神学者であったラインホルド・ニーバーの
“平安の祈り(Serenity prayer)”と呼ばれる言葉があります。
「神よ、変えられるものについてはそれに立ち向かう勇気を、変えることのできないものについてはそれを受け入れる落ち着きを、そして両者を見極めるための賢さを、私に与えたまえ」
そして、
日本の仏教には、「諸行無常」「諸法無我」
という言葉があります。
そこで思い出すのは、教科書で習ったこの文章です。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。」
同じように、【変化】について書いてあっても、
前者は非常に能動的で
強い自我が感じられるのものでありながら、
教科書にあったこの文章からは、
とても悲観的で、諦め、のような感じを
受けるように…思います。
これはこれで、美しい文学、文章ですし、
ほんとうの事だとは思います。
ですが、
本来の「諸行無常」は、このような感傷的な
意味では全く無いと言います。
変化こそ、進化、そして生命、ということで、
日々のヨシナシゴトを
まるごと受け入れて行けたら良いのかな…
と思っています。