は敵に向かって突撃していった。おそらく監物太郎も命を落とすだろう。

知盛は平家の船を見つめた。
その中には多くの兵達が乗っているはずである。

知盛は顔を上げると馬を浜に向かって走らせた。
やがて馬は海に入り力強く泳ぐ。
敵も馬を海に入れて追いすがろうとする。

しかし誰も知盛に追いつくものはいない。
知盛はその名も高い名馬井上黒に乗っていた。
井上黒は主を乗せてすいすいと船に向い追っ手をぐんぐん引き離す。
やがて馬は船の際までたどり着く。

多くの兵達が知盛の顔を見て安堵する。
知盛を乗せた船は福原から遠ざかる。
その遠ざかる福原のある一点を知盛はひたすら見つめていた。
兵達の前で涙を見せることは許されない。
命を賭して自分を逃がした監物太郎、そして我が子が戦って散った場所を見つめて知盛は心の中で泣く。
そして、平家の復活を亡き息子に誓った。

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生田、一の谷、山手この全ての口が破られ、平家の敗北が決した。
この後繰り広げられるのは、鎌倉勢の功名争いである。鎌倉勢の多くが名の在る将の首を得ることに血道を上げる。
平家の将や名在る者達ははこの武者達から逃れるのに必死にならざるを得なかった。

まず、餌食となったのが一の谷口から逃れて生きた一の谷口の将平忠度。
芦屋の浦を目指して東を目指していたのであるが、途中鎌倉勢に追いすがられた。
追っ手に対して「味方である。」と言って偽って逃げようとしたが、
殿上人の証である鉄染(かね=お歯黒のこと)が染められてあることでこの嘘が見破られ直ぐに討ち取られた。

ついで、山手口の将平通盛。
彼も東の浜に出て船に乗ることを目指そうとした。
だが、生田口から突入してきた鎌倉勢に囲まれて命を落とす。

福原の洋上には船が浮かんでいる。
だがその船が陸からの攻撃をかわすため浜から遠い場所に浮かんでいる。
その船は逃げる平家の将たちからは遠い存在となってしまった。

生田口を守っていた将たちも逃げなければならなくなっていた。
この口の副将は平重衡だった。
一目みてわかる立派な装束は自軍の間にある間は副将としての威厳を醸しだしていた。
だがその美麗は装束は今度敗軍の将となると、功名を目指す敵を誘いだす目印となってしまう。
この装束に惹かれるのように多くの鎌倉勢の武者たちが重衡目指して追いすがってくる。

この日重衡は童子鹿毛という名馬に乗っていた。
この馬は多くの敵の追撃を振り切りながら、主を乗せて必死に駆ける。
数多くの鎌倉勢はこの走りに振り切られる。
けれどもこの童子鹿毛の力走に必死についてくる敵がいた。
生田口軍目付梶原景時の嫡子梶原景季である。

浜地に出た重衡は馬を泳がせて船にたどり着こうと海に入る。
童子鹿毛の動きが遅くなる。

その時を景季は見逃さなかった。

景季は矢を番えて放つ。

矢はうなりを上げて童子鹿毛を目指す。

その矢が童子鹿毛の頭に命中した。
童子鹿毛は見る見るうちに弱っていく。

重衡は自分の傍で馬を泳がす乳母子の後藤盛長を見た。
主の目をみた後藤盛長は何を思ったか自らの乗る馬の馬首を変えて遠くへと去っていく。
後藤盛長の乗っていた馬は主の乗り換えの馬だった。その乗り換え馬を主に捧げるのを拒否して逃げた。
乳母子に去られた重衡は仕方なしに弱っていく童子鹿毛に乗って海を進む。
しかし、童子鹿毛は中々先には進まない。
背後から敵は迫って来る。

もはやこれまでと重衡は自害の用意を始めた。

短刀を握り自らの首筋に手をかけようとした瞬間、重衡の手は何者かに掴まれた。短刀が叩き落とされる。
複数の手が重衡の体にまとわり付く。童子鹿毛から引きずり下ろされ。武具は全て奪われた。

