あや工房

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人生100年時代を生きるための
健康・習慣・お金・人間関係の知恵を
YouTubeとブログで発信しています。

人生100年時代を生きるための
健康・習慣・お金・人間関係の知恵を
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 家人との大切な(家人は認めないが)イベントに、録画したTVドラマの視聴がある。長年、さる長寿刑事ドラマで鍛え上げた推理力と、極めて一般的な常識人としての家人の見識を頼りにしながら、難解なドラマに挑戦する必要があるからだ。

 特に、最近気になっているのが、「Tシャツが乾くまで」――生方美久脚本、土井裕泰演出という、なかなかのタッグによる作品である。

 どう評価し、どう解釈するかは視聴者次第だろうが、我が家では、「人と人との会話のあり方」にポイントがあるのではないか、と話し合っている。

 そんな折、

『バラバラな世界で共に生きる――リチャード・ローティの哲学』(NHK出版新書760)――朱喜哲著――

を読んでいる。

 

https://note.com/saekiworld/n/n488de94ad54f

 

 

 

 

 何故、これほど生命科学に興味を示すのか。自問自答してみると、元々医師を志していたことから生命への関心が高かったこと、現在は高齢者となり、既に棺桶に片足を踏み入れていること、そして何より、純粋な好奇心があること――などが思い浮かぶ。

 しかし、それ以上に大きいのは、未だに分からない我が身、我が心を知りたいという、切実な思いなのかもしれない。

 以前、『科学的根拠による体調メンテナンス大全』――ピーター・H・ディアマンディス著――を紹介し、強欲とも言えるほどの「永久の命」への志向に驚いたことがある。その中で、「老化の12の特徴」が提示されている。

1.ゲノム不安定性
2.テロメアの短縮
3.エピジェネティック変化
4.タンパク質恒常性の喪失
5.栄養感知の異常
6.ミトコンドリア機能不全
7.細胞老化
8.幹細胞の枯渇
9.細胞間コミュニケーションの異常
10.オートファジーの障害
11.慢性炎症
12.腸内細菌叢の異常

 ここで改めて注目すべきなのは、7、8、9など、細胞に起因する項目ではないだろうか。そもそも生命の誕生がなければ、死もまた生じないからである。

 さて、引き続き読んでいるのが、

『マスター・ビルダー 体は細胞が建設する』(角川書店)――アルフォンソ・マルティネス・アリアス著、佐々木紀子訳、吉森保監修――である。

 

https://note.com/saekiworld/n/n644f69b53198

 

 

先週の評点:
「ChatGPTではじめるAI株式投資 (【ChatGPTを投資に活用する実践ガイド! 購読者特典あり!】)」(〇):本郷喜千、

 

初級投資家には、役立つ書籍かもしれない。更に、自動的にチャグル事が可能な特典付きでもある。但し、投資はあくまで、自己責任であることはお忘れなく。

「雨影【レインシャドウ】の孤児たち 上 レインシャドウ・トリロジー」(〇): (ナオミ イシグロ (著), 川野 靖子 (翻訳)

 

親の七光りとは、しばしば流用される格言だが、氏も同じである。かのノーベル賞作家の娘さんである。だからといって、小説に影響を与えるモノはさほど多くは無いと思っているが。

 

https://note.com/saekiworld/n/nd865b7c8516e

 

 

 

 以前、卵を中心に見た生物の進化を紹介したことがある。『卵――その誕生がすべてを変えた』――ジュールズ・ハワード著、平沢達矢監修、喜多直子訳――である。

 その後書きとして、私は次のように記した。

 「過去三回にわたり、卵という視点から生物の進化を俯瞰してきた。一言で進化と片づけるには、生殖という責務を担う卵の世界は、あまりにも奥深い。自然環境の変化に対して、多様化と共存という戦略を重ねながら生き抜いてきた生物たちの健気さと逞しさに、改めて驚かされた。

 現在、地球では温暖化が大きな課題として語られている。しかし生物史を振り返れば、地球はこれまでも幾度となく大規模な環境変動を経験してきた。そのたびに姿を消した種もあれば、新たな環境へ適応した種もあった。今回の変化に対しても、生物たちは長い時間をかけながら、それぞれの方法で向き合っていくのだろう。」

 卵そのものは壊れやすく、化石として残りにくい。しかも、生体を保護するという重要な役割を担う、いわば陰の存在でもある。そのため、進化の歴史を考える際には、やや目立ちにくい存在だったのかもしれない。

