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水辺の生物

料理人の私が飲食の世界に興味を持ってから今日まで見てきた「水」に関わる世界、その水辺に生息する生物たちの環境や生き様を書き記していきます。

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今年は秋などなかったような気がいたします、あっという間に冬でございます。野山の紅葉も短い期間なので近頃過密な私は見に行く暇もございません。日夜修行を積み妖怪退治に励んでおります私にとって季節の移り変わりなどは単に暑くなった寒くなっただけのことでございます、とはいえ私も芸術家の端くれ季節の趣など一瞬くらいは感じますのですが浸る程の余裕はございません。私にとって「感じる」というのはその一瞬でよいのでございます、感じ続ける必要などないのですそしてその感覚は私の脳に記憶されればそれでよいのです。だらだらといつまでも感じていますと研ぎ澄まされた感覚は麻痺し鈍感になりついには不感症となりかねませんので私は「感じる」一瞬一瞬を大事にして日々生きております。

この季節になりますとしっかりとミネラルを含んだ牡蠣が美味しくなってまいります、夏の岩牡蠣もダイナミックでよろしいのですが冬場の牡蠣は生食だけでなく鍋など加熱した調理法も季節の趣に合いよくなってまいります。
生牡蠣を食するのはキスをするのに似ておりましてそれは下手な女とキスするより余程快感でございます。キス好きの私数えきれぬほどキスもしましたが数えきれぬほど牡蠣の命も奪いました、キスした女性同様きっと牡蠣たちも昇天した事でしょう。
食卓ナイフで殻の蓋を寝床を崩さないようにそっと開けまだ海水に浸り目覚めたばかりのヴィーナスにうっとりとしアンドロメダを繋ぐ鎖のようなしっかりした貝柱からやさしく離してやりそのベッドともいうべき殻を左手で口元へ持ってゆきやさしく口づけするかのようなタッチで下唇に当てそのままゆっくりとまるで恋人の舌を受け入れるようにそっと静かに口の中へ流し込みます...潮騒を聞きながら誰もいないビーチでそっとキスするようなやさしい潮の香りを楽しみながら最初に感じる海のそのものに次いで濃厚な味が口いっぱいにひろがります、きつく噛み締めずまるで甘噛みするようにやさしく歯をあてゆっくりと飲み込むように喉の奥へと送り込むのです。まるで伊丹十三監督の映画のワンシーンを思い出すように殻付の牡蠣を楽しむのが醍醐味とぞんじます。
このエロティックな行動で牡蠣をごくりと味覚から消化ゾーンへ、いわゆる喉元を過ぎるまでに必要とする時間わずかに1分もかかりませんいくら個体が大きくても歯が悪くても2分は絶対にかかりません。私はこの瞬間に集中したいのです、鮮度が肝心なのです。殻を開け貝柱から外した瞬間から牡蠣は死にはじめるのです、時間が経つにつれ鮮度も落ちてまいります。まさに死にたてを我々はいただいておりますので1秒の時間の余裕はございません、発酵食品や寝かせて肉質を変化させうまみを出す獣肉(あるいは刺身用の河豚の身)などの食材でない限りはどのような食材も死にたてが一番うまいのです。死→腐敗という定義はすべての生物に平等に訪れるものですから我々はいつも腐っていく過程のものを口にしているのです。

こう考えた時料理は瞬間の芸術かと思うのです。溶けたかき氷は美味しいと思って食べれますか?ぬるくなって麺の伸びたラーメンはどうでしょう?食する側個人の好みは除いて料理人たちがこの瞬間とお客様に提供した料理はいわば芸術品でしかもそれは期間限定のものなのです、逆にいえばその瞬間を逃してしまえばどのような最高傑作も色褪せてしまう非常に貴重な物なのです。美術館に1000円払って入れば1日中観賞している事ができますがラーメンを500円で頼んでもそのラーメンが芸術価値を発揮している時間は非常に短く1日や1時間はおろか1分がその価値を左右していくのです、もちろん一杯のラーメンを1日中意味もなく眺めている健常者を見た事もありませんが。皆さんはこの非常にコストパフォーマンスの悪い芸術品を楽しみに日に三度もある飯時に暖簾をくぐっているわけでございます。だらだらと仲間と話したり料理の写真を撮っている間に料理は腐敗し続けているのです、そんな事をしていて食べる事もロクに集中せずここの食事はまずかった鮮度が悪いなどと一丁前の事をお得意のブログやTwitterなどに専門家ぶって批評しているのですからこちら見ておりまして笑いが止まりません。
余計な事かもしれませんがブログなどに料理の評価付きでその写真をアップしたいのでしたら撮影する為だけにその商品を撮影して後日その料理を評価する為に体調や環境がベストコンディションの時再度挑戦していただきたい。芸術に向き合うというのはそのくらいシビアなものでございます、特に評価するのであれば尚更の事でございます。ここまでの覚悟を決められた上でお店に臨みもしも溶けかけたかき氷が供された時は散々ブログなどで避難してやればよいでしょう。
しかし専門家でもないのに携帯電話のカメラや何の機材も照明もない状態でシャッターを切ってもお店のHPやメニューに載っているような写真は撮れません。皆様はご存じないかもしれませんがあのような写真を撮影する為に料理自体も加工しております、例えば料理のツヤを出す為にオイルを上から更にかけたりカクテルの発色の為に実際にはあり得ないような色を出してみたりそれは肉眼で見ればゾッとするようなものもございます。いわば演出上の技術的な話でございまして決して普通に食べれるシロモノでないし素人がそのような写真を撮る事などは店の営業時間中には絶対に不可能なのです。

ですから無駄な事は考えず食事をする時はその事だけに集中してみてはいかがでしょうか?相手も本気で芸術品を投げかけて来ているのです、これはいわば命をかけた真剣勝負なのです。あなたがナメた態度でいると相手もナメた料理しか出さないでしょう、ですがナメた料理人のいる店など行かなければ良いのですからむしろスタート時点で優位に立っているのはあなたの方なのです。

一瞬一瞬を大切に感じていれば素人が料理を食べるのにカメラなど必要ありませんし本気で味わいたいのなら無駄な会話も必要ありません、それは話さずとも残さずとも感じる事により舌の記憶となり一生涯残るからです。一々相手にとってどうでもよい無駄な自分の気持ちを口に出して語る前に自分の実り過ぎた肥満体と無責任に語る口を戒め無念無心となり本当に評価の難解な芸術に向き合う事が肝要でございます、要はアホほど口が軽く自分でも真意のわからぬただ意味のない事をベラベラと話しているのです、きっと間が持たないから黙っていられないのでしょうがこれでは芸術品が浮かばれません。

少し前の話になりますがある女性と美術館へ言ったのですがその女性興味がないのかやたら意味のない無駄な事を鑑賞しております私に語りかけ大変迷惑したことがございます、ある古代ガラスの展示物を見て

「わぁ~これすごいなぁ」

すごいから美術品なのでございます

「どうやってつくったんやろぅ」

そこがすごいから芸術品なのでございます、あなたが作れるならそも芸術品ではないでしょう。

わからないのなら黙って理解出来るまでそれを味わう事など到底できぬ堪え性のない人間なのでしょう、やはり食事に行っても集中せず食事をただの栄養補給くらいにしか捉えていない人で大変不愉快な思いをした覚えがございますしかしながらそのような下等な人間をそのような場所へ連れて行った私が一番悪いのだと今も反省しております。