sabo444のブログ

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何か発言しておきたいことがある場合は、知恵袋に投稿すべきではなくブログに綴るべきですと言われたので、ブログをやることになったのです。

ホロコーストという言葉は主にナチスドイツに依って迫害されてアウシュビッツに送られて

ユダヤ人全滅という悲劇に会ったユダヤ人が使用する言葉のようであり、このようなことは

その後も多民族国家で1つの民族だけの国家にしょうとする移民、虐殺行為は起きており

民族浄化、ジェノサイドなどの言葉で呼ばれます。然しユダヤ人はアウシュビッツで大量殺戮に会った事件をホロコーストの呼び名で呼び、民族浄化と言う表現を嫌います。

ホロコーストという言葉の語源は豚などを丸焼きにして、生贄として神に捧げる古代の儀式を

意味する言葉が語源になっているらしい。ユダヤ人迫害の歴史は十字軍遠征の際にも行われたらしいので、イエス・キリスト(本名:ジーザス・クライスト)を十字架に架けた罪深い教徒

と考えられて迫害され続けたらしいのです。然しキリストも元はユダヤ人であったのではないか?と私は考えているのですが、私の勘違いだろうか?キリストは儀式ばかり重んじて形骸化してしまったユダヤ教の改革運動を目指した人物なので、改革運動を起こす以前はキリストも

ユダヤ教徒であった可能性があります。日本の同和問題、部落差別問題の起源は徳川家康のころから始まり、人別帳と非人別帳との2つの戸籍簿で区別したり、住んでよい地域を限定したり、付いて良い職業を限定したりしましたが、ユダヤ人も決められた所に住むことを命じられて、そこをゲットーと呼んでいましたが、最悪のゲットーが、アウシュビッツな訳です。

ユダヤ人に許されていた職業選択の自由がとても狭かったので、「金貸し業」=金融業などが多いのですが、後には天才科学者アインシュタイン、マイトナー女史(核分裂反応が起こったことを理解できなかったオットー・ハーンに、それは核分裂が起きた証拠であると手紙で教えたのは、ユダヤ人女性科学者のマイトナー女史なのにストラスマンとハーンだけがノーベル賞を貰いマイトナー女史に教えられたことをハーンは隠し続けたと言われている)、

抽象代数学の特に環論に貢献した天才女性数学者エミー・ネーターもユダヤ人です。

第2次世界大戦が起きた原因は諸説ありますが、第1次世界大戦で連合国に破れたドイツの

賠償金(ヴェルサイユ条約で決められた)が巨額の金貨で支払うことが決定されたため、この巨額な賠償金によってドイツ国内の経済が困窮したこと、1929年の大恐慌によって更に

貧困になったドイツ人が超ミニ政党に過ぎなかったナチ党に投票する人が増えて1932年に正式に第1党になってしまったことから、ユダヤ人迫害が始まったのです。アドルフ・ヒトラーは貧乏絵描き崩れの人であり、ある日泊まる宿賃もなく食べるパン代もない状態になったとき、首都のベルリンには、困窮状態になった人の救済施設があったので、そこを利用して

どれくらいの期間か知らないが、救済施設のやっかいになったらしいのですが、そこに置いてあった何冊かの本の中に(こともあろうに)「ユダヤ人を殺せ」という内容の本と出会ったと言われています。然し、進化論を唱えたダーウインの従兄弟のフランシス・ゴルトンが

優生学という学問を創始したのです。優生学的思想は古代ギリシャのプラトンにも見られる思想であるそうです。優勢な遺伝が劣勢な遺伝より残るという意味の優生ではなく、文字通り「優れた家系」が残り、「社会のお荷物になるような人物の家系」が子孫を残さないように政治的政策で、人為的淘汰を図るべきである・・・というような考えにまで、行ってしまったのです。このような精神障害者、遺伝的な身体障害者、知的障害者、なまけもの、強盗、強姦の家系などを断種(去勢手術、輸精管結紮、輸卵管結紮など)すべきであるという法律はむしろ、ナチスドイツよりも前にアメリカで法律が成立したらしい。なんと電話の発明者のグラハム・ベルや産児制限で知られるサンガー夫人など知識人が優生学を支持していたそうです。1939年にナチスドイツがポーランド侵攻を9月1日に開始すると二日後の9月3日にはイギリス、フランスもドイツに対して宣戦布告して第2次世界大戦に突入しました。ナチスドイツの政策では、ユダヤ人の立派な家とドイツ人のボロ家との交換なども命じたしユダヤ教徒と結婚したドイツ人も家族全員ユダヤ人とみなすとの法律を作ってユダヤ人との結婚を禁止しました。精神障害者など社会のお荷物を音楽堂に集めて、医師の手でCOや

CO2を充満させて殺しました。この事件以後、ユダヤ人も強制労働、奴隷労働に使えなくなったユダヤ人はガス室送りになっていったのです。ポーランド、オーストリアなど戦争によりドイツの支配地域が広がるにつれて、ドイツ以外の国のユダヤ人もいるので、600万人から1100万人ものユダヤ人が居ることになるので、ドイツの領土以外へ移民させることも検討したらしいが、受け入れ国がなく、結局、強制労働、ガス室送りをしてしまったのです。

ナチスドイツの説によると、ドイツ人はゲルマン民族であり優秀な民族であり、古代のアーリア人や北欧の白人の血統が優秀な民族で、セム族の末裔のユダヤ人は劣等民族だというのですが、とんでもない偏見でユダヤ人科学者やユダヤ人芸術家、ユダヤ人経営者など、とても優秀な人が多いのが本当なのです。ユダヤ人は結束することが多いから、ユダヤが世界を牛耳ろうとしている・・・などの説も生れたのです。銀行家から成り上がってある地域の王様にまで上り詰めた「メディッチ家」は、医者か薬屋の出身だそうで、メディチ家も元はユダヤ人だったのかどうかは不明です。金を貸して利子をとる卑しい職業と軽蔑していたようだが、金融業で大金持ちになったユダヤ人もいたらしい。ナチスドイツはユダヤ人を人体実験にも利用したし、牛や豚のように肉体の全てを資源として使うことにしていたので、ガス室送りで死んでいった大量のユダヤ人の死体も資源として、髪の毛を集めて絨毯を作ったり

体の脂肪分を集めてバターをつくったりしたそうです。日本でも江戸時代には罪人は前科者であることが、分かるように腕の周りに入れ墨を入れたと言われているが、ナチスドイツも

ユダヤ人が逃亡しても分かるように、腕に数字で番号の入れ墨をしたそうです。ヒトラーユーゲント(ヒトラーの親衛隊)は知識階級=大学教授、医者、法曹界の人などが、多かった理由は、ヒトラーは世界を相手に戦争を始めたので、当然徴兵される人が続出することになるが、親衛隊員に成った人には、兵役を免除する特典を設けていたのです。この特典は「おいしい」から、知識階級は進んで親衛隊員に成ったという訳です。ドイツの実存主義哲学者のハイデッガーも親衛隊員であったことは戦後非難されました。ヒトラーのユダヤ人狩りは

一種の民族浄化のように思えるが、ユダヤ人は民族浄化だのジェノサイドなどの言葉を否定して、ホロコーストだと主張します。アインシュタインの存命中からシオニズム運動は始まっていたようで、アインシュタインもシオニズム運動家だったかも知れない。シオニズム運動はユダヤ人が流浪の民になる以前に住んでいたパレスチナに入植しようという運動で、この結果がイスラエル建国につながり、今日のパレスチナ難民問題を産み、パレスチナ難民はイスラム教徒であるから、イスラム諸国がパレスチナ難民に同情して、イスラム原理主義運動やイスラム過激派の誕生につながった訳だから、「あちらを立てれば、こちらが立たない」でもないけど、現在の難しい国際政治問題も長い歴史の果に起こっているのです。