 しかし、卵の進化の過程を追っていくと、そこには細胞の分化や共生とも深く関わる世界が見えてくる。

 生命科学という広大な領域を理解するには、一つの視点だけでは不十分なのだろう。卵、細胞、遺伝子、そして生体そのもの。それぞれの角度から生命を眺め直す必要があると感じている。

 さて、引き続き読んでいるのが、

『マスター・ビルダー 体は細胞が建設する』(角川書店)――アルフォンソ・マルティネス・アリアス著、佐々木紀子訳、吉森保監修――である。

 

https://note.com/saekiworld/n/n4f306cb100ed

 

 

 

 

高齢になるほど、お金や健康、人間関係など、不安は増えていきます。 しかし、多くの研究では、 現実よりも「未来への不安」で苦しむ時間の方が長い ことが分かっています。 だから心を整える技術が必要なのです。 ここまで私は、 「脳は疲れている」 「呼吸は心を変える」 「今この瞬間に戻る」 というお話をしてきました。 では今日は、 『心は鍛えられる』 というテーマです。 「私は昔から短気だから。」 「私は心が弱い。」 そう思っている人は少なくありません。 しかし心理学や脳科学では、 心は固定された性格ではなく、育てることができる能力 だと考えられています。 筋肉が鍛えられるように、 心にもトレーニングがあります。 例えば毎日、 深呼吸をする。 散歩をする。 感謝を一つ書く。 人に優しく接する。 こうした小さな習慣が、 少しずつ脳の働きを変えていきます。 私は七十歳を迎えて、 若い頃より怒ることが減りました。 昔は、 思い通りにならないことに腹を立てていました。 しかし今は、 「人はそれぞれ違う。」 そう思える時間が増えました。 マインドフルネスとは、 怒らなくなる技術ではありません。 怒っている自分に、 早く気付く技術です。 気付けば、 呼吸ができます。 呼吸ができれば、 感情に飲み込まれません。 心は、 一日で変わりません。 しかし、 一年後には確実に違う人になります。 それが習慣の力です。 人生百年時代。 最後まで成長できる人とは、 才能のある人ではありません。 毎日少しだけ心を整える人。 私はそう信じています。

 

 

 

 

 

 

 

 老年学の大きな柱の一つである生命科学。ところが、意外にも人気が低いらしい。生と死は一体のものなので、どうしても「死」の側には触れたくないという気持ちが表面化するせいだろうか。

 先日まで、NHKのプレミアムドラマ「勿忘草の咲く町で~安曇野診療記~」を視聴していた。舞台は信州・安曇野の地方病院。「延命」か、「尊厳」か――。日々、究極の判断を迫られながらも懸命に働く若き医療者たちの姿を描く医療ドラマである。

 原作は、『神様のカルテ』で知られる夏川草介氏だ。「本を守ろうとする猫の話」なども執筆しているので、最近、俄かに猫好き作家となっている私にとっては、まさにぴったりの創作者でもある。

 物語そのものについては、TVを見てください、と言ってしまえば済む話なのだが、身近な「生と死」をめぐる厳しい現場の臨場感が伝わってくる、なかなかの名ドラマでもあった。

 さて、今回読んでいるのは、

『マスター・ビルダー 体は細胞が建設する』(角川書店)――アルフォンソ・マルティネス・アリアス著、佐々木紀子訳、吉森保監修――である。

 

https://note.com/saekiworld/n/n0a9af78d53e2

 

 

 

 

 世の中は進歩している。特にIT分野は、AIを含めて、その進歩が激しい。しかし、そのベースには高速・大容量のデータ処理が必須となり、企業だけではなく、個人にも、それ相応の対応が求められる。

 一方、我が家は3年前、この「程よい都心」に住み替えた際、通信設備も同時に更新した。

 当時はJCOM転入も考えたが、従来の光通信を踏襲し、なおかつ楽天系で通信環境を統一する方針も継承した。その際、楽天側から推奨されたのが、第一のWi-Fiルーター(親機)であるSR-1166DHPL2/Dだった。

 これはデュアルバンド方式で、2.4GHz帯と5GHz帯という二つの周波数帯を使い分けて通信できるWi-Fi機器らしい。しかし、今回あらためて調べてみると、二つの周波数帯を同時に受け入れるには、同時接続に対応した機種が望ましいということも分かった。これも今回の一つの学びである。

