怒るのも怒られるのも苦手...。 | 風の音が心に響いて...

風の音が心に響いて...

日々心地よくありたいと願う気持を込めて..、
感じたままを書き綴ってみました

過ぎたことは過ぎたこと、起こったことはもう元には戻せないもの..。
基本そう思っている僕ですが、これはひとに対しては物わかりの良いというか、まぁひとがいいともとられたりします。逆に自分のことでいえば、まったく言い訳の出来ない、しないヤツでして、そのことがややもすると誤解を生じ、損をしているとよく言われたりします。

基本的にどんなことでも、ことにひとの行動は良い悪いで考えているようで、特に悪いものは悪いとハッキリしているおかげで、自分が悪いと思った時には一切言い訳をせずに謝り「さぁどうにでも....」などと、まるで首を差し出すような感じになります。
これはよく、開き直りととられますが、自分の中ではそうではなく、とにかく頑張ってはみたものの結果が思うようにならなかった、やってはみたけど間違いだったのだと自他共にそう理解しているからこそ、ひとの場合も怒ったりせず、次回に期待するみたいな感じになるわけですが、それを自分にも適用していただきたいと思うことが、どうにも甘えとなっていけないようです。

よく、「言い訳すんな!」という言葉があります。これにはいたく同感な僕としては、自分が悪い場合は絶対しないでおこうと思うわけですが、時に「言い訳ぐらいしたらどう!」などと言われるのがどうにも合点がいきません。
果たして、わざと間違ったり失敗したりしたわけではないので、言えることと言えば、「頑張ってはみましたが...」くらいのもの。
逆に自分の思い通りにやったことが誰かを害したとしたら、それはもう「言い訳のしようがありません」となるのは当たり前のことで、あっさり首を差し出す感じになってしまいます。

これは、昔からひとが怒っている感情をどうにもうまく処理出来ない自分がいたりするところから来てるような気がします。僕は長男ですが、当然親にもよ~く怒られました。
どこでどうなったのかはわかりませんが、とにかく言い訳ができないのは、その怒りの感情自体が恐ろしくて、そういう心持ちにひとをさせてしまったという自戒の念に打ちのめされてしまうのです。

とはいえ、僕も怒らないわけではありません。でもそれは、相手の為にそうするという覚悟があってのこと、ただ怒りを発散するということはありません。
子供なんかには特にそうですが、怒った後、互いにちゃんと笑顔になれるようでないと、そういう考えが無いと怒ったりは出来ないものです。
ある種、怒るという行為は、最後の手段と言うか、感情の高ぶりの極みなんだと僕は理解してます。
それだけ相手が大切だと、大事なんだとまず判ってほしいからこそ、その極みの感情を出す。僕にとっての怒るとはそういうことなのです。

だからというわけじゃないですが、怒るのも怒られるのも苦手。
自分的にはひとを怒るのはとてもパワーがいることだし、理不尽に怒られるとどうしようもなく捨て置かれたような気持になりますしね。

出来ることなら怒らないで、ずっと笑顔でいたいと、真剣にそう思っている僕としては、
怒るのではなく、真面目な、真剣な自分を見せながら...、
いろんなひとといろんな場面で...、
笑顔で真剣にを目指して、振る舞っていきたいと思っています。