左衛門記【 其の二・前1958~1993 】1970 | 風の音が心に響いて...

風の音が心に響いて...

日々心地よくありたいと願う気持を込めて..、
感じたままを書き綴ってみました

いざ自分の事を書いてみて、なんともこそばゆい感じがしないではないですが、なにせ素人、読みにくいところ、意味不明な所多々あることと思いますが、多くの温かなコメントをいただき本当に嬉しい限りです♪思い出し思い出し書いているので、時間的なズレ進む方向などはこれも個性と思って読んで頂けたら幸いです。

左衛門記【 其の初 】

。。。

メンバーを探す前に自分でなんとかしないといけないことがあった。
それはエレキギターを手に入れること。ボロボロのガットギターで、メロディーをつま弾いてても、コードをジャンジャン弾いても今ひとつピンとこないし、ビートルズでもなければバンドでもない。

何としてもエレキギターを手に入れる!

そう思った僕は中学2年生の夏、母の故郷の京都府京丹後市の網野、そこで左官屋さんをやっている伯父さんの所でバイトをした。ほぼ1ヶ月お盆以外はとにかく必死に働いた。
そして、晴れてエレキギターを手に入れた。

初めて手に入れたギターはグレコというメーカーのテレキャスターモデル。
なぜテレキャスターかといえば、それが一番安かった。
しかも普通の右利き用、当然左利きはなかったし、他のモデルにはあったことはあったけど到底高くて買える代物じゃなかった。

それでも、十分嬉しかった。初めてのエレキ、自分のエレキ。
キラキラしたボディーに握りやすいネック。
今までみたいな弾きにくい太いネックのガットギターとはまったく違う。
ひとしきり弾いて置いてはみても、また手に取って弾き、置いては弾き置いては弾きを繰り返す。
あまりの嬉しさに記憶は定かじゃないけど、抱いて寝たんじゃないかと思うくらい、それくらい嬉しかったのは今でも覚えている。

そしてもうひとつ、なぜ僕が左でギターを弾き始めたのかも書いてみたい。
小学6生の頃、僕とギターとの初めて出会いがあった。
それは友達が家庭教師のお兄さんから教わったというフォークギターで、コードなるものがあって、これを押さえて弾けば伴奏が出来ると言うものだった。

ところが、教えてもらって弾こうとしてもなかなか上手くいかない、極めつけはその頃誰もが聞き覚えていた、あの禁じられた遊び。その友人がなんとかつま弾く3連のアルペジオが僕にはまったく出来ないのだ。

「ダメやな、僕には向いてへんわ!」

それが僕にとって初めてのギターとの切ない出会いで、僕とギターが出会うまではもう少し時間が必要だった。

僕はこの頃、まだ自分が左利きだということを知らなかった。
お箸や鉛筆は右で持っていたし、中学生になって絵画の時間には確かに左で筆を持っていた記憶があっても、小学生の頃のことはまったく覚えていない。
まさかギターをひっくり返して弾いてみるなんてことは思いつく筈もなく、当然右仕様になっているギターを前に、小さな挫折感をただやり過ごすしかなかったのだ。

その僕が、まるで全身に電気が流れるほどの感動したギターとの出会い。
それはやはりビートルズとの出会いからだった。
最初の挫折から1年半余、前に書いたように、中学生になって聴くようになったビートルズ。
初めて買ったヘルプだったかレット・イット・ビーだったかは忘れたけど、それに載っていたベースギターを抱えたポールマッカートニーを見た時、まさにその時楽器にも左利きがあるんだと理解し、そうなら自分も左利きかもしれないと、押し入れに仕舞い込まれていたボロボロのガットギターを出してきて弾いてみた。

その時の感覚はもういまでは覚えてはいないけど、このあとにはもうあの挫折感を味わった記憶がないので、無我夢中で弦を押さえつま弾いていたんだと思う。
あとで母に聞けば幼少期から左利きで、後に困らぬように直したとのこと。
この時初めて自分が左利きだということを知った。

....つづく