尚、優生学を創始したダーウインの従兄弟のフランシス・ゴルトンは人類学者、統計学者、

探検家(アフリカ探検をして本を出版している)、初期の遺伝学者であり、彼が存命中に

ナチスドイツのユダヤ人迫害の政策に関与した訳ではないようです。

久しぶりにブログを書きました。下手なハーモニカの練習で時間がない。6月10日は、飯塚病院眼科で白目に2回目のルセンティスの注射を午前10:30にしてもらって、午後4時には、

宮嶋医院で1回目のコロナのワクチン接種の予約をしているから、一日中病院行き。

2回目のコロナのワクチン接種は3週間後の7月1日の午後4時です。

Yanatake Sadao. 2021/05/29 Time:15:12

ここ1週間くらい前から右目が見えづらい感じがするので、ゴールデンウイークに入る前に

近くの眼科で右目の診察をして貰うつもりです。午後2時から午後の営業時間になるから

少し時間があるので、簡単なブログを書くことにしました。

大分以前から、不思議だと思っていることですが、ミネラル(無機物、元素)などが、なぜ

必要とされる場所に集まるように出来ているのか?ということについてです。

骨に必要なカルシウムは、骨に集まるし、甲状腺に必要なヨード(海藻に含まれることが多い)も甲状腺に集まるし、亜鉛という元素も眼底の辺りと男性器の睾丸か前立腺だったか忘れたが、必要なところに集まるように体はできていることを不思議だと思いませんか?

元素ではないが、緑黄色野菜に含まれると言われている「ルテイン」という物質があります。

このルテインも眼底のような所に集まるらしく、ルテインを摂取したときと、しなかったときで、目の見え方、光に対する感度が変わると考えられています。

私の母は98歳で9年ほど前に亡くなりましたが、母は眼底出血を起こしたことがあるし、黄斑変性症と診断されていたので、とても目が見えづらかっただろうと、思うのですが母は努力家だったから、テレビなどより、新聞を懸命に読んでいました。彼女は聖教新聞を隅から隅まで読んでいて、信仰の体験談だけでなく、政治、経済の記事、科学の記事、スポーツ欄まで、聖教新聞を丸ごと、全部読むのを楽しみにしていました。軽度の脳梗塞にかかったので、右に麻痺の感じがあると言っていたので、首から上と下で神経は交差するから、右に麻痺なら、言語脳、数学脳などがある左脳に梗塞がでたことになるが、言語障害を起こさなかったので、軽度の脳梗塞らしい。母は死ぬまで認知症にならなかった。死ぬ前の2年間ほど、特別擁護老人ホームで暮らしたのですが、姉が嫁いだ家に近かったので、毎日聖教新聞を母に届けていました。姉の話しによると、死ぬ1週間ほど前から、聖教新聞を読まなくなったので、相当体がきつい状態だったのだろうと言っていました。母は眼科に通っていましたが、眼科の先生がルテインが効くかも知れないと言ったので、母はルテインを飲むようになりました。母の話しだと、飲んだ日と飲まなかった日で文字の見え方に、大分差が有ると言っていました。ルテインが有名になる前には、ブルーベリーが、目の見えを良くすると言われていました。これは、戦時中、実家からブルーベリ・ジャムが(戦地に)送られて来た日には、或る戦闘員が、敵の飛行機を誰よりも早く見つけるので、その理由を調べたらブルーベリー・ジャムを食べた日は視力が良くなると言っていたそうで、このエピソードから、ブルーベリーが視力を良くすると考えられたので、現在では健康食品のルテインにブルーベリーを加えた健康食品も売られているようです。なんかで読んだ私の雑学的記憶ですが、

マラリアには、キナの木という木の主成分「キニーネ」が効くと信じられていたらしいのですが、キニーネを服用?すると、敵の軍艦を誰よりも早く見つけることが出来ると言う話しでしたが、キニーネは危険なアルカロイドなので、効果がでる為の服用量と致死量が、近いことが、困った問題だと書かれていました。幻覚ではなく、敵の軍艦を双眼鏡で水平線を見ていて、誰よりも早く見つけられるらしいので、目の感度にキニーネが効くらしい。私の子供の頃は、ビタミンCや、B群ビタミンの方が重要なのに、ビタミンAとDを含む肝油を学校の先生が奨励していました。VAは夜盲症に効く、VDはくる病になるのを予防するということから、先生が奨励していたのです。漢方薬の八味地黄丸をエサに混ぜて飲まされた白内障の家系のネズミは高齢になっても白内障にならないことを実験で証明した眼科医がいました。この実験が漢方薬の効果を化学的に実証した最初の研究と言われています。その先生の話しだと、たまたま八味地黄丸で実験したが、これ以外の漢方薬にも、長期的に服用していれば、

白内障の予防効果がある漢方薬は沢山有るとのことです。例に依って私のブログは余談が多いのです。13:40になったので、眼科に行ってきます。バイチャ!    21/04/28 

 

いよいよ、Shotcutを使った動画編集の仕方を述べます。既に録画済みのUSB memoryに入っている動画を別なタイトルで投稿しても、良かったのですが30歳ころ好きだった私の住む福岡県の隣の大分県日田市出身のシンガーソングラーターだった、山崎ハコさんの曲「望郷」を

ハモニカで演奏して、それをUSB memoryにコピーしたので、それを使ってShotcutの使い方の説明をします。この曲は私のデジカメのSD Cardでは、MVI_0153という名前のファイルとして保存されているようです。Shotcutのバージョンが異なると、自分がインストールしたShotcutの画面と、少し違うな!・・・ということになります。私もネットで参考にしたShotcutとはバージョンが少し違っていたので、同じ機能を使って行くために試行錯誤しました。では、Shotcutを起動して下さい。起動した画面の上半分と下半分を水平な線が分けています。この水平線を「タイムライン」と呼びます。タイムラインの下半分が作業領域です。

タイムラインの上半分の中央に「新規プロジェクト」と書かれており、「プロジェクト名」の

右に何も書かれてない横長な黒い領域があり、そこに先ず、新しいプロジェクト名を入力することから、始まります。これが、YouTubeにアップロードした時の検索キーワードになる可能性がありますが、投稿時に「検索キーワード」(タイトルと表示されますが)は変更できるので、私は、この新規プロジェクト名を、「Test21260」にすることにします。だから、この「プロジェクト名の右の黒い領域」に「Test21260」と入力して、その3行下の「開始」ボタンをクリックします。このあと、画面左上の「ファイルを開く」をクリックして、USB memoryに保存されている、私の「山崎ハコの望郷のハモニカ演奏のファイル」=MVI_0153をクリックして右上の「開く」ボタンをクリックします。(MVI_0153USB memoryにありますが、指定しないでUSB memoryが開きました)すると、画面中央の領域に動画が取り込まれて、私のハモニカの演奏が自動的に始まります。この動画を止めたいときは、「スペース・キー」を押すと止まります。画面の上下を分けるタイムラインと呼ばれる水平線のすぐ下にアイコン類が並んでいますが、左から5番目の「+」のアイコンをクリックします。

タイムラインの上のフィルタの文字の上にも「+」マークがありますが、これと混同しないで下さい。あくまでもタイムラインの下の領域の「+」アイコンをクリックします。すると

