クラブ怖い
大きい音もたくさんの知らない人も嫌だ。
一人で過ごすときよりも孤独が浮き彫りになる。
不安で心細くて泣きそうになる。
みんな友達みたいなのに、誰とも親しくはなれない。
音楽と酒の力でパブリックとプライベートが綯い交ぜになった空間。
他人の自意識が生温く広がって混じりあって気持ち悪い。
みんなでオナニーしているようだ。
あんなところでから騒ぎしている奴は人恋しくてたまらない弱い人間だ。
そのくせ誰にも興味なんかない。
他人と同化した気になって自分をごまかしてる。
でもあの重低音は恋のときめきと勘違いするのにもってこいかもしれない。
恋する相手さえ誰でもいい。
若い頃ああいう場所に出入りしてなくてよかった。
動物を飼うということ
いまや動物を飼うという文化は成熟し、ペットはもはや家族の一員となり、
ただ養うだけではなく、ペットにもクオリティ・オブ・ライフが求められるようになった。
しかしながら、昔から動物とともに暮らしてきた家庭というのは驚くほど大雑把だ。
動物はあくまで動物。
鎖でつなぎ、檻に入れ、エサと水を与える。
もしくは半野良の放し飼い。
子を産めば知人に譲り、残れば育てる。
気が向けば構って、一緒に眠ったりする。
いなくなったら、それはそれ。
現代のペットの在り方を知るわたしからすると、冷酷にすら見える。
昨今、ネットとかで正しいとされている動物の飼い方とはかけ離れている。
だけど、彼らはペットを愛し、かわいがって共に暮らしている。
ただ、なんというのか、ドライだ。
でもきっとペットってのはそういうもんなんだろうな。
あくまで自分たちの生活のおまけ。
生活の中心になるようなものじゃない。
ペットにとっても、飼われることは生きる手段の一つでしかない。
人も動物も、ちょうどいい距離感はそれぞれ違う。
動物にとってなにが幸せかなんてわからない。
やつら、案外生きてるだけで幸せなのかもしれないしね。
猫なんてわたしよりよっぽど強くたくましく生きてるくせに、子猫はずるい。
わたしだって決して無責任ではないはずだ。
わたしが幸せにできる命には限りがある。
人間とは、斯様に業深い。
殺処分される野良猫が何匹いる?
人の都合で死ぬ動物がどれだけいる?
知ってしまった一例だけをなんとかしたところでどうなる?
もうわたしは修羅になるぞ。
動物など愛さない。
わたしってほんと考え方が悪役である。
12月ですね
男ってスタッドレスタイヤの履き替えについてだけやけに積極的だよね。
父も彼氏もタイヤどうすんだ?と聞いてくる。
他のことは頼まなきゃやってくれないのに、車については男の領域と思ってるのだろうか。
その通りなんで、どうすんだ?っていうかどうにかしてください。
