演奏会の始まりと終わりはどこなのか。

 

実際の音楽、音としては、音の振動が始まり、収まった瞬間が始点と終点になる。しかし、その音をどのように認知するのか、が演奏会を聴くことの本質だとすると少し様相が変わるように思う。

聴き手にとって、演奏会の会場、そこまでの道のりはもちろん、経験や環境、生全てがそれに影響するのであれば、生まれた瞬間から、そのある瞬間の音楽への道は始まっているとも言える。

(まあさらに言えば、その音楽自体が世に現れた瞬間はいつなのか、という思索も必要になるのだが、それは演奏会というよりも演奏という行為への吟味になる。)

 

さて、実際に演奏会に対して演奏家が関与できる部分だが、実はかなり広範である。

音が出ている時間はもちろんだが、どのようなお辞儀をするのか、どのタイミングで扉から出ていくのか、歩くスピードは…など舞台上だけでも枚挙にいとまがない。その瞬間から聴き手は常に舞台に意識を向けているのだから、その立ち居振る舞いによって、音楽がどう聞こえるか、も当然変わる。

チラシのデザインもそうだ。見た瞬間にその演奏会への思惑が始まる。

会場に関してはまあ厳密に言えば演奏家のみが決められることではないが、その選択も演奏会の一部であろう。

 

こうして考えていくと、そもそも演奏家の在り方自体が演奏会に大きく関わっていることに気付かされる。演奏会に関わること全ての選択が演奏会という場に影響を及ぼすのであれば、それは演奏会の場が演奏家の在り方の顕現と言えるだろう。

演奏会の始まりはこうして見えなくなっていき、人の在り方が変化していく以上、終わりもまたないのだろう。

 

先日の演奏会にご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。

いつものことながら、自分の出来る限りを尽くしましたが、まだまだ至らぬところも。

 

というか、芸術は永遠に到達点などないもののように思うので、結局弾き手も聞き手も(きっと書き手も)、遠くて見えない何かを探し求めるんだろうな。きっとその過程の一瞬の交差点のようなものが演奏会なんだろう、と悟ったような書き方をしていますがまだまだ模索中です。

 

最近は特に、常に聞き手も動的なものだと思うようになった。

音に触れるということは自分の耳が聞いていることに他ならない故、その瞬間の自らの姿勢、本来一番近いところにあるはずの魂が反映されている…そこに対して、現在の音の出し手としてどんな責任があるのか。そんなことを考えながら自分の内面、そして自分の望む音が出るような肉体を目指して今後も鍛錬していきます。

 

 

5月に入って良い天気が続いていますね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

3月の室内楽演奏会に続き、今度はヴァイオリンとの演奏会があります。

ドレスデンで共に学んだ長島さんとのデュオ、今回は大いなる自然に包まれた人間の心を辿るような演奏会になるのではないかと考えています。

自然も、人間も、作曲家が生きた時代とは大きく変わりました。そして当時はどうだったのか、想像することはできても、実際に得ることは絶対にできません。

ただ、音楽や芸術のみは不変であり普遍的である可能性があると、現時点の私は考えています。時を超えて(というと随分安っぽい言葉ですが)、皆様と空間を共有できれば幸いです。

 

 

5/12(金)

川口総合文化センター リリアホール

19時開演

一般/3500円 u25/2000円 (当日4000円)

 

ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第4番 イ短調 作品23

        ヴァイオリンソナタ第5番 へ長調 作品24

ドヴォルザーク ロマンチックな小品 作品75

ブラームス   ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 作品108

 

チケットはチラシ記載プレイガイド、もしくは個人的に私の連絡先を知っている方はお問い合わせください。

 

 

 

あけましておめでとうございます。

 

と書くのに違和感を感じるほど日が経ってしまいましたが。

 

リサイタルの疲れも残る中次の演奏会に向け緩やかにエンジンをかける年末年始を過ごしました。

昨年は総じて自分にしてはポジティブな一年で、良い変化もたくさんあった反面、ことが全く思い通り運ばない一年でもあったなあ。

今年は何が起きようと柔軟に対応し続けて、終わった時にはなんかよかったな、と思える一年になるといいな。

仕事もどんどん増えていくといいですね、結局仕事がないとレパートリーも増えていかないと痛感する日々、年々。

 

 

まずは今週末のソロ、そして3/4には大きな室内楽演奏会があるので気張っていきます。(ちゃんとした宣伝はいずれ。。)

 

 

 

一昨日のリサイタル、お越しくださった方に心より御礼申し上げます。


今回はプログラムの順番を変え、前半に約55分弾いてしまうという初の試みを。

自分ではこれしかない、という変更だったので変更には悔いがないが、そもそもの曲目を何か一工夫できたかもしれない。

しかしまぁ、今回は特に自分の持てる全ての能力を駆使して弾き切った感覚があり、今後の課題も明白に。


もうピアノを始めて30年が経つが、面白いもので深く考えれば考えるほど、根源の課題にたどり着く。

例えば自分が左利きであること。ピアノも高音部が右手にある以上右利きのための楽器なのではないかなとも思う。僕の場合右の方が細かい動きは得意だが、大きな肩からの動きに関しては完全に左に優位性があることが最近になってますます響いてきた。そして苦しくなると左に絶対に頼ることで、疲労も溜まりやすい。


自分をよく知る、ということが全て音楽に通じるのはありがたいような恥ずかしいような。



引き続きやることが沢山あるのは嬉しい限り。精進精進。



音楽は結局自分と向き合うこと。

弾く時も聴く時も、音楽を通してきっと自分と向き合っているのだと思う。


僕は音楽に関わる全ての人を心の底から応援しています。

信念を持って、音楽と共に来年も歩みましょう。