動画を意味する青い横長な領域が現れます。私のようにハモニカの演奏の場合は、映像の「青い領域」の上に「音声」を意味する「音の波」が重なって表示されます。この後、不要な動画の部分のカットの仕方です。この「+」ボタンをクリックすると、カットに失敗した時も、カットなどの操作以前の「元の状態に戻せるボタン」であることを知っておいて下さい。スペースキーで動画を止めると、最も右端に「白い垂直な線」が来ています。動画の絵が表示されている下(2つ下)に「動画の始まり」に移動するボタン、右向き3角形のアイコンは「再生ボタン」です。動画の始まりまで、戻すボタンをクリックします。垂直な白い細い線が左に来ました。ここから、「再生ボタン」(右向き3角形ボタン)をクリックして

動画を再生させて行き、「カットして捨てたい部分の領域の右端」まで「垂直の白い線」が来たとき、「スペースキー」を押して「白い垂直線」を止めます。カットしたい所で「スペースキー」で「垂直線」を止めたあと、垂直線の右に「マウスカーソル」を持っていって

「右クリック」で出るメニューの「再生ヘッドで分割」をクリックします。そのあとが、重要です。動画を意味するトラックの左端に「国防色」(戦争中、男性が皆、この色の服を着ていたので、そういう色の名前がある。黄土色とも違う、「灰色がかった緑色」の領域が左端にあるので、この「灰緑領域」の右端にマウスカーソルを持っていって「国防色」領域を

カットしたい「白い垂直線」まで、引っ張ってカットしたい垂直線まで、国防色領域を広げて下さい。うまく、伸びて行かないときも、何度も挑戦していると、国防色領域が右に伸びて行って、カットしたい線まで持って行くことが出来ます。これに成功すると、カットしたい垂直線の左にマウスカーソルを持って行って、右クリックして、「削除」をクリックすると、動画の始まり部分の不要な部分を除去できます。このあとは、動画の終わり部分の不要な部分をカットすることですが、動画全体が見えた方が分かりやすいかも知れないのでタイムラインの水平線の一番右のアイコン・・・「白い4角形」の四隅に斜めの線が付いているマークのアイコンをクリックすると、動画全体が画面に収まって表示されます。動画の画像の下の右向き3角マークをクリックして動画を動かしでカットしたい位置で「スペースキー」を押して垂直線を止めます。そして、白い線の右で右クリックして、「再生ヘッドで分割」をクリックして、白い線の右にマウスカーソルを持っていって右クリックして「削除」をクリックすると、終わり部分の不要な動画部分を除去できます。この次にやりたい項目は

動画のタイトル(私のハモニカだと、曲名を入れたいということになる。)を入れる方法です。タイムラインの水平線の下のアイコン類の最も左端のアイコン(ハサミの左のアイコン)=横線が三重になっているアイコンをクリックして「トラックの操作」のサブメニュー

「映像トラックの追加」をクリックすると、国防色ばかりで出来たトラックが今まで作っていた「動画のトラック」の上に発生します。ここにタイトルを作って「ドラッグ&ドロップ」でタイトルを貼り付ける訳です。この国防色ばかりのトラックが出来たら、ツールバー

の「ファイルを開く」の右隣の「その他を開く」をクリックして出たメニューの「テキスト」をクリックします。すると、画面中央に、「テキスト」「プリセット」「背景色」なども文字が見えますが、「ここにテキストを入力または貼り付けてください」と書かれている

領域に「動画に付けたいタイトル」を入力します。私は今回「山崎ハコの望郷」のハモニカ演奏だったので、「望郷」と入れます。そのあと、「背景色」をクリックして背景色を選びます。「サンプルの色」から、「薄茶色」を選んで「選択ボタン」をクリックしました。

このあと、下の「OK」ボタンをクリックします。静止していた動画の画像の領域が「薄茶色」に塗られて「望郷」の文字が書かれている長方形(横長)の領域が出るから、この長方形をよく見ると、中央に「黒っぽい丸」があるので、ここにマウスカーソルを持っていって

横長長方形の位置=タイトルの位置を画面中央付近に持って行くのが、タイトルの位置としては、良いと思う。そのあと、「薄茶色」の領域の左の領域に、テキスト「望郷」と表示されていて、「フォント」「Sans太字60」などと出ていて、「フォント」の下には、「輪郭」もある。文字に輪郭を別な色で付けてもいいし、付けなくても自由です。「フォント」が「白色」のようなので、クリックしてサンプルから「黄緑」を選びました。「フィールドを挿入」という項目が出たので「#(シャープ)」をクリックしたら、「テキスト」と書かれた

文字の右の「望郷」のタイトルの右に「バックスラッシュ#」が付いた。

Sans太字60」をクリックして「いろはにほ」と出ている下に、「+」ボタンがあるから、これをクリックし続けて「望郷」の文字を大きくしていく。「+」ボタンで100まで大きくした。この「望郷」というタイトルの文字を「映像の追加」で作っていた国防色ばかりの領域にドラッグして貼り付けるのだが、今度は「黒丸」ではない長方形の適当な箇所にマウスカーソルを持っていって、ドラック&ドロップで国防色領域に貼り付ける。なるべく左端の

動画が始まる辺りに貼り付ける。そして、タイトルが表示されている時間を長くしたいのであれば、貼り付いた「薄茶色」の右端にカーソルを持っていって、右に引っ張ってやる。

このあと、音量・ゲインを17dBくらいにする。タイムラインの下のアイコン類の「+」アイコンではなく、タイムラインより上の領域に「フィルタ」「プロパティ」「書き出し」という項目のボタンがあるから、「フィルタ」の上にある「+」ボタンをクリックして、

現れた項目名の中から「ゲイン・音量」をクリックする。すると、右の領域に「レベル」と書かれた文字があり、「レベル」の文字の右に「青い色」の棒グラフ?が、ちょっぴり見えている。この「青い部分」をマウスで右に引っ張ってやる。音量が24dB以上にはならないのだが、24dBにしたら、音が大きすぎて波形の頂上部分が切り取られてしまって、汚い音に

なるので、私は17dB程度にしている。このあとは、ファイル形式を「YouTubeが許可している

形式の一つ」を選んで、「ファイルに書き出す」のボタンをクリックすれば、私のUbuntu18.04.5のノートPCの場合「ビデオ」フォルダに保存されるのである。では、やってみよう。「フィルタ」「プロパティ」「書き出し」と3つ並んでいるボタンの右の「書き出し」ボタンをクリックする。すると、左の領域には、プリセットと書かれた窓が、現れ、右には「書き出しのヘルプ」という領域が現れる。プリセットの窓の右端には、とても見えにくいのだが、実は「スクロール・バー」があるので、マウスカーソルでスクロールバーを

上下にスクロールして、YouTubeが許可しているファイル形式の一つを選ぶ必要がある。

私は、いつも「WMV」というファイル形式で書き込んでいる。「WMV」を選ぶと、「書き出しのヘルプ」領域の一番下に、「ファイルの書き出し」「リセット」「詳細設定」の3つのボタンが出るので、「ファイルの書き出し」ボタンをクリックする。すると、私のパソコン

Ubuntu18.04.5の「ビデオ・フォルダ」が開いて、一番上に「名前(N)」とあり、その右に

私が冒頭に付けたファイル名の「Test21260.wmv」と出ているので、右上隅の「保存」をクリックする。そのあとは、書き込みの「進捗状況」が出ているタイムラインの上の領域の最も右の窓に進捗のパーセンテージが刻々変化していって、終了すると、「ジョブ」領域に

