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石ヶ森久恵のブログ

脳全体を活用する。どのような場面、職場においても基礎力となる「ポータブル・スキル」として!

昨日ご紹介した犬飼ターボさんのチャンス と一緒に購入した本を

今日一日持ち歩いていました。

持ち歩いていただけで結局帰宅するまで開きはしなかったのですが、

良いも悪いも「振り回しますよ」と主催者に予告されていたにも拘らず

想像したよりも割と平然と、特に自覚もなく(しかしテンション高く)一日を終え、

なにやら帰りに猛然と自分が狭窄状態にあることを自覚しました。


おかしーわねーと茶店に入って今日の出来事をまとめている時に

唐突に父親の事を思い出しました。

それも自分が知りようもないはずの彼の少年時代、

長崎の米軍駐屯地近辺で破産した母親と分かれてクリーニング屋で

がんがん働いていた姿。


知らないうちに洗濯物に紛れ込ませたタバコの密輸の手伝いをさせられてたとか

普通なら腰が抜けそうな坂だらけの町をチャリで走り回ったとか

映画で見ていたかのように鮮明に浮ぶのは

多分父親が相当詳しく喋っていた所為でしょう。


しかし終戦記念日も終わった今頃何故?

と思って帰宅して持ち歩いた本を開いたら、答がそこにありました。


人生の旋律 は神田昌典氏が先に表した成功者の告白 の流れを汲む

成功哲学小説本です。

出色なのはそれが現在のビジネス界を描いたものではなく、

60年前の時代を駆け抜けたある人物の

壮絶なまでの生き様を描いたものである事。


これがフィクションであるか事実かの裏づけを取る必要はありません。

神田昌典氏は70年周期説を持っており、

その一つの表し方として60年前の日本を生きた人物の生き様を通して

これから起こるであろう(と彼が予見する)

嵐のような時代の変化の只中での生き方を問いかけようとしています。

主人公トウタは大正時代、貿易商として一代を築いた富豪の家に生まれ、

徳富蘇峰を伯父に持ち、ニューヨークで子供時代を送る

極めつけに恵まれたお坊ちゃまでした。


父の投資の失敗からどん底の生活に転落、その後も乱高下の激しい人生を送り

米国の大学での対日本人差別への反動から陸軍へ志願、

満州での反共殺人部隊を経てビジネスの世界へ帰ります。

戦後の大混乱の下、絵に描いたような幸運と持ち前の英語力で

のし上がり成り上がり、人生の栄華を極めた彼が

どのように道を見失い、転落し、再帰したか。

それをなぜ神田昌典氏が表す事になったかを交えて

じっくり読ませてくれます。


読み終わって本を置き、テレビをつけたら

ドキュメンタリー番組「マッカーサーの時代」を当時のフィルムの

構成で放映している真っ最中でした。


勿論私は戦争を知らない世代ですが、

たったの数時間でその時に寄り添っている気がするほどに

ここまでシンクロしまくったのはそこから何かを感じ取れと言う

事かもしれません。



対極に位置づけるつもりはありませんが、

神田さんが60年~80年周期を唱えて10年後、20年後の

一つのイメージガイダンスとしてこの本を提供したのと期を一にして

本田健さんは「50年後の日本」を

明確なビジョンとして見つめている事を伝えられました。

そして5年後、10年後、20年後の自分の姿をどう描くか、

問い掛けをしています。


10年後の自分を今、イメージするタイミングが来たのかもしれません。

神田 昌典
人生の旋律 死の直前、老賢人は何を教えたのか?
神田 昌典
成功者の告白 5年間の起業ノウハウを3時間で学べる物語

近藤 藤太

デカい態度で渡り合え!―世界中で通用する人間関係10のルール

シンクロニシティは最近段々定着してきた言葉ですが、

元々は心理学者のユングが解説した偶然の一致、

夢や心象風景のイメージと現実の出来事が一致すること、

「共時性」と言う訳もあります。


元々は表層意識と深層意識、更にその奥にある人間と言う種が

遺伝子レベルで伝えているともいえる共通の本能、原初の記憶の

共通性が時間的空間的要素を一つの認識に結びつけるもの、と

私は理解していますが、イマドキは

たまたま、と考えるには妙に共通性が強く感じられる事が連発する事

とカンタンに考えるのが楽でいいかも知れません。


セミナーに出席して、名刺交換してみたらたまたま10中8,9の割合で

自分の出身の町に何かの関係があった、とか。

ある人の記事を目的に手に入れた雑誌に、別件で注目していた人が

思いがけず(しかもその人の分野じゃないのに)寄稿していたとか。

ほんの1,2日前にやり取りしていたメールで紹介された人の本を読んでいたら

思いもよらずその人と偶然出くわした、とか。


…これだけ続けば今日は如何に自分の状態がラッキーだったのかと

勘繰らずにいられません(笑)

