一の谷口の平家軍は早くも壊滅状態となっていた。
側面の奇襲と背後からの攻撃を受けているところに、前方から続々と敵兵が侵入してきたのである。
鎌倉勢は炎をかけながら殺戮を繰り広げる。
悪七兵衛景清、越中次郎兵衛盛嗣などの累代平家に仕える猛者たちは何とか踏みとどまり鎌倉勢と組み討ちを挑む。
しかし、この一の谷口にいた兵の多くは近隣から集められた駆り武者の方が多い。
自軍が不利と分かると、蜘蛛の子を散らすかのようにこの戦場を去っていく。

一の谷口に上がる炎を見た海上の平宗盛は兵達を救済すべく小船を須磨の浜に出すよう命じた。
しかし、この救出作戦は見事に外れた。
命助かりたい駆り武者や雑兵が将たちを放り出して真っ先に小船に乗り込んだ。
一つの小船に多くのものが飛び乗った。
そのため転覆したり沈む小船が後を絶たない。
先に乗り込んだものは自分の命を守るため後から乗り込もうとするものを蹴落とした。
そうやって辛うじて転覆を免れた小船に乗ったものだけ船団に乗り込んだ。
弓や刀では死なない者の多くが海に命を吸い込まれていった。

この船への人々の殺到は一人の平家公達の命を奪った。
三草山から只一人福原に戻った平師盛である。
師盛は早めに戦線を抜け出して小船にのって平家の船団を目指した。
命助かりたいと必死に飛び乗った大男によって師盛が乗っていた船は転覆した。
鎧に身をつつんでいた師盛は沈みそうになる体を必死にこらえて波間を漂っていた。
そこへ、東国武士が馬を泳がせて追いすがってきた。
その武者によって師盛の命は奪われた。まだ十四歳だった。

須磨の浜でも一人の若武者が命を落とした。
その若武者が浜辺に来たときには既に小船は殆ど浜にはなかった。
そして船団は沖合いへと去っていく。
遠ざかっていく平家の船団に向かって必死に馬を泳がせている一人の若武者。
上等な鎧直垂を着し、金作りの太刀をはいている。
その若武者はひたすら海に向かって馬を泳がせる。
だが泳がせても泳がせても味方の船に追いつくことはできない。

その若武者を呼び止めるものがいる。
扇を振って浜辺へ戻れと呼び止めている東国の武者一人。
我と戦えという意思表示をしている。
若武者は浜へ戻った。
戻るとすぐに組討ちが始まった。
若いとはいえ公達育ちの少年は、血で血を洗う闘争を繰り返してきた坂東武者には叶わなかった。
すぐに坂東武者に組み伏せられた。

功名にはやる坂東武者はその若武者に止めを刺そうと刀を抜いた。
坂東武者は今討とうとしている敵将の顔を見る。
その時坂東武者の手は一瞬止まった。
討たれようとしている若武者が討とうとしている坂東武者の子と同じ年頃に見えたからである。
━━ 助けてやろうか?
そのような思いが一瞬坂東武者の脳裏によぎる。

だがその時この坂東武者と同様に功名手柄にはやる男達が背後から次々とやってくる。
「御免!」
というと坂東武者は若武者の首に手をかけた。

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その頃生田口を守る平家の将平知盛は不安を覚えていた。
生田の逆茂木の向こうからやってくる矢の数が一向に減らないのである。

━━ 敵は一体どのくらいの装備をしてきたのか?
ふと弱気が心の内を通り過ぎる。

一方こちらの平家方はといえば矢種がもう尽きようとしている。
逆茂木が騎馬の行く手を阻もうとも、矢が来ないとなれば敵は徒歩の者を使って逆茂木をどける。
矢があるからこそ逆茂木の破壊を防げるのである。

一方生田の東の鎌倉勢も敵の矢種を気にしていた。
生田口の中に進入したくとも逆茂木が騎馬の行く手を阻む。
その逆茂木をどけなければその先へと進めない。
だがその逆茂木をどけようと歩兵を近づけるとその向こうから矢が歩兵目掛けて飛んでくる。したがってうかつに歩兵を逆茂木に近づけさせることができない。

歩兵を守りながら集団になって敵地に侵入を試みるのだが中々逆茂木を撤去するまでには至らない。
そのような戦いがもう既に一刻以上続いている。

だが、矢というものは無尽蔵にあるわけでない。
しかも敵は三方を山に囲まれたところに籠もっているのである。
矢が尽きたら補給はむずかしい。
敵の矢の数が急に減少した時、それが突入の頃合となろう。
源範頼も、梶原景時も、そして大手に属する多くの御家人達がそのように考えている。
そこで、わざと敵地に近づいては期を見て引き返して敵になるべく多くの矢を撃たせるように図っている。
なるべく早く敵の矢をなくす為に・・・