/home...0.wm 00:01:29と出ていて「青い色」でカバーされている。この状態で、Shotcut

終了して良い。終了すると、「このプロジェクトは変更されています。変更を保存しますか」と尋ねられるので右端の「はい」のボタンをクリックする必要が有る。これから先は

ビデオ・フォルダにTest21260.wmvというファイルが出来ているか確かめても、確かめなくても良い。(出来ています)、このあとは、YouTubeを立ち上げて、テレビカメラのアイコンのクリックーー>動画をアップロードするーー>投稿したいファイルを選択して「開く」ボタンをクリックすれば、アップロードできます。私が使っているShotcutとバージョンが異なる場合は、完全に私の説明と一致するとは、限りません。私もネットで参考にした記事と

私のShotcutと僅かにバージョンが違っていたので(私のバージョンの方が僅かに新しかった)説明と一致しない部分は、試行錯誤で、このソフトを一日でマスターしました。

YouTubeへのアップロードに興味があり、苦労している人には、役立つブログだと思います。皆さんの成功を祈る! やなたけさだお。21/04/10 Time: 16:15

 

前回の動画投稿の方法は原始的なやり方であり、動画編集アプリを用いてなかった。

そのため、デジカメの裏側に有る「赤い丸印のボタン」=動画を録画するボタンを押しに行く

所の画像や、ハーモニカの演奏が終わったので、また録画を停止するために、また「赤い丸印のボタンを押しに行く場面」などまで、含まれている動画を投稿することになってしまっていた。この余計な前後の部分のカット方法、曲のタイトルを最初に表示する方法、音量・ゲインを17dBくらいにする方法、ファイルの書き込み方法(YouTubeが許可しているファイル形式を1つ選んで書き込みボタンをクリックする)、書き込みの進捗状況が確かめられる右上の

「ジョブ」と書かれた領域が100%に成ってから動画編集ソフトを終わらせる。

ここで、私が今、使用している無料版の動画編集ソフトは「Shotcut」というもので、Win版

、Mac版、Ubuntu版などがネットにあるので、持ってるパソコンに合ったShotcutをネットからダウンロード、インストールして下さい。このソフトの使い方をネットで調べて1日で使えるようになったので、このソフトの使い方のコツを伝授したいのです。

前回述べたように、私はデジカメで自分のハモニカの演奏風景の動画とハモニカの音を録画して、これをYouTubeに投稿していました。私の使用しているデジカメはキャノンのIXY  130という型番のコンパクト・カメラです。買った頃は12,000円か15,000円したけど、今それくらいの価格のデジカメの画素数は2020万画素くらいです。3000円台の安いWebカメラでも結構画素数は高くなっています。デジカメだと、記録媒体はSD CardかMicro SD Cardであり、SD Cardに記録された動画を投稿することになります。Webカメラは、USB接続で録画した画像は

パソコンのハードディスクに保存されると思います。デジカメのファイル形式はMOV形式が普通なので、ネットで「YouTubeのファイル形式」と検索すると許されているファイル形式が10種類位出ます。一番最初にMOVと書かれているくらいだから、デジカメで録画した動画が動画編集ソフトも使わずに、すんなり投稿出来たのも当然だったのです。MOV以外に

MP4とかMPEGとか色々のファイル形式が許されています。私がデジカメから取り出したSD Cardを一旦、USB memoryにコピーしていたのは、Linuxパソコン(Ubuntu18.04.5)が、

USB memoryは、認識するがSD Cardは認識しないソフトが多いからです。LINUXでもSD Cardから、USB memoryにコピーすることは、出来るでしょうが、グラフィカルな、やり方

F: (SD Card)を開いて、コピーしたいE: (USB memory)に1つづつ、MVI_0123のようなファイル名をドラッグ&ドロップでE: (USB memory)の上でドロップすると、一つファイルがコピーされる訳で、このようなコピー作業には、Windows8.1が便利であり、LinuxにもこのようなGUIなコピー方法があるのか、否か知らないので、F: やE: をマウント・コマンドでマウントしたり、cp コマンドでコピーしたりが、煩わしいので、Win8.1でコピー作業はやりました。このコピーされたUSB memoryをUbuntu18.04.5のノートPCのUSB portに刺したら

画面にUSB メモリーのアイコンが出て、バーバティムというメーカーのUSB memoryの場合だと、Store N Goと表示されます。なので、動画編集ソフトを使わない原始的な(ダイレクトな)アップロード方法だと、YouTubeを起動して出た画面の右上の領域に「昔の放送局員が担いでいたような古い時代のテレビカメラの側面」のアイコンがあるので、これをクリックしたら、「動画をアップロードする」と出るから、それをクリックしたら、どのファイルを開くか尋ねるから、そのボタンをクリックすると、Linux-PCのフォルダ類やUSB memory

(Store N Go)が見える状態になるからUSB memoryから投稿したいファイルを選んで右上の

「開く」ボタンをクリックすれば、アップロードが始まる訳です。ここまでは、前回ブログで書きました。今回は、Shotcutを用いて動画を編集してから投稿する方法の話しです。

その話を書くつもりだったのですが、ちょっと74歳の老人なので、前置き部分で、くたびれたので、大事な話は明日、続きを書きます。なんか、気をもたせていると思いますか?

ほんとに、くたびれたのです。絶対、続きを書くので、興味の有る方は後半の記事を読んでください。Yanatake Sadao. 2021/04/09 Time: 19:42

私はハーモニカを趣味にし始めて2年ちょっとになります。まだ、未熟な部分もあるのですが、YouTubeにアップロードすることを、夢見ていました。スマホから動画を撮影して投稿することも出来るらしいのですが、私は今回、デジカメで動画を撮影しておいて、デジカメから

動画の記録されているSD Cardを取り出して、SD CardからUSB memoryに動画をコピーして

YouTubeに動画をアップロードする方法(原始的な方法)に気が付きました。

Youtubeを見ている時に、画面全体を良く観察すると、画面右上に「昔のテレビカメラ」のマークのアイコンがあります。これをクリックすると、「動画をアップロード」という項目がでます。その項目をクリックすると、「どのファイルをアップするか」を尋ねられます。

だから、動画を撮影してSD CardからUSB memoryにコピーしたUSB memoryをパソコンの

USB portに差し込んでパソコンを起動すると、Ubuntu18.04.5(LINUX-PC)のノート・パソコンはUSB memoryを「Store in Go」という名前だったか、認識します。この状態でブラウザ

(FireFox)を起動して、右上の「昔のテレビカメラ・マークのアイコン」をクリックして

「動画をアップロード」をクリックして、アップロードしたいファイルの選択でUSB memory

=「Store in Go」を開き、投稿したいハーモニカの演奏の動画ファイル名(例えば、MVI0078)

を選び「開く」をクリックすると、投稿したいファイル名が認識されます。それ以後は易しいです。それ以後はYouTubeでのタイトルを入力する必要があり、今の所、Test002_Yanatake

というタイトルにして、その下の領域に説明の入力枠があるから、曲名「ダンスビートは夜明けまで」(荻野目洋子)Harmonicaと入力します。この時点で、その動画に振り当てられた

URL名が右下に表示されるので、ノートに控えておく必要があります。「子供向けか、大人向けか」の選択、著作権侵害がないかのチェックなど、「次へ」をクリックしていけば、

