プレ仕事始めと、仕事始め。(その2) | 滋賀・高島の機屋・サダ杉岡のブログ

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滋賀の高島という地域で機屋をしている今年53歳の男のブログです。
仕事のこと・家族のこと・日々の日常で感じたことなどを綴っております。
大したことは書いておりませんが、それでもよろしければご覧ください。

7日の仕事始めは、久々に現場でスタートしました。


あいさつをし、織機を稼働させ、ほっと安心してから9時の電車で大阪へ向かいました。



大阪・特に梅田近辺はたくさんの人でした。



220円のかけうどんを食べたのち、得意先様に向かいました。


繊維関係に従事してる人にはおなじみの本町界隈でのあいさつ回りの営業だったのですが、普段より人が多く、今年は景気が良くなるのだろうかと思いました(毎年思うわけですが)。



お酒も出して頂き、お昼も贅沢なお弁当を頂いて、個人的には良い年始になりました。


午後からも数社回り、しかしながら夕方からは再度現場に入るため、早めに高島に戻りました。つらいところです。


地元の関係各位にあいさつをし、事務所で作業をし、そのあと19時過ぎまで工場に入りました。


帰宅して、発表が「完ぺきだった」という感想を漏らした上の子と風呂に入ろうとすると、ヨメの冷ややかな目がありました。


聞けば


「19時に帰ってくると聞いてたのに、15分も遅くなった」


とのこと。


確かにおっしゃる通りですが。


「世間のどこに自営業のヨメさんで、工場締めるのに遅くなって怒ってるヨメさんがおるねん、アホか。15分遅くなったけど、世間にはもっといろいろある時もあるやんか。そんなときにも慣れてったらええねん。」

と久々に声を荒らげ、一蹴しました。


私がヨメさんにここまで言うのはめずらしいです。子どもの為を想って時間通りにいきたいヨメさんと、自分の仕事のことも考えろという私は、論点が微妙にズレていて、かみ合ってもいませんし、そのこともわかっています。

なのでちょっと怒りすぎたかと思いますけど、いい加減に世間に、いや私のやり方に慣れていってほしいとは思います。一緒に仕事をしないなら全然構わないのですけど、本格的にやっていくなら、彼女は今のままでは無理なので・・・。


何もかも犠牲にしないで家族4人が暮らしていけるほど、今の日本の自営業は甘くないのです。


今年は少しずつ教えていかねばいけないようです。



ヨメがへそを曲げたのか、そのあとは階下に降りてこず、私は一人で夕食を食べ、近爲さんのお漬物を堪能しました。


せっかく仕事始めが比較的うまくいき、気持ち的に上がっていた中でのヨメさんの件だけが引っ掛かりましたが、今年はこういう年なのでしょう。


頑張っていこうと決意する月曜夜でした。