
ひとりで仕事をしていると、時には何気に寂しかったり上手く行かないことに落ち込んだりするけど、それでも誰かを想いあれこれ思いを馳せたりすると、そんなことは忘れて、ふと心が軽くなったような気になれる。
ブログを始めて思うひととひとの繋がりも、時に希薄に感じたりするけど、いろんな人がいてくれる、温かい声をかけてくれる。
そして、顔も見たことがないひとなのに、元気がないとちょっと心配になったりして、そっと声をかけたりしてみる。
本当にひとの感情、そこらか綴られる言葉は素敵だなぁと思う。
欲しいものが手に入ったり、思いもよらない出来事がくれる幸せな感情も捨てがたいものがあるけど、それよりなによりも、ひととのやりとり、言葉だけであっても、そこに相手を思う心を感じるとき、何よりも清々しい気持になれて、心がフワッと浮き上がり軽やかな感じになれたりする。
昨日とある番組で「松尾芭蕉」を取り上げたものを見てた時に、俳句を言葉遊びから古来からある和歌などと同じように、みずからの心を映したものに進化させた人だというのを見ていて、このひと好きだなぁと思った。575で綴られた限れた言葉の中にひとの喜怒哀楽、自然と対峙したときのひとのありのままの感情を込める、込められるのも、また日本の素晴らしい文化だと思った。
ひとのブログを読んでいても、それぞれに自分なりのそのひとを想像する。ただどんなひとなのかなぁと思うだけかも知れないけど、その行為こそ、ひとを想うことの何ものでもない自然な心の働きだと思うし、それこそがひとの心の素晴らしいところでもあるんだと僕は思う。
自分のことだけを考えていても何も膨らまない。
でも人のことを思うとき、時間や遠く離れていようとも、まるですぐ横に居て、その表情や目の輝きさえ感じられることもあったりして、何故にそうなのかはわからないけど、自分の心が膨れ上がり浮揚する感覚になれたりする。
よく言葉だけじゃとか、言うだけなら簡単とかいうけれど、
それでもやはり大切なものだと僕は思う。
弱くても強くても、ほんの少しでも一杯でも、
その人だけが持ち得る、本当の心を映したものだから。