簡単に投稿できます。今回、デジカメから、ハーモニカの演奏を投稿できたのも、「デジカメの動画の録画ボタン」(赤い丸印)で録画できるファイル形式が、「クイックタイム・ムービー」でMVIという保存形式??が、YouTubeに許されている「音声」(BGMの)の保存形式の一種であったことが、幸いだったと思います。AVI,MP4,Mpeg2・・・など沢山のファイルの形式がYouTubeの許可している形式に含まれている可能性があります。私のデジカメは

15,000円程度の安価なキャノンIXY 130を用いました。デジカメのSD CardからUSB memoryにコピーする必要があるか、否かは不明ですが、動画投稿でなく、PCからInstagramに写真を投稿できる無料ソフトのRammeを利用した際の経験から、メモリーカード・リーダーに刺したSD Cradを認識しない可能性が有るので(USB Memoryは簡単に認識されます)一旦

SD Cardから、USB memoryにコピーして、USB memoryの動画ファイルを投稿する訳です。SD CardからUSB memoryにコピーする方法として、私はWindows8.1のパソコンを利用しました。Win8.1のパソコンのUSB portに動画が入っているSD Cardを差し込み、別のUSB Portに生のUSB memoryを差し込みます。(USB memoryを認識しないようなら、生のUSB memoryをフォーマットする必要があるかも。)Win8.1の場合、「Windowsマークのキー」と

「R」キーを同時に押せば、「ファイル名を指定して実行」の窓が発生するので、

この窓の右に有る「参照」をクリックして、更に「ピクチャー」などのフォルダ名が書かれた窓が発生します。この窓の右下が「プログラム」となっている所をクリックして「全てのファイル」にしておく必要があります。ドライブ名は、A: B: は昔、フロッピーが2台ついてた頃の名残で、欠番であり、C: がハードディスク、D:がCD-Rom&DVD-RWマルチ・ドライブ

を意味するから、D:の次は、当然E:に成る筈ですが、何時頃からか、コピー元のデジカメから取り出したSD Cardが、F:になるように成ってしまいました。コピーしたい生のUSB memoryがE:になるように、成りました。従ってF:のファイルを開いて「MVI_0100」のような動画ファイルをドラッグ&ドロップで「選んだファイル名」をドラッグして行って、

USB memory「Store in Go」(E:)の上でドロップすれば、GUIな方法で簡単にコピーができます。まあ、このような方法は、動画編集アプリを使ってないので、「デジカメの録画ボタンを押しに行く映像」や「録画ボタンを押して、録画を停止する状況」まで入ってしまいます。

私が、この方法でYouTubeにハモニカ演奏のアップロードに成功した証拠として、2つの

動画のURLを、次に紹介します。チゴイネルワイゼンと「悲しきインディアン」です。

(1)チゴイネルワイゼン:Test012_Yanatake    https://youtu.be/U1hWBIAjNV4

(2)悲しきインディアン: Test018_Yanatake   https://youtu.be/LAtH7ZcvEtA

(注意)YouTubeを開いた状態の検索枠に入力してもサイトが出ないようです。

インターネットのURL入力窓で、「https://」から入力する必要があります。httpではなく、

httpsである点やyoutube/ではなく、youtu.be/のように、youtuとbeの間に「ドット」が有る点に注意して下さい。youtu.be/以降の文字列の大文字、小文字、数字や「ハイフン」や

「アンダースコア」など、完璧に間違えずに入力する必要があります。まだ、動画編集ソフトを使った投稿の仕方は知りません。無料のShotcutと言うソフトをUbuntu18.04.5にインストールしていますが、使い方が全く分りません。Test012_Yanatakeで検索してもYouTubeで

見ることは出来ません。あくまでも、URLの入力が必要です。なぜなら、私が投稿の際に

「限定公開」を選んだので、「URLを知っている人」だけが見られるサイトなのです。

おととい、と昨日の2日間で20曲くらい、アップロードしました。こんな原始的なアップロードの方法もあるので、動画の投稿に興味が有る方は、やってみては、如何でしょう。

2021/03/29  Time: 14:30

私は今、74歳ですが、40歳代の頃だったか、六曜に意味があるか、迷信かカレンダーを見ながら、その法則性を調べたことがあります。現在のカレンダーは日月火水木金土の七曜ですが、

明治以前は赤口、先勝、友引、先負、仏滅、大安・・・の六曜でした。これの並び順の法則性を検討してみました。すると、1月と7月は、最初の1日目からの順序が、赤口、先勝、友引、先負、仏滅、大安・・・の順に1日目〜6日目までが、成っていて、その後もこの順で繰り替えされます。然し、最後の1月31日が、何であれ、この順序の法則性は2月1日には、引き継がれず、2月1日と8月1日は、先勝から始まるのです。つまり、赤口=A,先勝=B,

友引=C,先負=D,仏滅=E,大安=E・・・と約束して、その並び方の形式性を調べると、

1月1日からは、ABCDEF ABCDEF ABCDEF・・・の順になっているのです。2月1日からの並び順は、BCDEFA BCDEFA BCDEFA ・・・の並び順になっており、ここまで言えば多分気がつくでしょうが、3月1日からの並び順は、CDEFAB CDEFAB CDEFAB ・・・と並んで行きます。当然、4月1日からの並び順は、DEFABC DEFABC DEFABC ・・・の順に並んで行くし

5月1日からは、EFABCD EFABCD EFABCD ・・・の順であり、6月1日からの六曜の並び順は、当然 FABCDE FABCDE FABCDE ・・・と並びます。7月以降の6ヶ月は、1月と7月が同じ、2月と8月が同じ・・・・6月と12月が同じ並び順に成っていたのです。なので、昔の中国人が或る種の形式性を割り当てたらしいので、仏滅は良くない日、だとか大安吉日は良い日、とか友引に葬式をすると、別の誰かが死んでしまう・・・だとかの意味を付けるのは、全く根拠のない迷信なのです。そもそも、友引は音読みで、「ゆういん」と読むのであり、訓読みで「ともびき」と読むのは間違いなのです。「ゆういん」の意味は「良い出来事と悪い出来事」が、半々に起きる日で勝負なしの日・・・という意味であり、先勝は「先に(午前中に?)良いことが起きる日の意味で、先負は、「先に(午前中に?)悪いことが起きる日・・・の意味です。赤口の意味は知りません。昔の中国人は、この世には陰と陽があるだの、陰陽五行説なるものを考えていました。七曜も日曜の日だけは、太陽(恒星)だが、月は地球の衛星だが、それ以外は、太陽系の主な惑星の名前であり、陰陽五行説の五行も主な惑星の名前と思われます。中国には易経という四書五経があり、インドにはアーユルベーダなる古代人の知識?があります。私の憶測なので、正しくない憶測かも知れませんが、易経もアーユルベーダも「占い」「古代人が知っていた薬草」「健康法」「呪い方」などシャーマンが知っていた知識をまとめたもの・・・ではないかと推測しています。亀甲と言って亀の甲羅にヒビを入れてヒビの入り方で運勢を占ったと言われて居ます。生きている亀の甲羅にヒビを入れたとすると残酷です。アーユルベーダは古代のインド医学かも知れないが、ベーダとは、ベーダーンタ哲学を意味しており、日本には仏教(内道)とともにバラモン教(外道)も入ってきたようで、「ブエ陀教」と呼ばれていたし、ジャイナ教(正理教)=動物愛護などの教えで知られている。なども仏教と一緒に入って来たようです。

