動物を飼うということ | 痛い日記

動物を飼うということ

いまや動物を飼うという文化は成熟し、ペットはもはや家族の一員となり、
ただ養うだけではなく、ペットにもクオリティ・オブ・ライフが求められるようになった。

しかしながら、昔から動物とともに暮らしてきた家庭というのは驚くほど大雑把だ。

動物はあくまで動物。
鎖でつなぎ、檻に入れ、エサと水を与える。
もしくは半野良の放し飼い。
子を産めば知人に譲り、残れば育てる。
気が向けば構って、一緒に眠ったりする。
いなくなったら、それはそれ。

現代のペットの在り方を知るわたしからすると、冷酷にすら見える。
昨今、ネットとかで正しいとされている動物の飼い方とはかけ離れている。

だけど、彼らはペットを愛し、かわいがって共に暮らしている。
ただ、なんというのか、ドライだ。


でもきっとペットってのはそういうもんなんだろうな。
あくまで自分たちの生活のおまけ。
生活の中心になるようなものじゃない。
ペットにとっても、飼われることは生きる手段の一つでしかない。

人も動物も、ちょうどいい距離感はそれぞれ違う。
動物にとってなにが幸せかなんてわからない。
やつら、案外生きてるだけで幸せなのかもしれないしね。
猫なんてわたしよりよっぽど強くたくましく生きてるくせに、子猫はずるい。


わたしだって決して無責任ではないはずだ。
わたしが幸せにできる命には限りがある。
人間とは、斯様に業深い。

殺処分される野良猫が何匹いる?
人の都合で死ぬ動物がどれだけいる?
知ってしまった一例だけをなんとかしたところでどうなる?

もうわたしは修羅になるぞ。
動物など愛さない。


わたしってほんと考え方が悪役である。



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