しかし、範頼と景時は敵に補給の可能性があることを懸念している。

大和田泊に浮かぶ平家の船団の存在が気にかかるのである。
船は多くの物資を載せることが可能である。
その船に大量の矢種があるとしたならば陸上の平家にそれが補給される。
そうなると平家が放つ矢が尽きるまでには相当の時間がかかる。
逆にこちらの矢種が尽きるであろう・・・

平家方、鎌倉方からは未だに多くの矢が放たれる。
生田口では戦線が完全に膠着している。

一方その頃福原の中央部の湊川近くでは異変が起きていた。
山手口からの敵の侵入を許した平通盛であったが、通盛は手勢を率いて攻め寄せる安田義定や多田行綱らと戦っていた。

だが、その戦いの側をするすると通りすぎる一隊があった。
最初に山手口を落とした攻めて今湊川で戦っているのは山手口の先陣にすぎない。
細い山道を通って行軍する軍勢である。
あとからあとから細い道の向こうから新たなる軍勢が現れるのである。

その後続の軍勢は平通盛には目もくれずに湊川を南に下る。
やがてその軍勢は大和田泊の近くに達する。
彼等は弓の射程距離内に平家の軍船を捕えた。

平家の軍船は平家の赤い旗をなびかせている。
その旗に向かって山から現れた軍勢は一斉に火矢を放つ。
あわてて軍船からも矢が放たれるがその矢を掻い潜るように騎馬武者は走っていく。
そして一番近い船に火矢を、そして松明を投げ込んだ。

大和田泊の近くに泊まっていた船が何艘か炎に包まれる。

それを見た他の船たちは一斉に綱を引き上げ沖へと逃れていく。

船団の損傷を最小限に引き下げるためである。
しかしこのことが平家一族にとって大きな悲劇を産むことをこの時は誰も予想していなかった。

福原陣立て 戦闘開始後1

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一気に崖を下り落ちる騎馬武者たち。
恐怖を必死の思いで抑えながら下へ下る。途中わずかばかりの平地があり武者たちはいったんそこで休息を取る。
彼等は上を見た。
先ほどまで自分達がいた場所が後ろの絶壁のかなた上にある。
もう上には戻れない。だがまた同じ恐怖を味あわなければ下にたどり着くことは出来ない。

疲労と恐怖にあえぐ武者たち。

そこに朗らかな声が一つ鳴り響く。
「この程度の坂、大したものではないわ。
我が三浦等はこのような坂は日頃馬場の如く駆けておるわ。」
相模国三浦一族の一人佐原義連の発した言葉である。
舟が多く出入りする海と急峻な山を抱える三浦一族にとって急な坂は身近な存在である。

その一言を発して周りの者達を励ますと今度は佐原義連が先頭を切って崖を下り始める。
義連に誘導されるが如く他の武者達も下へと下り始める。

やがて崖の終点が目の前に迫る。

崖を下りきらぬうちに義経率いる一隊は鬨(とき)の声を高らかに上げる。
彼等の発する声は崖を伝って大きく広がり、何千騎もいるかのような声に広がった。

突然の鬨の声に平家方は驚く。
その方角を見るとありえない場所から武者たちが降ってくる。
その近くにいたものたちは何が起こったのかわからなくなっている。
呆然としている平家の兵達に矢の嵐が飛んでくる。

その嵐の向こうから今度は炎の波が押し寄せてくる。
下ってきた敵が火を放ったのである。

たまらずに逃走を始めるものが一人二人とでてくる。
その逃走者たちはやがて集団となっていく。

側面からの不意打ちに動揺する平家方の武者たちは今度は背後からの敵に脅かされる。
一の谷を固める平家勢の背後に回りこんだ別働隊の主力がこの動揺に付け込むかのように一気に攻撃の手を強めたのである。

義経率いる別働隊の主力と険しい崖を下ってきた遊撃軍に翻弄された一の谷口の平家勢は混乱に陥った。
西の木戸口では、未だに土肥実平率いる一の谷攻め主力と戦っている最中だった。
しかし、やがて後方の混乱の影響が現れてくる。

その様子を知った土肥実平は総攻撃の指示を出す。
櫓と逆茂木に固められている一の谷の西の木戸口は鎌倉勢によって一気に打ち破られた。

福原陣立て 戦闘開始後1

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