ベーダーンタ哲学の奥義書が、ウパニシャッド哲学ですが、これらのバラモン階級が考え出した哲学は「詩」の形式を取って述べられています。仏教にも「自我偈」(自我得仏来・・・)のように5文字づつが、4個で一つの文になっている「偈」や、4文字づつが4個で一つの文になっている「詩の形式」をとっている経典の一部分があります。インドの仏典が詩の形式だったので、中国語に翻訳するときも、詩の形式にしたらしい。アーユルベーダは芳香療法(アロマセラピー)にも関係がありそうだが、ベーダサンヒター(ベーダーンタ)には医学の知識もあるが、男女のセックスの体位に関する48手と呼ばれるような図解も記述されているらしい???十干・十二支の十ニ支(えと)はインド、中国、日本にもあり

インドから中国に渡来して、更に日本に渡来したようです。ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い・・・の最後の「い=いのしし」が私の干支ですが、インドでは、最後の「いのしし」が「豚」であるらしいのですが、「いのしし」と豚は

野生か家畜かの違いに過ぎない。この干支で方角や時刻を表していたので、「泣く子も黙る丑三つ時」だのという言葉が残っています。24時間を干支の12で表していたので、明治以前の1時間は現在の2時間に当たります。方角を東西南北と言えば90度刻みになりますが、45度刻みだと、北東、南西などと表現され、30度刻みに方角を表すと北北東、南南西・・・などと表現されますが、この30度刻みの方角の表現を「ね、うし、とら・・・」の十二支で表して居たわけで、牛の刻と寅の刻の間の時刻は「丑寅の刻」です。この干支は一日一日にも

割り振られていて、ひのえうま・・・のような言葉があります。「ひ」と「え」と「うま」の3タイプの並び順の組み合わさった状態の表現です。「え」=「兄」、「と」=「弟」です。十干(掛け)十二支=120に成りそうですが、60で一巡するので、60歳は還暦なのです。

このような干支のようなものも、インドから中国、日本に渡来していますが、鍼灸もインドから渡来しています。然し中国の経絡と経穴(つぼ)はインドと中国とで異なります。

中国の経絡は14であり、経絡に添って経穴があり中国の経穴は360です。近代の研究では

鍼灸の「つぼ」と「神経」とが解剖学的に関係があるらしい。山田先生と言う精神科の先生に(医学部の授業で東洋医学を教える北里大学東洋医学科を除外すると2時間くらいしか東洋医学は教えないので独学で学ばれたそうです)鍼灸の「つぼ」の直径を尋ねたことがありましたが、山田先生の説だと5ミリメートルくらいだそうです。この範囲に針を刺さないと

「つぼ」から外れます。昔は素人が、「もぐさ」に火をつけて、お灸をすえたりしていたので、「もぐさ」の量が多くて「やけど状態」になっていたので、公衆浴場で「お灸の跡」が

背中にある人を良く見かけたものです。昔の親は「いたづらする子」に「お灸をすえるぞ!」と脅していたようです。まあ、ともかく私の印象だと、ね、うし、とら、・・・のように毎日、循環していく・・・そのように、形式化して考えて居たように(古代人は)思われます。だから、六曜(赤口、先勝・・・仏滅、友引など)なども循環形式を割り振ったもので、古代人は、このように形式化して循環すると考えたがるクセがあっただけに過ぎず、

全く無意味なものなのです。このように形式化して一日、一月、一年などの循環を考えることは、論理学の一種には該当しないと思われますが、古代人は、このような形式性を価値が有ると考えていたのかも知れない。東洋医学は気血水だとか、虚証、実証、熱証、寒証だとか体質も陰と陽のように、二極分化して、相対的に考える傾向がある。江戸時代には、漢学と蘭学が対立していました。杉田玄白や前野良沢が蘭方医学書(と言っても、専門書ではなく今日の「家庭の医学百科」程度の本であった)ターヘルアナトミアを見て漢方の医学書の

解剖図とターヘルアナトミアの解剖図が余りにも違うので、どちらが正しいかを処刑された人を解剖して比較したところ、ターヘル・・・の図の通りだったため、必死になって翻訳して、解体新書を出版したことは有名です。これ以後一気に蘭学が優勢になったので、漢学者が蘭学者に嫉妬して蘭学者迫害を企てたのです。東京大学の前身は徳川幕府の高級な地位の武士の子供が通う藩校であったらしく、「林子平」なる東大の学長、総長みたいな人物の陰謀や鳥居耀蔵(妖怪耀蔵)という奉行を利用して蘭学者弾圧をしたのです。シーボルトの高弟「高野長英」などの「蛮社の獄」などが、有名です。然し漢方の解剖学書には、肩など3箇所くらいに「胃」があるように書かれていたらしいのですが、経絡や経穴との関連で

肩にも胃と関係が有る・・・という意味であった可能性もあるわけです。六曜の話から、かなり脱線しました。私のような学歴のない人物は、すぐ「知ったかブリッコ」をやってしまうクセがあります。また、ブリッコをやってしまった。アイムソーリー・すがソーリー!

2021/03/05  Time: 15:57

追記:ジャイナ教=正理教と書きましたが、記憶違いかも知れない。仏教と一緒に渡来した動物愛護を説く宗教があったことは確かですが、現在から数えて300年しか歴史のない宗教がインドにはあるそうで、それがジャイナ教かも知れず、間違った記述をしたくないのでこの部分は不正確かもしれない。ね、うし、とら・・・などが、インドからの渡来であるとの説は創価学会の東洋哲学研究所の大昔の「東洋哲学研究」という雑誌に書かれていました。

ベーダーンタ哲学の奥義書のウパニシャッドの最高の奥義は「梵我一如」(ブラフマン=アートマン???)程度です。ベーダーンタ哲学やウパニシャッド哲学に関しては(私は読んでいないのですが)中村元という有名な東洋哲学者が居たようで、絶版になっていると思いますが、岩波書店から中村元の研究書が出版されていた時期がありました。

 

 

とても若い頃、「ことわざ」と言うものと、「論理規則」に関係があるか、どうか・・・ということに関心があったので、「諺の本」を読んだことがあった。「社会思想社」の本だったか忘れたが、

著者は「堀なんとかさん」で、文庫本だった。本の題名は、たしか、

「格言の花束」という名前だった。私の感じた結論から先に言うと

「ことわざ」=論理規則・・・ではないという印象だった。

日本のことわざ以外に西洋のことわざも少し収録されていた。

すっかり忘れたが、「二兎を追うものは、一兎をも得ず」「天は二物を与えず」「馬には乗ってみよ、人には添ってみよ」「案ずるより産むが易し」「旅は道連れ、世は情け」くらいしか思い出せない。西洋の諺として、「結婚するまではバラ色、結婚してからは地獄」という面白い諺があったように記憶している。諺が「一面の真理」を語っている可能性はあるが、「100%の真理」ではない点に注意すべきである。「天は二物を与えず」というような、傾向(ある程度の蓋然性があるという意味)が、あるような気がする・・・という程度のものであり、常に例外が存在して、

二物も三物も貰いだしている人が居ることは確かなのである。

美人の上に「聡明な女性」という人も結構居るし、ブスな上に頭も悪く、性格まで悪い・・・救いがたい女性だって居ると思います。「二兎を追うものは一兎をも得ず」の例外で「文武両道に秀でた人物」も居ます。アラン・チューリングも数学者、暗号解読の天才、電子技術者だったが、マラソンのタイムが、オリンピック選手並のタイムでよく走っていたらしい。東大出のプロ野球選手も居た。i-PS細胞の発見で有名な山中伸也先生も、マラソン大好き人間で、毎日のように走っており、30Kmを3時間で(50歳なのに)走った日もあったと聞いています。中学校の2年生の時の

