もともと根がズボラだが、普段は一応まともな人間のふりをしている。

でもオットが出張中の時は、素のままのズボラ大魔王そのものになる。


家では好きなことしかしない。

料理もまともにしない。

お菓子を買い込んで、普段はできない風呂上がりビールだってやっちゃう。

(ビールとチョコレートポッキーは、結構グーチューリップオレンジだと思う。)


今日も昼過ぎまでダラダラと布団で本を読んでて、お腹が空いたので、そこらへんにあったキムチ豆腐で煮込みスープを作ろうと思った。


その後冷蔵庫や棚を探したら、ネギこんにゃく春雨ホウレン草チーズウインナーがあったので、それも入れてみた。


アルコール×のオットをだまし、料理酒という名目で購入してあった「男山」を飲みながら作っていたら、何か入れたくてムラムラしてきて、冷凍庫にあったチョコのかけらと小餅も入れてみた。

誘惑に負けて納豆も入れてみた。

男山も注ぎつつ、適当に調味料も入れてみた。


鍋がボコボコと音を立ててて、なんだか自分が魔女になったような誇らしい気持ちだった。


いい加減煮立ったのでフタを開けてみたら、数個の小餅が固まって1個の大餅になっていた。


酔っ払った舌には、なぜか異常に美味しかった(自画自賛のよっぱらい)

キムチ×チーズが合うのは知ってたが、チョコを入れるとコクが増す!と思った。

納豆はフツーの豆の味になっていた。


そのまま放置の上、昼寝に突入し、この世の全てが素晴らしい気分で眠った。


昼寝後、せっせと証拠隠滅。明日は夫が帰ってくるので、部屋もピカピカ。

まともな食料品も買い込んで、ご飯も仕掛けて、煮物やお味噌汁を作って準備OK。


ふと、こんな自分でも結婚して、まともな生活を送れるんだなあと思った。

こんなズボラ大魔王をニンゲンにさせる「共同生活」「仕事」ってスゴイかも・・・。

私の周囲にはこだわりのある友人が多い。

というか、三十路を越えるといろいろ傾向が固まってくるのだろうか。



この間参加したチャリティ・パーティで、友人がRaffleで航空会社が提供した「海外往復エコノミー航空券2枚」を当てた。

「オオ!」と思いきや、

エコノミークラス嫌い(というよりポリシーで乗らない)の友人は、

「これ、エコノミー2枚じゃなくて、ビジネス1枚になりませんか?」と交渉。

「無理」かつ「他人譲渡禁止」と分かると、それをそのまま主催者に返して

「次のチャリティーの時に使うか、その金額分を寄付して下さい」とのたまった。


ビックリした。そういう人もいるんだなー。私だったらエコノミー往復券があたっただけで小躍りするけどなー。と思いつつそういうこだわりもいいなあと思った。


かと思うと、私の月給の倍以上の家賃の都心マンションに1人で住みつつ

(リビングに我が家丸ごと入る広さ)、

突然グランドピアノを買って、真剣にバイエルンからピアノを習い出す友人(三十路後半、独身)。

「最初は普通のアップライトとか電子ピアノでいいじゃん」というと、

「グランドピアノで練習したい」とのたまう。



何となく変なこだわりだなーと思うこともあるけど、どの友人も偉いのは、みな親や家族の力などを借りず、自立しながらそれだけのこだわりをもっているということ



振り返って我が身をみると、

「自分の部屋が欲しい~」と叫びながら賃貸暮らし。

そして、あろうことか最近は旦那の稼ぎをアテにして家を買おうとしてた(恥ずかしい・・・)。

確かに収入差はあるけれど、買うならお互いEVENにローンを組める家を買おうと思った。


そういう、身の丈にあった自分のこだわりをつくっていこうと思う。

「若い人たちは結婚したい、子どもを二人以上持ちたいという(希望を持つ)極めて健全な状況にいる。若者の健全な希望にフィットした政策を出していくことが非常に大事だ」


・・・て。


唖然。


若い人たちって誰のこと?


よく子供が

「みんな言ってるもん!」

と親に言って、

「みんなって誰よ。言ってみなさいよ。」

「えーと・・・」


というシーンがあるけど、思わずそれを連想してしまった。


私は、子供の頃から今まで、1回もそんなこと思ったこともありません。

え、健全じゃないの?私?

周囲に「絶対子供は2人!」って言ってる人にもあまり会ったことが無いよ。


何を持ってして「健全」なのか。こんな人が厚生労働大臣をやっている国は一体・・・。

想像力があまりにも無さすぎる。


だいたいホワイトカラーエグゼンプションの導入を強烈にすすめて、経営者優先の、更に過酷な労働環境や格差社会を作ろうとしている人がする発言なのか?!


フィットする政策って何だよ、具体的に言ってみろよ・・・と詰め寄りたくなるのは、残業続きで疲れてるせいかなあ・・・(by イチ労働者の声)。