そういえば5月末頃もこの調子のシンクロ重なりがあったなぁ…。

……成功途上?(笑)


前振りが長くなりましたが、この本がとっても響くものでした。

事の起こりはここでも共時性です。

初めて会ったその時に、分かれた後でもう一度その人に出会いたいと思った、

ホテルの地下駐車場と言う、すれ違った相手ともう一度出会える可能性が

限りなくゼロに近い場所で主人公卓也は待ち続け、その人と再会します。

その人――弓池が自分の人生を変える鍵を持っている事を知っていたかのように…。


中古車販売でうだつの上がらない思いをしていた卓也。

人の持ち物のカウンタックを垂涎で眺めていた所にかかった声の主に

思わず自分の知識をひけらかした後、相手が乗っていた車はフェラーリと知る。

その時のやり取りが忘れられず、車の主、弓池に教えを請う卓也に

弓池は新たなビジネスを起こしてみないか、と誘いをかけた…。


以下、弓池から預かる事になった一つの小さな整体院を

卓也がどう大きくしていったかの物語です。

メンターによって導かれる成功物語としては本田健さんの「ユダヤ人大富豪の教え 」や

最近では神田昌典さんの「成功者の告白 」があります。

犬飼ターボさんの「CHANCE 」で語られる成功物語の一つのポイントは

メンター弓池から出されるヒントが非常に具体的で、

「このタイミングでこれを押えるべき」と言う小説と言う語り口を取らないビジネス書で

説明されるべき起業、創業時の重要なポイントが

弓池と卓也の会話に織り込まれている点です。


ビジネス書は著者の持っているノウハウが惜しげもなく公開されているので

読みながらお腹一杯になりすぎて、結構肝心な点の重要性に気づかず

読み飛ばしている事があります。

小説の登場人物の感情にシンクロする事で

大事な局面で忘れてはならない事を疑似体験できることで

最も大切なアドバイスを的確に読み手の意識に残す事ができる。


この本でビジネス小説のあるべき姿、優位性を垣間見た気がしました。

こういう本、書きたい。



犬飼 ターボ
チャンス―成功者がくれた運命の鍵

自分のルーツがどこにあるか


と言うか、自分の考え方、行動、クリエイションのルーツが

どこにあるかと言うべきかも。


私が描く絵について、大学時代にふと言われたのが

ベルサイユのばら がルーツでしょ?」

ンなこと思っても見ませんでしたよママン…。

しかもその頃少年漫画に凝ってたから、

絵調は見事に少年ジャンプだったのに…。


まぁそれから自分のルーツには意識的に目を向けるようになりました。

参ったな、と思ったのは自分の人生観。

漠然と○才で死ぬ、なんて感覚は誰しもあるのかもしれませんが

自分にとってそれを明確に意識させられたのが

(…笑われるかもしれませんが(^^;)

五島勉氏の「ノストラダムスの大予言」でした(爆)


今でこそ1999年7の月には何も起こらなかったと

世界中が知っていますが、

小学生の頃、かのシリーズに2冊めだか1冊めだかに

初めてであった時の衝撃は忘れていません。


人生って、ある日突然終わるんだ


…小学生にあるまじき論理?(笑)

それを知り合いの死とかなんかそういう類のものではなく、

ノストラダムスの大予言からインスピレーションを得てしまうとは(^^;


それからの6年間はある意味地獄だったかも知れません。

あと20ン年で終わるとわかっているのに

そのうちの10年間を学校と言う場所に閉じ込められて

過ごすんだ…。

その頃はずっとそう思っていました。


高校の3年間が一番感情的に割り切れない時間でしたか。

予言シリーズは順調に巻を重ねて、

私をその思い込みから解放してくれる気配はなかったし。

終わると思っている人生の前で

やりたいことは山ほどある。

でもコレ(受験)をやってしまわないと

やりたいことはさせて貰えない。

そういう時代でした。


それだけ真剣に苦しんでいたわりには

大学に入ったらあっさり日和って

目的もなく限られた生を生きる緊張感もなく

日がたってしまいましたが。


当の2000年は2000年問題と言う別の暗黒が

待ち受けていたわけですが。(笑)


きっかけはともかく、私のルーツのその本は

限られた時間を明確に、絶対的に自分に教えてくれた本です。

当時思っていたよりも長生きできそうな私ですが

時間が有限である事を肝に銘じて

一瞬一瞬を大切に生きる事にキモチを新たにしています。



池田 理代子
ベルサイユのばら 完全復刻版セット