西條奈加の『心淋し川』 | さむたいむ2

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今日も元気で

年もあけ早10日。コロナは衰えるどころか猛威をふるっています。

なす術もなく日々読書の毎日です。

先週新聞広告にでていたのが西條奈加の『心淋し川』でした。

第164回(2020年下半期)の直木賞候補の一作です。

 

最近の芥川賞、直木賞には全く興味のない私がこの作品を手にしたのは、

西條奈加が描く根津神社周辺を舞台にしているからです。

それこそ時代小説は子母澤寛の『勝海舟』以来です。

そう時代小説だからこそ見事に描き上げられたに違いありません。

 

「心淋し川」と書いて「うらさびしがわ」と読みます。

もうすでに情景が浮かんできます。根津神社(根津権現)の門前にある「心町」(うらまち)。

「心淋し川」の流れる町だから「心町」と呼ぶようです。

実際は「藍染川」の支流でしょう。谷中に住んでいた私には藍染川は知っていました。

もちろん既になく夏目漱石の『三四郎』で知りました。

 

三四郎が美彌子と「団子坂」の菊人形を見に行き、途中気分の悪くなった美彌子を藍染川の畔に連れて行きます。谷中三埼坂を下り団子坂を登って千駄木町。この二つの坂の合流点である現在の不忍通りに並行してあったのが「藍染川」と聞いています。谷中、根津、千駄木と歩くとこの川のあった位置が判明します。

 

「根津権現」は漱石の『道草』にも出てきます。健三が散歩して島田に遭遇します。会いたくない養父でした。この島田との事々が小説の根幹になっています。しかし漱石は「心町」には触れていません。たぶん西條氏の創作ではないか。ただ「池之端」とか「茅町」とか地名が出てきます。さらには「宮永町」という懐かしい地名も出てきます。これら「岡場所」といってといって「吉原」を真似た遊郭があったといいます。これ江戸時代の話であって漱石は昔話として知っていたかもしれません。

 

西條氏はこれら地名を見事に生かしています。さらに「心淋し川」のある「心町」。溝川の匂いを発する川をいつも眺めている「ちほ」という女。彼女を包む町の匂い。「うら淋しさ」以外にありません。

 

果して西條氏が晴れて「直木賞」を受賞するかは今月の20日を待つまでです。「直木賞」は優れた長編小説に与えられるのが常ですが、この『心淋し川』は連作短編集です。前例などは関係ありません。優れた作品に与えられるのが賞というものです。