 

https://note.com/saekiworld/n/ncd4b639180c3

 

 

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。「あや工房・人生100年の設計図」です。 人生100年時代と言われるようになりました。 学ぶ事に年齢は関係ありません。 これから、知恵の学び舎として、私が読んで感動した書籍を 月一回のペースで紹介してゆきたいと思います。 みなさんは、「心」と「身体」は別々のものだと思ったことはないでしょうか。 嫌なことがあれば、気持ちが落ち込む。 仕事が忙しくなれば、身体が疲れる。 逆に、身体の調子が悪ければ、気持ちまで沈んでくる。 私たちは、それを当たり前のこととして受け止めています。 ところが、生命科学の世界では、いま、この当たり前と思っていた「心と身体」の関係そのものが、大きく見直されようとしています。 今日は、その話をしてみたいと思います。 私は現在、生態系との積極的な共生社会というものを、自分なりに考えています。 そのために、生命科学や哲学、そして社会構造まで含めた老年学を学んでいます。 考えてみれば、生態系の歴史は、人類の歴史よりはるかに長い。 地球環境が何度も激しく変化する中で、生物たちは環境に適応し、共生し、ときには競争しながら生き残ってきました。 そして私たち人間も、その生態系の外にいる存在ではありません。 むしろ、その巨大な生態系の一部なのです。 そんなことを考えているときに出会ったのが、 『脳のなかの免疫、免疫のなかの心』 という本でした。 著者はモンティ・ライマン。 塩﨑香織さんの翻訳、佐々木拓哉さんの解説による本です。 私はこれまでにも、 『生命とは何か――溶けていく「個体」の境界線』 そして、 『「わたし」が死ぬということの哲学』 という二冊を紹介してきました。 一冊目は、微生物との共生を通して、人間の身体そのものが生命の複合体であることを考えさせてくれる本でした。 二冊目は、身体と心、そして社会という切り口から、「死」というものを考える本です。 そして今回の本は、この二つをつなぐような位置にある。 そこが、私には非常に興味深かったのです。 これまで脳は、身体の中でも特殊な臓器だと考えられてきました。 その理由の一つが、血液脳関門です。 英語ではBlood-Brain Barrier。 血液中の物質が簡単には脳へ入り込めないようにする、いわば脳を守る「関所」です。 そのため、脳は身体の免疫系からも、ある程度切り離された特殊な場所だと考えられてきました。 ところが、研究が進むにつれて、このイメージが少しずつ崩れてきます。 脳を守っていると思われていた境界には、実はさまざまな「出入り口」が存在していました。 脳を包んでいる髄膜。 その中に存在する免疫細胞。 そして、脳と身体をつなぐ脳膜リンパ管。 さらに脳脊髄液は、単純に脳を浮かせているだけではなく、脳内の老廃物を運び出す役割も担っています。 つまり、 脳は完全に閉ざされた臓器ではなかった。 むしろ身体と絶えず情報を交換する、開かれた場所だったのです。 さらに興味深い存在があります。 ミクログリアです。 ミクログリアは、脳内に存在する免疫機能を担う細胞です。 しかし、単純な「脳の警察官」ではありません。 胎児期から存在し、脳が発達する過程では、不要になった神経回路を整理する役割も担っています。 つまり、脳を守るだけではなく、 脳そのものを形づくっている。 著者は、この働きを、長い年月をかけて粘土のような脳を彫刻していく「名工」のように表現しています。 これは実に魅力的な比喩だと思います。 著者は、脳と免疫系の関係を非常に分かりやすく説明しています。 脳には、身体の免疫部隊と複数の連絡路がある。 頭蓋骨と脳膜には免疫の拠点がある。 そして、ミクログリアという独自の免疫部隊まで存在している。 さらにリンパ管、血管、神経を通して、脳と免疫系は互いに情報を交換している。 つまり、 脳と免疫は、別々のシステムではない。 互いに「会話」をしながら働いているのです。 ここまで来ると、私たちが昔から考えてきた、 「心」と「身体」 という二分法にも疑問が生じてきます。 心が身体に影響する。 身体の状態が心に影響する。 これは誰でも経験していることです。 では、その間をつないでいるものは何なのでしょうか。 ここで、もう一人の登場人物が現れます。 微生物です。 私たちの身体には、膨大な数の微生物が共生しています。 特に腸内には、実に多様な微生物の世界があります。 これをマイクロバイオームと呼びます。 すると、 脳・身体・微生物。 この三者が互いに影響し合っていることになります。 これは非常に大きな発想の転換です。 「私は私の身体を持っている」 というだけではなく、 「私は、無数の生命との共生関係の中に存在している」 と考えることができるからです。 ところが、この三者のバランスが崩れることがあります。 睡眠不足。 運動不足。 偏った食生活。 慢性的なストレス。 感染症。 社会的な環境。 過去の経験やトラウマ。 こうしたものが複雑に重なっていく。 その結果として、慢性的な炎症が生じることがあります。 私はこの状態を、 生命システムの中に生じる「摩擦」 と考えると分かりやすいのではないかと思います。 本書では、抑うつ状態と炎症との関係についても紹介されています。 炎症が心の状態に影響する。 一方で、心の状態も身体へ影響を及ぼす。 つまり一方向ではありません。 身体から心へ。 心から身体へ。 その相互作用が繰り返される。 だからこそ、心だけ、あるいは身体だけを切り離して考えることには限界があるのでしょう。 その代表的なものが、私たちにもおなじみの「ストレス」です。 ストレスは、単なる気分の問題ではありません。 心の状態が変化すれば、身体にも変化が起こる。 心拍数が変わる。 睡眠が乱れる。 食欲が変わる。 免疫系にも影響が及ぶ。 つまり、 「心配事は心の中にあるだけ」ではない。 