「まことに残念ですが、あと半月もつかどうか…」
風がひゅうひゅうと吹き付け窓ガラスを叩いている
4月だというのまだ寒い、慌てた季節が春へ移り変わろうと急ぎ足になっているようだ。
「今の医療技術ではこれ以上施しようがないんです…」
医師であるというこの男はたびたびこんな表情を作って、この声色で、この台詞を何度言ってきたのだろうか。
確かに暗い井戸の底へ沈められる気分だ、先が無いと告げられたのだから当たり前だろう。
それでも目の前の人間について考えるのは余裕があるということなのか。
「ダウト」
「…なっ!」
伏せがちだった目を見開き、さっきまで無念の意を示していた表情が崩れる。
白衣から伸びた手が机の上で震えている
「お粗末だな、演技力だけは認めてやる。だが貴様には知識、常識が無さ過ぎた。」
「ば…ばかな…!ここは病院だ!君は診察を受けた!もう長くない命!!全ては噛み合った歯車だ!!」
額にじわりと汗が浮かんでいる、取り乱しもはや何も繕えない犬も同然。
歯車はちょっとなにかを挟んでやれば全てに支障を来たす。確かに歯車、この男はこの日のこの戦いに向いていなかった。
「ここの病院の名前はなんだ?」
「……?」
「歯医者は余命宣告とかしねーんだよ」
「……あっ」
膝から崩れ落ちる白衣の男を尻目に僕は二枚のガラス戸の前に立つと振り返らず言った
「あと、そのおでこのCDみたいなやつ。ayumi hamasaki って書いてあんぞ」
っていうか今時そんなん付けないから。
開いたドアをくぐり、勝手に閉じてゆく間に独り言のように嘆いた言葉は届かなかっただろう。
また一人脱落者を見送った。
4月1日
今日は年に一度の祭典。嘘で嘘を洗う闘いが催される日
世界各国から猛者が集う
「エイプリルフール」
終