同じクラスの背の高い勉強の出来る人物に徳永くんという同級生が居たが、スポーツ(バレー部)も出来たし、音楽の才能もあって、何長調の曲の楽譜も読むのは簡単だ・・・と言っていた。

「案ずるより産むが易し」の例外もあります。私の母は、98歳まで生きましたが、何度も死ぬ可能性がある病気にもなりました。

最初の子の出産のときだったかも、知れないが「前置胎盤」という子宮の出口付近に胎盤が出来て出産のとき、胎児の頭などと、胎盤がこすれるため??なのか、正常な「後産」より、遥かに早く胎盤が剥離して3Kリットルほどの、大出血をしたそうですが、

一命をとりとめたので、私が存在しえたのです。今は逆子や前置胎盤、双子の妊娠などエコーで事前に分かる時代になったので、

前置胎盤などは、帝王切開にするのかも知れない。「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」というが、馬から落馬して死んだ人も居るかもしれないし、結婚してみたら、「ドメスティック・バイオレンス」(配偶者からの虐待)の夫だった・・・という人も居るでしょう。だから、諺は一面の真理、何割かの蓋然性を有する言葉かも知れないが、常に例外があるので、「100%の真理の命題」ではないと思っています。諺は「論理規則」まで昇格できません。第一、具体語を代入するための「論理変項」がありません。普遍的、抽象的命題の状態になっていません。「ことわざ」から「具体語の衣」を剥ぎ取り、普遍な表現の命題(または、規則)にすることが、出来そうに思われない・・・という印象です。「頭脳明晰な女性だが、器量は余り良くない」という人も居るのは確かだから、「天は二物を与えず」というような、一般的傾向があるような気がする・・・という程度なのが、諺なのです。100%信じてはいけません。例外は常に存在します。

2021/02/11   Time: 19:45

 

以前の投稿「構築に失敗した内容論理学について」という私のブログを唯一人読んでくださった徳島県で中学の数学の学習塾を経営されている「よしこ先生」に、同じ内容だけれども、「論理規則中心主義論理学の存在意義について」と題する二度目の投稿を読んで頂きたいです・・・と「よしこ先生のアメブロ」にコメントを書いた所、とても忙しい時間をさいて読んで下さったそうです。「よしこ先生」本当に有難うございました。然し「よしこ先生からの、読んでみての感想」が、書かれていました。「よしこ先生」の感想によると、私が書いた「紙が製造された時刻よりも紙に文字が書かれた時刻の方が遅い筈である」・・・そのことを抽象的、普遍的に表現すると、「優先するものと、従属するものが有る時、従属するものが、優先するものより先立つことはありえない」と言う「分かったような、分からんような論理規則が具体的な言葉による理屈の奥に「普遍的な表現による論理規則」が潜んでいる・・・・具体的な理屈から「具体語の衣」を剥ぎ取ると「普遍的な表現による論理規則」という骨格構造があることが分かる筈で、このような論理規則を収集して論理規則集を作って

難しい議論を戦わせた二人の人物の議論が依って立つ論理規則

をあらわにする事により、議論の正邪を判定することが出来ないだろうか?という論理規則集を作ることの必要性と用途を21歳のころ考えていたのです。「よしこ先生の読後の感想」によると、

優先と従属の関係が逆のように思えた・・・というものでした。

つまりそれは、私の推測によると、紙が必要になる以前に「書きたい内容、考え、構想など」が先立っている・・・という様に感じられたのではないか?・・・と私は推察したのです。然し、これは、「紙が必要になる時刻」であり、「紙が製紙工場で作られた時刻」とは、ことなる解釈だと思うのです。「作られた時刻」と「必要になる時刻」とは、イコールではありません。もっと「紙というものが発明された経緯」まで、さかのぼって考えてみましょう。文字が発明されるより、遥か以前から「話し言葉」は発明されていたと考えられます。アイヌ人は、ユーカラという神話のような叙事詩を口伝えで、伝承して来ていたが、文字の発明には至らなかった。金田一京介先生が、研究をしてユーカラが日本語で表されました。日本でも中国の文字が入ってきて、その後

弘法大師や弟子たちに依って「カタカナ」「ひらがな」が発明されました。このように、「話し言葉の発明」ーー>「文字の発明」ーーー>「紙の発明」・・・という順序だと言えます。

つまり、文字が発明され、伝えたい事柄(神話、仏教の教えをアソカ大王が石碑にしるしたように、後世に伝えたいことが)が、先ず先立って存在したから、「文字を記録する媒体」が必要になって紙の発明に至った・・・と言う風に考えられます。この意味では

「紙の発明時刻」よりも、「紙に記録したい事柄の存在時刻」の方が先立っていることは、誰にも分かるでしょう。然し、このことによって、私が考えた論理規則の例とは、逆の例があることになって、論理規則がパラドックスに陥った・・・とは、私は考えていません。私が論理規則の例にした、「紙が製造された時刻」や「文字が書かれた時刻」は、あくまで「物理的な(フィジカルな)時刻」であり。、「よしこ先生」の指摘は「紙が必要になるとき」と「紙に書きたい構想が生まれた時刻」という、物理的ではない「心理的な面から見た優先順位」のことを指している・・・というのが、私の見解で、これはパラドックスに陥ったことを、意味しないと考えています。余談ですが、中国で紀元後1世紀ころの宦官(去勢された男性、睾丸を取り去られた男性?)であった「蔡倫」が、紙の発明者であると「天工開物」の中編の「製紙技術」の項に書かれているが、Wikipediaによると、蔡倫以前に紙は既に存在していたそうで、蔡倫は紙の改良者に過ぎないそうである。(貝葉というものが利用されていた。然し貝殻に文字を記録したわけではない)インドの仏典や「インドの古代の占いを記録したアガスティアの葉」が話題のなったことがある。このような「木の葉」に文字を記録していた古代インドで使用されていた「木の葉」は、「ヤシの木の葉」のようなものらしい。中国での紙の製造方法は、シルクロード(イスラム圏)を経て西洋に伝わったとされているが、古代ギリシャ人はパピルス(葦とも「ヨシ」とも呼ばれる)から紙が発明されたとか、羊の皮を利用した「羊皮紙」なるものを用いたとも言われている。

パピルスが語源になって、ペーパーという言葉が出来たともいう。日本では、木簡という板に字を書いて、消しゴム代わりにカンナでけづって、新しい字を書いていた時代が有るとも言われる。紙の種類に「インディアン・ペーパー」なるものがあり、三省堂(三省堂に限らないが)のコンサイス英和辞典や創価学会で利用される日蓮大聖人の御書全集に使用されている紙はインディアン・ペーパーで、長持ちする強い紙らしいが、ページをめくるのが難しい。「コウゾ」という木の繊維が最も利用されるが、ミツマタという木の繊維も利用されるらしい。アート紙は、どのようにして作るのだろうか。

2021/02/11    Time: 13:15

嘘つきのパラドックスには、「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」場合とか、「日本人は嘘つきだと日本人が言った」場合とか、「私は嘘つきだと私が言った」場合などが、パラドックスに陥って「私は嘘つきなのか」or 「私は嘘つきではないのか」のどちらにも決められない状態に陥ることが知られている。「私は嘘つきだ」と私が言った場合、この言明も嘘になるので、「私は嘘つきではない」ことになるが、「私が嘘つきではない」のならば、「私は嘘つきだ」と言明してしまっている、この言明は「嘘」になるから、やっぱり「嘘つき」だったことになる・・・というように、堂々巡りをするので、言明の真偽が決定できない状態に陥ることになる。これは、言明に「自分」まで、含めることから起こっていることは明らかです。