「鎌倉殿御家人庄四郎高家と申します。平家のおん大将のうちのどなたかと推察いたします。只今より我等が将のもとにお越し願います。」
追ってを率いていた庄四郎高家はそう言うと、自分の馬に重衡を乗せた。
その高家と重衡の周囲に梶原の郎党が現れ重衡の周りとひしと固める。
体の自由と自ら命を絶つ術を奪われた重衡は、生田口の鎌倉方の陣へと連行された。

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動かなくなった若武者。その若武者の鎧直垂を脱がせ、若武者の首をつつもうとする坂東武者。
その直垂の中から戦場に似つかわしくないものが現れた。
それは錦の袋に包まれた見事な笛だった。

昨日先陣を争って前夜から平家の陣に入り込んだこの坂東武者は敵陣から優雅な笛の音が流れているのを聞いていた。
その笛の音を出していたのがこの若武者であるということをこの坂東武者は悟った。

やがてこの坂東武者はこの笛の名が小枝、その持ち主で彼が討ち取った若武者の名が
無官大夫平敦盛━━ 平経盛の末子で十七歳であったことを知る。
功名手柄にはやる坂東武者熊谷次郎直実も、この瞬間だけは戦うということの空しさを感じていた。

一の谷口を守っていた大将軍平忠度はこらえきれずに東方に向かって走り去っていった。
海に逃げることのできぬ兵達も将につづくかの如く東に向かう。

が、しかし功名にはやる坂東武士たちも彼等の後を追う。
坂東武士達が目指す功名、それは名のある将の首を上げることである。

一の谷口の壊滅は湊川沿いで必死に抵抗していた平通盛らの戦いを妨害することとなった。
必死の思いで西から落ちてくる一の谷口の武士たちは通盛らを助けることはせずひたすら逃げることのみに専念した。
逆に、その兵達に追いすがっていくる一の谷口の鎌倉方の兵達を連れてきてしまった。

その兵達は平通盛、越中次郎盛俊に襲いかかかる。
兵達に襲われた平通盛はこらえきれずに湊川を放棄して東へと向かう。

越中次郎盛俊は名うての武者である。
盛俊はなんとか留まって鎌倉勢と戦いを挑んだ。
剛勇で知られた盛俊はよくこらえて戦った。
だが、最後は一の谷口から突入してきた猪俣小平太によって討ち取られてしまった。

かくして一の谷口、山手口は完全に鎌倉勢の手におちた。

この事態を生田口の将平知盛、平重衡がすぐに気が付くことがなかった。
彼等は生田口の鎌倉勢大手との戦いにばかり気をとられていた。
矢の補給をすべく大和田泊の船に使いを出したが、その使いの戻りが遅いのは多少気にはしていた。
そのとき船団の一部が炎上していたのに気が付いていない。

そのうち背後がなにやら騒がしくなってきた。
最初は矢の補給が来たのかと思った。
しかし様子がおかしい。

ふと背後をみると、西側のあちらこちらで火の手が上がっている。

そのうち、東国なまりの声が多く聞こえるようになってきた。

知盛はこの時になって、一の谷口か山手口が破られたことを知った。
事態を知った知盛は兵の一部を背後に迫る敵に当てることとした。
平家の軍勢も最初は背後から迫るこの鎌倉勢をよく防いだ。

だが、その防御が崩れるときが来た。

平家の矢種が尽きたのである。

方や西から現れた鎌倉勢は早々に戦線を突破したため矢を十分に持っている。
矢を持つものと矢を持たないものの戦いの勝敗は目に見えていた。
背後から迫る鎌倉勢に生田の平家は徐々に圧倒されていく。

そして、矢種の喪失はこれまでよく防御していた生田口の逆茂木をも打ち破ることになる。
矢を怖れる必要の無くなった生田口の鎌倉勢は次々と歩兵を繰り出して逆茂木の破壊を始めた。
その破壊された逆茂木の向こうから坂東の騎馬武者が現れる。

背後と前面の鎌倉勢の猛攻を受けた生田口の平家の陣も壊滅した。


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