それは身体全体を動かす力を持っているのです。 ここで、マイクロバイオームにもう一度戻ります。 腸の中には、私たちが普段意識することのない、巨大な生命世界があります。 そこで共生する微生物は、食べ物からさまざまな物質を作り出し、私たちの身体と相互作用しています。 つまり腸は、単なる「消化器官」ではない。 私はむしろ、 一つの小さな生態系 と考えた方が分かりやすいのではないかと思います。 では、その生態系をどう育てるのか。 著者が紹介している考え方の一つが、とても面白い。 「腸のガーデニング」 です。 腸内を庭に例える。 食物繊維は、その庭の「土壌」。 発酵食品などは、そこへ届ける「種」。 つまり、 何を食べるかによって、腸という庭の環境そのものが変わる。 この発想は、私たちの食生活を考える上でも非常に分かりやすいと思います。 具体的な提案として、本書では、 一週間に30種類の植物を食べる という考え方が紹介されています。 もちろん、これは誰にでも当てはまる絶対的な処方箋という意味ではありません。 大切なのは、 「何を一つ食べれば健康になるか」 という発想ではなく、 多様な食材を取り入れ、腸内の生態系の多様性を考える。 という考え方でしょう。 生態系に多様性が必要であるように、 私たちの身体の中にも、多様性が必要なのかもしれません。 ここで著者が強調していることがあります。 それは、 私たちは一人ひとり異なる存在である ということです。 年齢も違う。 体質も違う。 生活環境も違う。 過去の経験も違う。 だから、 「これさえやれば絶対に健康になる」 という万能の答えはありません。 これは、私は非常に重要な指摘だと思います。 健康情報が溢れている現代だからこそ、 自分で学び、自分で考え、自分に合った方法を探す。 その姿勢が大切なのではないでしょうか。 そして本書は、具体的な生活へ入っていきます。 まずは、 食べる。 何を食べるか。 どれだけ多様な食材を取り入れるか。 そして、自分の身体がどう反応するのかを観察する。 健康とは、誰かから与えられる完成品ではありません。 毎日の食事という、小さな選択の積み重ねによって作られていくものなのだと思います。 次は、遊ぶ。著者のいう「遊ぶ」は、単なる娯楽ではありません。身体を動かすことです。歩く。走る。踊る。筋肉を使う。身体を動かすことで、脳は外の世界からさまざまな情報を受け取ります。著者は、人類最古の身体活動の一つとして「ダンス」にも注目しています。動き。バランス。リズム。そして人との交流。身体を動かすということは、単に筋肉を鍛えるだけではないのです。 ここには、私自身も大きく共感しました。本書では、運動習慣のある高齢者が、若いけれどほとんど運動をしない人より、健康な免疫機能を維持している場合があることも紹介されています。もちろん、年齢とともに身体は変化します。若い頃と同じようにはいきません。しかし、「年齢を理由に、身体を使わなくなる」のもまた、一つの選択です。私は、老いることと、動かなくなることは同じではない。そう考えたいと思っています。 そして、もう一つ。 眠る。 どれほど食事に気を配っても、 どれほど運動しても、 睡眠を軽視すれば、身体の回復はうまくいきません。 睡眠は単なる休憩ではない。 身体を整え、脳を休ませ、免疫系を含めた生命システムを調整する時間です。 だから私は、 「何もしない時間」も健康の一部である と考えています。 本書の最後に出てくる言葉が、 「好きになる」 です。 私はここに、この本の面白さが凝縮されているように感じました。 食事。 運動。 睡眠。 そして最後に、心。 自分自身をどう扱うのか。 自分の感情をどう見つめるのか。 必要なら、人に助けを求める。 声に出す。 書いてみる。 自分の考えを見つめ直す。 そして必要であれば、マインドフルネスや瞑想を取り入れる。 ここまで話してくると、最初の問いに戻ってきます。 心と身体は、本当に別々なのでしょうか。 私は、もう単純には「別々です」とは言えないと思います。 脳と免疫がつながっている。 心と身体がつながっている。 腸内の微生物ともつながっている。 そして、その身体を取り巻く社会や環境ともつながっている。 そう考えると、 「私」という存在そのものが、一つの小さな生態系なのではないか。 そんなふうにも思えてきます。 では、 「心にも免疫がある」 という今日のテーマに戻りましょう。 私は、心の免疫とは、 「何があっても傷つかない強い心」 ではないと思っています。 人間ですから、傷つきます。 落ち込みます。 迷います。 怒ることもあります。 老いを感じることもあります。 それでいい。 むしろ、 傷ついても、そこから戻ってこられる力。 それが、心の免疫なのではないでしょうか。 そのためには、 よく食べる。 よく動く。 よく眠る。 人と話す。 自然に触れる。 そして、学ぶ。 自分の身体について学ぶ。 自分の心について学ぶ。 そして、自分とは何なのかを考え続ける。 その積み重ねが、少しずつ私たちの「生きる力」を作っていくのだと思います。 私は、これまで「人生100年時代」という言葉を使ってきました。 しかし、100年生きることだけが目的ではありません。 大切なのは、 どのように100年を生きるのか。 そして、 最後まで、自分の人生を自分で考えられる人間でいること。 そのためには、健康だけでは足りない。 お金だけでも足りない。 知識だけでも足りない。 身体と心を整えながら、 学び続けること。 そして、 考え続けること。 そのための小さな場所として、 私は「知恵の学び舎」を始めたいと思っています。 私たちは、一人で生きているわけではありません。 身体の中には無数の細胞がいる。 微生物がいる。 免疫細胞がいる。 脳と身体が会話している。 そして、私たちの周囲には人がいる。 自然がある。 社会がある。 そう考えると、 「自分」という存在そのものが、壮大な共生の中にある。 そんなことを思います。