壁に「この壁に紙を貼ってはいけない」と書かれた貼り紙をした場合も、貼ってはいけないと言う貼り紙をしていること自体、してはならないことをしているではないか!という矛盾を指摘されることになる。このようなパラドックスを避けるには「自分自体は含めないことに」すれば、パラドックスに陥るのを、避けることが出来る。つまり「但し書き」を付け加える訳である。「この壁に貼り紙をしてはならない。但し、この貼り紙は、この規定から除外される」と

「但し書き」を追加しておけば、自ら矛盾に陥ることはない。「私は嘘つきだ。然しこの言明だけは、嘘ではない」と但し書きを追加しておけば、パラドックスから避けられる。このパラドックスが議論された経緯は多分、数学基礎論の誕生と関わっているらしい。フレーゲの書物の中にB.ラッセルが、パラドックスを発見したのではないか?と思っているが、私は数学基礎論に全く詳しくないので、勘違いかもしれないが、戦後フランスの「ブルーバキ」なる名前の数学者のチームが、全ての数学分野を、ゲオルグ・カントールの「集合論」で基礎付ける数学書を書き始めたと言われる。この傾向に準じているのが、かの(悪名高い???)「岩波数学辞典」である。こんなに、集合論で武装したら、ライプニッツやニュートンのころには、無かった集合論から研究し直さないと、微積分の初歩にすら入って行けないことになる。「リプシッツの条件」とは何ぞや・・・というように、集合論抜きだと

入って行きやすい微積分の初歩にすら、集合論で武装した岩波数学辞典では、数学の初学者の参考書に全くならない。こんな厳格な数学基礎論で武装した数学辞典を誰が参考書にできるのか。数学者や数学の大学教授にでも読ませる気で出版したのか?ブールの命題算辺りからコンピュータの実現につながっていったように思われるが、ブール、カントール、フレーゲ、ラッセル&ホワイトヘッド、ウィットゲンシュタイン、カルナップ、分析哲学、アラン・チューリング、シャノン・・・などにより哲学の方向や、数学基礎論の方向、情報科学の基礎理論、そしてコンピュータなどに繋がっていったので、このパラドックス自体は、それほど重要ではなかったかも知れないが、今日のコンピュータ時代への道程と無縁ではない。集合論には、部分集合と真部分集合とを区別している。これも自分(部分集合と集合全体)を含めると矛盾に陥るのを避けるためかも知れない。学問には国を超えた人脈があるようである。例えば、コンピュータ技術とは毛色の違う技術に自動制御、自動操舵技術があるが、これを発明したノバート・ウィーナーすら、バートランド・ラッセルの弟子であった頃があるようである。情報理論で有名なシャノンも(アナログの微分解析機の研究で有名な)バニーバ・ブッシュの弟子であった時代があるというように、皆、いろんな人脈によって

科学や技術が発展していくことを、忘れてはならない。

2021/02/10   Time: 12:51

 

ゼノンの背理と呼ばれるから、古代ギリシャの哲学者にゼノンなる人物がいたのかと思ってしまうのですが、ターレスなどをイオニア学派と呼ぶようにゼノンも学派の名前かも知れません。背理とはパラドックスと同じ意味です。ゼノンの背理で一番有名なパラドックスは、「亀とアキレスのパラドックス」や「アキレスと弓矢のパラドックス」です。これは、パルメニデスという人物が提出した「矛盾」です。これ以外にも何種類かのゼノンの背理があるらしい。

今回は一番有名な「亀とアキレスのパラドックス」について私の考えを書いてみたい。

パルメニデスの考えによると、亀を後から追いかけた「足の早い人物アキレス」は、「常に

どこかの点で静止している」「或る瞬間、或る刹那」には、アキレスは一点に静止している」

常に(どこかの点に)静止しているのだから、永遠に先を行く「亀」に追いつけない筈だ・・・と言う。この論法は、とてもバカバカしい矛盾です。静止している、静止している・・・と言うが、永遠に同じ点にアキレスが静止してはいません。一瞬、一瞬異なる点に

静止しているのだから、異なる点に静止していることは、何のことはない「移動」に過ぎない。静止している、静止していると言い張ることから、同じ点に静止しているかのように錯覚しているに過ぎない。中学1年生頃習うかも知れない一次関数(直線)のグラフを方眼紙に

書けば、すぐ分かる問題です。時速4Kmで先に旅立った人を原点から直線を引くとします。

この人より1時間後に後を追う人物は時速6Kmだったとすると、時速4Kmの直線と時速6Kmの直線は、傾きが違うグラフになります。当然6kmのグラフの方が4kmより大きな角度のグラフになるので、どこかで2つのグラフは交わり(この交わった点が追いついた点です)それ以後は時速6Kmの人と4Kmの人との差は大きくなって行きます。X軸と経過時間「t」と考えて、Y軸は到達した距離です。このようなy=kx のような最も簡単な関数のセンスがパルメニデスにはないのです。y=kx 又は、y=kt  の比例定数だったか、比例係数だったか忘れたが

このk が「グラフの傾き」であるから、k=4Kmとk=6Kmでは、6kmの方が傾きが大きいから

k=4と平行線にはなりません。4kmと平行線に成る場合は、どちらも時速4kmの場合だけです。私は現在74歳だから、わざとユックリ歩いていなくても、後から来た若い女性に追い抜かれる経験をします。この若い女性の方が平均時速が早いから「追いつき、追い越される」という現象が起こり、方眼紙に書いた時速4kmと時速6kmのグラフの交点以後6kmの人は、

時速4kmの人を、どんどん引き離して行くことに成り、私を(後から来て)追い越した若い女性との距離は大きくなるばかりです。このように日常経験する現象と方眼紙に書かれた

2本のグラフの図は、完全に一致します。パルメニデスには、この「比例係数k」の存在に着目してないし、常に一点に静止しているから追いつけない筈だと自分から矛盾への墓穴を

掘っているのです。移動しているものを、常に或る点に静止していると表現することを許すとしても、常に「異なる点」に静止していることは、「移動していること」と、何ら変わりはないので、後から亀を追いかけたアキレスは、すぐ追いつき、追い越すことは、日頃よく経験するのだから、(比例係数の違いに着目しないから)パルメニデスみたいに、常に静止しているから追いつけない・・・などと馬鹿げた主張になるのです。静止していると表現することによって、一瞬、一瞬、異なる点に静止していることと、「永遠に同じ点に静止していること」と一緒に考えているから

矛盾に陥るのです。この他、アキレスが一歩前進したとき、亀も一歩前進しているから

永遠にアキレスは亀に追いつけない・・・という論法もあるようですが、ここにも「比例係数k」が異なっているので、kが大きい物は、後から追いかけても、追いつき追い越すのだ・・・という中学1年で習う一次関数の比例係数(グラフの傾き)kの違いについての注意が(パルメニデスには)認められないと思います。このゼノンの背理を、古代ギリシャ人の

哲学的思考の厳密性と賞嘆する数学者まで居ることに驚きます。厳密な思考、厳密な論理でもなんでも無い、一次関数の「傾きの違い」に気づいてない数学オンチの発言に過ぎないというのが、「ゼノンの背理」に対する私の見解です。

2021/02/09  Time: 18:35