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高齢者の私は、つい先日運転免許の更新をした
70歳を越えると
免許更新は自動車学校で実車講習を受けなけれはならない
1ヶ月前に講習を受け安全運転の意識はバリバリ、そんな安全運転熱が冷めない中
市営プールでの歩行訓練からの帰り道
交差点で一時停止し3秒数え、車や人の通行有無をしっかり確認しながら直進発進………手本となるような安全運転
道路中央線をこえようとしたとき時……ドカーン……大きな音がした
右側を見ると
大きな普通乗用車が右横ボディーに突っ込んでいた
運転席部分は二車線道路の中央線を越え
右側からの車線を抜け出ようとしたその時だった
前方に視線を向けている時だったので、予測できない出来事
交差点付近は双方注意義務はあるが
事故地点と追突された後部座席付近ということを考えると
おそらく相手は何かに気を取られ前方不注意だったと思う
相手は若い女性、可愛そうだけど被害者はこちら……と思っていた
警察を呼び、事故処理……警察は「過失割合は介入しない」、事故証明のみ、「交差点は双方悪い」……ということだけらしい
事故の状況を聞くでもなく、免許証と自賠責保険等を確認しさっさと引き上げてしまった
事故の責任割合も明確にせずになんのための警察か?問題だ
しばらくして、女性の母親も来て、一時停止車線を走行している側が悪いと一方的に言い張った
が、追突した部分を見て、少しトーンダウン……スミマセンと一言……具合が悪かったら病院に行ってくださいと謝った……そんなに悪い人ではない
事故当時は興奮状態で瞬間的な出来事
外傷がなく打撲には気づかず痛みも感じなかった
怪我はなかったとして双方別れた
保険会社と連絡を取ってみると
保険会社の判断は一時停止車線側が分が悪く、ドラレコもつけておらず証明もできないため
こちら側か7対3か8対2の割合になるかもしれないとのこと
エ〜!安全運転で一方的に追突されたのに
でも、保険会社間ではそうなるらしい
なんだか腑に落ちないので
兎に角一回は事故状況を主張してほしいと保険会社に要請し、委ねることにした
幸い保険の専門家O氏のアドバイスで色々助かっているが
あ〜あ!被害者が加害者になってしまった
翌日日曜日に背中に痛みと頭が重く気分が悪い
週が明けて月曜日に保険会社を通じ大分市のA病院へ
交通事故での診察を告げ
事故状況について看護師から問診後
高齢者N医師の診察
問診表も見ずに、何を勘違いしたか「腰の具合はどうてすか?」と
また、1から説明……面倒臭い
当日レントゲン、3日後にMRIを取り
「骨には異常ない、横からの追突だから大丈夫でしょうが、しばらく様子を見ましょう」と痛み止めと湿布を処方のみ
その後の具体的な治療方法は提示されなかった
それに、背中の痛みと頭の鈍痛についての判断もしてもらえなかった
この医師とのやりとりは、少しズレて噛み合わない
この高齢の医者で大丈夫か?
あ〜あ!しまった、もっと若い医師がいる病院にすべきだった
後悔したが、今更病院は変えられないだろうな?……憂鬱になってきた
事故といい病院といい散々
保険会社と少し相談してみることにする
大分に戻って1ヶ月以上経つ
福岡の病院で手術1年後の診察を済ませた結果
まだ、腰の痛みがあるため
大分のかかりつけの病院で再度MRIを撮ってもらい
大分と福岡の病院間でデータのやり取りで、診断することになった
種子島での農作業のツケがここに来て出てきたか
帰省してからは、腰に注意しながらリハビリに取り組む毎日
そんな中、親戚の従兄弟の三回忌で玖珠町(クスマチ)へ
4ヶ月ぶりに実家に帰った
緑溢れる山々と実家は静かに待っていてくれた
伸びすぎたツツジや梅の木、そして草
なかなか帰れないので、仕方なく除草剤を散布
裏山が迫っているので草が屋根を覆いだしていた
つるつる滑る屋根に上がり、草に除草剤を吹き付けた
屋根が滑るので、落ちないように這いつくばるが
瓦が陽に焼け付き、火傷するくらい熱い
手袋をしていない手の平は真っ赤
ヒリヒリと火傷気味で苦戦したが落ちずに無事終了😮💨
樹木は脚立をかけてできるだけ短く剪定
実は、玖珠町の家の管理はほぼ妻の仕事
近所の人達からは、「働き者の奥さんだー」と高評価
屋根など難所の所以外は全て妻がやる
近所や親戚の人達が抱いている妻への良い印象を維持するためにも
これで良いのだ!
私はその間、親戚の法事に出席
お坊さんの下手な説教を頭の上にスルーしながら、田んぼの蛙の合唱に耳を傾け、聴き入る
懐かしい田舎の音楽会だ
法事の会席で久しぶりに親戚の人達との懇親を深める
皆、年を取り足取りは重く
それぞれが抱えている健康や生活事情、これからのどう過ごしていくか大いに語らう
ルーツを一つにする親戚同士の共有する熱い思いを確かめ合った
翌日
大分へ戻る車窓の窓から
田んぼは稚苗が整然と植えられ
蛙が一段と大きな合唱で、賑やかに見送ってくれた
そう言えば、種子島の稲は来月7月には収穫になるな〜🙄
この時差、日本は広いと言うか……縦に長〜い……事を実感する
(忙中閑話)
歳に抗い、妻が健康のため豆乳を作ってくれました
これでアンチエイジング出来ればな〜😅
朝早く少し散歩する
宿泊したホテル周辺に露店的な八百屋さんと魚屋さんを見かけた
懐かしい昭和の風景
随分昔はこんなふうな感じで店主と会話しながら買い物をしたんだと
思い出す
鹿児島中央駅前も賑やかでバスターミナル地下には
かごっま屋台村もある
JR九州で宮崎乗り換えの電車に乗ると途中
やはり鹿児島を代表する
雄大な桜島が車窓を額縁にして見えて来る
この景色に学生時代!何度励まされてきたことだろうか
友人が他界して縁が薄くなり
何となく鹿児島が遠くに感じるようになってきた
実に寂しいのだが
この桜島だけは昔のまま私を暖かく迎えてくれる
右手に錦江湾に浮かぶ桜島を見ながら
缶酎ハイを傾ける
電車は進み
霧島神宮駅から都城駅、更に宮崎駅へと向かう