 

 

 

 

 

 この新刊本を手にしたとき、まず気に掛かったのが、著者自身の動静だった。しばらく前に、本人が重病を患ったと語っていたからである。しかも、前作『街とその不確かな壁』以来の大作でもある。

 『夏帆――The Tale of KAHO――』:村上春樹著――を読んでいる。

 しばらく前に購入し、すでに読み終えていたのだが、氏自身の作品や過去をあれこれ探究することに時間を費やし、今になってようやく書評を書くに至った。

 一番の印象は、ややパワー不足ではないか、ということだろうか。

 ページ数にして三百五十ページ弱。前作『街とその不確かな壁』自体も二部構成ではあるが、その第一部は、千葉県に住んでいた時期に書かれた作品を大幅に書き直したものだという。そう考えると、私が少し気になってしまうのは、やはり作家としての「老い」である。

 

https://note.com/saekiworld/n/nc0d875ef5d30

 

 

 

 主題はAIであるが、その中身は、司法制度というルールの中で起きる出来事である。それを支えるのは法学だが、工学と同様、そこには過去の経験則がある。過去のエビデンスを抽出・解析し、それを積み重ねてルールとしていく。だからこそ、前例踏襲を旨とするのは当然なのだろう。人が人を裁くには、それ相応の理屈と根拠が必要である。

 被告が生身の人間ではなく、しかも前例が存在しないという点で、この裁判は注目される。まさに、近未来の司法を先取りした光景でもある。

 『被告人、AI』――中山七里著――を引き続き読んでいる。

 

https://note.com/saekiworld/n/nfffd746d9df0