桜木紫乃の『ホテルローヤル』 | さむたいむ2

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今日も元気で

 

先日NHKの「あさいち」のプレミアムトークに桜木紫乃が出演していました。

北海道釧路生まれの彼女はいま江別市に住んでいて、いまでもこの地をこよなく愛しています。故郷は遠く離れて思うもの。ただし北海道という大地において釧路と江別の距離は充分です。

 

『ホテルローヤル』は小高い丘の上にあり、辺りの湿原の向こうに阿寒岳を望むことができます。このホテルを取り巻く素晴らしい環境は7つの短編を様々な方向から語るに有効です。

 

ホテルといってもラブホテルです。ここを訪れる利用客の目的は皆同じです。日常から隔離された憩いの場所ですが、悲しいかな人間は一時しか逃れられません。行為を終えて男と女は日常へ戻ります。桜木の父がラブホテルを経営し、彼女の高校生の頃から手伝っていました。非日常の空間を彼女は日常の中で見てきたのです。たぶん咀嚼するには長い時間を要した事でしょう。桜木の明るさは『ホテルローヤル』を書き上げた成果です。ここに行きつくまでには暗く辛い時代があったはずです。彼女はホテルの窓から湿原の向こうに立つ阿寒の山をじっと見つめていました。『ホテルローヤル』はかくして完成したのです。

 

7つからなる短編は、「シャッターチャンス」「本日開店」「えっち屋」「バブルバス」「せんせぇ」「星を見ていた」「ギフト」。これは現在から過去へと書かれています。雑誌「小説すばる」に発表されましたがかならずしも順番ではありません。「本日開店」は書き下ろしですし、作品集のために並べ替えられました。すべてを読み終わり気づいたことがあります。

 

「せんせぇ」は高校教師と教え子との話ですが、「シャッターチャンス」の現場であり、「ホテルローヤル」が廃墟となった一因です。2013年の第149回直木賞となった所以です。

 

集英社文庫で500円。安価で読み応えのある作品です。11月には映画化されます。10年という歳月がこの作品集には流れています。