痛い日記 -14ページ目

長男長女の宿命

もはや時代が違うのだ。
両家とも親に金も時間もあっていつでも頼れて、なんとなくでも生きていけるような時代じゃない。

いままでわたしの金は親の金でよかったし、ささやかな貯蓄ができたのも親のおかげだ。
でもわたしたちはこれから暮らしていかなければならない。
それも、自分たちだけのためではない。これから生まれるかもしれない子供のために。

親には感謝しかない。
でもその感謝は、次の世代の子供に返していくものだと思う。
子が親を養うのは一見当たり前のようで当たり前じゃない。
そりゃ見捨てたりはしないよ。頼らないでくれなんて思ってない。
でも親のためより自分たちの未来のためにお金を使いたい。それも、旦那が一生懸命稼いだ金ならなおさら。
旦那がどれだけの思いで両家の重責を負っているか。
親にもそういう風に思ってほしかっただけだ。

わたしは冷たいさ。
いままでさんざん食わせてもらった実家にこうも簡単に見切りをつける。
でもいま一番愛してるのは旦那なんだからしょうがなくない?
親子だからって義理とか人情だけでは繋がっていられないよ。
なんとでも言え。わたしはわたしとわたしの愛する人のために生きるんだから。


愛のかたち

わたしは冷たいのかもしれない。
でもわたしは幸せになりたいのだ。
わたしが愛するものには優先順位がある。
あれもこれもみんな一番、ではない。

それだけのことになぜ胸を痛めなければならないのか。
そんなことが人間らしさなら、わたしは人間性なんていらない。

薄情者と罵るなら罵るがいいよ。
わたしは生物として真っ当だ。



エマージェンシー

わたしは人よりバカだし身体能力も低いから、なんてことない異変も過剰に警戒するべきだ。
それに、生理前の不安感は生物として正常である証。もし受精卵が着床していたなら、子供を守らなければならないのだから。
人としてとか仕事としてとか好き嫌いとかじゃなく、これは外敵から身を守るための反応。
わたしの本能仕事してる。
サバンナなら即死でも、人間界には法律というものがあり、その番人たる警察なる組織がある。わたしが弱くてもどうにでもなる。

杞憂ならそれでいい。
わたしは絶対生き残るし、一切の損害から逃げ切ったるわ。