
京都の北の方ではまだ桜も咲き始めたところ、そんなことを確かめるように、日曜日の昼さがりの陽射しに誘われて近くを少しドライブしてきた。
いつも行くところは観光地なのできっと多くの人やクルマで一杯だからと、僕だけのお気に入りの道を行くと、やはりまだ咲き始めの桜はちょっと恥ずかしげな面持ちで顔を出した程度だったけれど、それでもすぐ近くの加茂川の土手には多くの人がそれぞれの自由さでもって、静かに本を読んだりカップルでお酒を飲んだり、みんなとてもゆっくりとした時間を過ごしている。
まだ風が少し北から吹いてて少し冷たいけど、みな穏やかな日曜の午後を楽しんでいるのがその笑顔から微笑ましかった。
こうやって、何気にひとがそぞろ歩きしているのを見ると、ほんとうに待ちこがれていた季節の到来、心地良い自然との戯れと言うか、見てるだけでいいものだなぁとこちらまで笑顔になる。
そんな感じでクルマの窓を全開にして、ちょっとだけ独りよがり的なライブをしてみた。
iPodに入れた自分の出来立ての楽曲、ちょっとボリュームを上げて、すれ違うひとやあたりにいるひとに聴いてもらう感じを試してみた。
これまでの感覚で創った少し切な目の楽曲とはちがって、春を感じてわくわくするも穏やかな気持ちの中出来た曲、なかなか溶け込んだ感がいいんじゃないかなと、我ながら悦に浸ってみる。
何を思ったか、しばらく使わなかったアコギで録音したのもこれまたいい感じに聴こえる気がする。
かといって、外でギターを弾くのはどう考えても恥ずかしくて出来ないけれど、ちゃんとリズムを加えて打ち込んだ曲をこうやってひとのいる所で音量を上げてみるのも、果たしてひとに聴かせてどうなのかなという感じが確認出来る気がして面白いものだと、ひとり得意げになっている自分が可笑しかった。。
自然からもらった感覚、僕は自分の音楽をそう思っている。
特別な音楽なんて感じじゃなく、それぞれの景色に合ったBGMのように、ひとの日常に聴こえ流れている音。僕がよく言うイメージ、その印象は、どんなひとの心にもまるで映画のように流れていて、それは時刻や天気、その時々の心境、そして目に映る風景、それぞれの景色の中に必ず聴こえているはずの音。
いまこんな風に考え心からそうだと思えるのも、僕が歌じゃなくギターを弾いていることと、音楽を特別なものとしてじゃなく、有りの侭に聴き楽しみ、好きであったからこそ。
そして何よりもそう考えている自分と同じようなひとたちと出会えたこと。
ひとそれぞれにいろんな表現方法があると思う。僕も歌には凄い力があると思う、それは疑い用のない事実で、たまに唄うと本当に気持ちのいいものでもあるけれど、僕にとって何かを伝えるということは、ほんの少し、この心地良さを共有したいと思う気持ちなのかも知れない。
ハイ!といって渡される歌詞や言葉より、それぞれのひとの心のままに、自分でその扉を開き、閉ざされた心の奥にある何かに触れてみる勇気が出るような感じ。
自分が思う自分でいいんだと、ほんのちょっと笑顔になれる時間、、、
そんな場面のBGMになればいいなぁと思う。
そんな感じもますます楽しみなこれからの季節。
さぁ今度はどんな景色に出会う音が、曲が出てくるのだろうか...。
自然やひととの語らい、ゆっくり辺りを見回て、心地良い瞬間を見逃さないように。
いい感じでいたいと思う。