牧口常三郎先生の「利善美」の価値体系には、「情報の価値」が欠けている。 | sabo444のブログ

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何か発言しておきたいことがある場合は、知恵袋に投稿すべきではなくブログに綴るべきですと言われたので、ブログをやることになったのです。

カント派とか新カント派とか哲学のことには、余り知識がないのですが、新カント派のヴィンデルバント、リッケルトなどの人たちは

「カントに返れ」を合言葉に「価値哲学」なるものを研究したとされています。「価値」の成分として、新カント派は「真善美」の価値を提唱しましたが、これに異議を唱えた創価教育学会(創価学会の前身)の牧口常三郎先生は、「真理の追究」は「価値の成分」とは思えない。「癌で余命いくばくもない人」に「癌ではない。病気は軽い」と「ウソ」の言葉をかける行為=「ウソも方便」の方が人の「有りよう」として望ましい行為と言えるので、「あなたは癌です。もうすぐ死にます」という「真理」の言葉を投げかけるより

好ましいではないか!・・・と言った論法で、「真理」は価値の成分ではない。「真理の追究」は、一部の好奇心で学者に行われている行為であり、「真理の追究」は「価値の追求」ではないと述べ「新カント派」が取り上げなかった「利益の追求」=経済活動などが、「真」に変わって「利」の価値が価値の正しい成分なり・・・との見解で「真善美」に代わって「利善美」の価値体系を主張しました。然し、私の見解だと、この牧口氏の「利善美」の価値体系も誤りがあります。それは、「真理」自体は価値ではないかも知れないが、「情報の価値」なるものを、見落としていることを、私は指摘したいのです。

例えば「カーブミラー」の価値とは何か?カーブしていて見えない部分に対向車が来ていることを、早めに察知できるので、これも「情報を早めに知ること」に資する価値がカーブミラーにあるのです。早めに情報を予知できることには、価値があります。ファラディが電磁誘導を発見して10年後には、ドイツ・ジーメンス社の実用になる水力発電、火力発電機が開発され、たった10年で電気文明に突入しました。このファラディの電磁誘導の発見にしても、先人=エールステッドによる「電流を流したエナメル線、コイルから磁気が出ていないか」と言う好奇心からの実験で南北の地磁気の方角を示す「針式の磁石」を電流を流した電線に近づけた所、南北を示さず、電線の方向に針が向いたのです。つまり電流を流した電線は磁場を持って居たのです。このエールステッドの実験の報告を耳にしたので(=情報の価値)、ファラディも「逆もまた、真なり」というからと、ボルタの電池の代わりに電流計を入れて、コイルに永久磁石を近づけたけれども、電流計の針はビクともしなかったので、コイルの近くで永久磁石を振り回してみたのです。すると、電流計の針が動きました。コイルを切る磁力線数が変化したときのみ、電気が生まれる・・・と電磁気学の本で出て来る現象です。この発電機、電気文明到来につながる、小学校しか出ていない職人の子=ファラディの重大な重大な電磁誘導の発見だって、先人エールステッドが3,000年間だれも知らなかった、静電気と永久磁石など、電気と磁気の間に関係があることを、エールステッドが指摘した。この情報に接してなかったならば、天才ファラディとて、電磁誘導の重大な発見は出来なかったと思う。これは、「情報は価値を生む」「価値を生むためには、その情報は間違った情報ではいけない。真実の情報である必要がある」という私の論法になるので、「癌の病人を励ますためにウソも方便」をやる比喩はともかくも、「真理」は価値ではない・・・と主張する牧口、戸田2代会長を尊敬してない訳ではないが、「情報の価値」「情報が生み出す価値」という視点が欠落していたことを、指摘しない訳には行かない。未来のことを予知して報じる「天気予報」だって、情報の価値であり。CTスキャナやエコーによる診断も未来予知に近く情報の価値を持つ。超音波断層撮影装置(いわゆるエコー)が、例えば産婦人科で事前に「逆子」「前置胎盤」など産婦が早めに胎盤がとれて、死ぬ危険性なども、今日ではエコーで先に予知できるので、帝王切開に切り替えたりできる。正常分娩に越したことはないが。このように、牧口氏の価値体系や新カント派の価値体系にも「情報の価値」が見落とされているのである。