諏訪貴子の『町工場の娘』を読む | さむたいむ2

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今日も元気で

 

NHKドラマ10『マチ工場のオンナ』(2017年11月放映)を録画したDVDを観ました。

全7回を一気に見ることができたのは主演の内山理名の魅力にあります。家庭の主婦が父親の死により町工場の経営を引き継ぐという、ありえない話を実行したのです。その悪戦苦闘の連続が彼女を普通の主婦から経営者へと変貌していく物語です。

 

なぜ「オンナ」なのだろうという疑問が残りました。回を追うごとに内山理名が色っぽくなりました。だからといって「オンナ」はあまりにも露骨です。だから「女」でなく「オンナ」としたのでしょうか。

 

原作『町工場の娘』を読んでようやくその意味がわかりました。原作者である諏訪貴子さんはこのドラマ通り、32歳で町工場の社長を引き継ぎました。彼女には姉と兄がいました。1967年に6歳であった兄が白血病で他界しました。町工場の後継者を失った父の悲しみを後年貴子さんは知るのです。

71年生まれの貴子さんは写真でしか兄を知りません。しかし子供の頃から工場に出入りしたり、得意先に車の助手席に乗り連れられていた彼女です。言わずとも父の思いは通じています。大学も工学部。そして就職先は大手の自動車部品会社へと父の意を汲んだ選択でした。けれど貴子さんはまさか工場を継ごうだなんて考えていませんでした。2年勤めた会社も寿退社しています。男の子が誕生し主婦業に専念していました。

 

これ運命でしょうか。兄の命を奪った白血病で父もまた失います。それも余命わずか4日。零細企業の社長は体調不良を隠して仕事に奔走していたのです。貴子さんは「継ぐから」と明言できませんでした。余りに早い別れです。彼女の夫は同じ部品会社の人でしたが、その時期2年の海外赴任が決まっていました。工場をたたむ選択もありました。しかし「ものづくり」という父の遺志。また父とともに働いていた職人さんたちの生活もあります。会社は「個人」のものではないのです。さらに「ダイヤ精機」という超精密部品である「ゲージ」を扱う工場はそうなかったのです。東京大森にある沢山の町工場のなかで自動車部品を計測する「ゲージ」を作れる職人は他にはいません。

 

かなり悩んだことでしょう。父とともに働いていた職人たちの応援もあり彼女は決するのです。

 

貴子さんを支えたものは何であったのでしょうか。32歳の女性が自分より年上の職人さんたちを纏め上げなければなりません。30人中、年下はふたりくらいだったといいます。特に幹部の年配たちとはやりあったそうです。意志の疎通。職人たちは長年の感を持ち出します。彼らは1ミクロンの違いを手先や感でわかるのです。仕事に対しては口出しできません。しかし家計も会社経営も数字こそ違いますが支出、収入のやり繰りは同じです。あとは職人たちに交じって意見の交換をすればいい。

 

貴子さんは「何とかなる」で突き進んだのです。最初は女であることで軽視、差別もあったそうです。持ち前の明るさと容姿が彼女の武器でした。女であることで引き下がっては先へ進めません。また「ものづくり」の知識は毎日学ぶことで身に着きます。何よりも父親がそのセンスを彼女に与えていたのです。様々な苦難を乗り越えて、諏訪貴子は2013年に「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」大賞を受賞します。数ある町工場のなかで「ダイヤ精機」の価値が認められ、わずか10年で成果を上げた女性社長だったのです。

 

この『町工場の娘』(日経BP社)は経営書というよりも貴子さんの奮戦記と呼んだ方がよいでしょう。

経産省の産業構造審議会の委員や政府税制調査会特別委員、はたまた日本郵便の社外取締役までされたのは、町工場の社長として不況を乗り越えるための工夫をいつも考え、実行してきた成果があったからです。貴子さんが女性であったこと。逆境をチャンスとしてめげずに業績を上げたことが、男社会であった町工場でひと際輝いたに違いありません。また大田区の中小企業経営者の集まりに麻生太郎首相がやってきて、会の終わりに意を決して「雇用調整助成金」の見直しを貴子さんが直訴したのです。みな臆していたなかで彼女の発言は首相の耳に届いたのです。

 

諏訪貴子さんは父のようにはなれなかったといっています。職人頭のカリスマ性はなくても、彼女には「考える」という、「ゆとり」と「行動力」があります。それは「何とかなる」という明確な目標があったからでしょう。ドラマもいいけど『町工場の娘』もいい。

 

そして貴子さんはいっています。30人前後の町工場が一番自分にあっていると。

そう彼女は欲張らない人でもありました。

 

追記:この本は起業家への参考にもなるでしょう。新たに立ち上げる場合、まずシステムから作り上げなければなりません。既存のものは参考にはなりますが、「何を作り出すか」はそのためのシステム作りから始まります。貴子さんには職人の技はありません。しかし彼らを束ねるための組織改革に着手します。まず赤字解消の手段としてリストラを強行しました。父の代ではできなかったことです。

長年の親しみだけでは乗り越えることのできないものもあるのです。そのための反発は避けることができません。だからこそ職人のなかに入っていくのです。たとえば工場内の清掃を一緒に行うのです。指示でなくともに片付けること。これ大事なことです。ともに行うことで互いのことを知るのです。

詳細はドラマでも、この本のなかにも書かれています。