翔、翔、と名前を呼ばれペチペチと頬を叩かれて目を覚ました。
「んー…、」
あぁそうだ、見慣れないこの天井は潤さんの部屋のもの。
あの後もう寝ろと後ろから抱きしめられたまま、どうやら素直に眠ってしまったらしい。
日々のハードスケジュールで疲労困憊なうえに、智くんのライブへの飛び入り参加でど緊張して。
そんでもってようやくの潤さんとの再会で号泣しまくり。
挙句の果てには溜まっていた欲望をあっさり解放してもらって。
「…………、」
そりゃあそのまま落ちない訳がないよな。
「俺もう行くけど、おまえどうする?」
「………今なんじ…、」
「7時過ぎたとこ」
「もうそんなじかんか…」
「朝めしはテーブルの上にサンドイッチ置いてあるからそれ食って」
ごめんな、マジで家電もなんもなくてって、わざわざコンビニまで行って買ってきてくれたらしい。
そりゃあ潤さんの手作りの方が何倍も美味いし嬉しいけど、こうやって朝飯の心配してもらえる関係性だっていうのも同じぐらい贅沢に感じる。
「おまえもう少しゆっくりしていくだろ?これ、ここの鍵。渡しとくから好きに使って」
「えっ、いいの?」
「いいよ別に……とはいえ、なんもねぇけど」
そう言って苦笑いした潤さんは、そっと俺の手の中に鍵を握らせた。
一気に蘇る。
出逢った時のこと。
『おい、起きろ』
『んー…、』
『俺はもう出るからな、おまえもさっさと準備して出てけよ。一応朝食はテーブルの上に用意してあるから食いたかったら食ってって』
『うん…分かった…、』
『これ鍵だから、閉めたらポストの中に入れておいて』
そう言って手に握らされた鍵。
あの日から始まった俺らの関係。
それまでは互いの存在すら知らずに生きていたのに、今ではその存在無くしては生きていけないと思えるほどにまで膨らんで。
「潤さん」
「ん」
「好きだ」
「うん」
「ありがとう」
あんだけ泣いたにも関わらず涙が枯れないのはなんでだろう。
それでもなんとかその雫を零さないように眉間に皺を寄せて耐える俺に、
「こっちこそ、ありがとうな」
潤さんが儚げな顔で笑うから。
それ以上なにも言葉はなくとも、どちらともなく手を伸ばして抱き合って。
それから顔を見合わせて、キスをした。
こんなに幸せな朝を迎えられたのはいつぶりだろう。
ずっとずっとこの幸せな朝がどこまでも続いていくように、俺はただこの人を幸せにするだけだ。
この人が幸せであればあるほど俺も幸せなんだから、win-winだよな。
な、潤さん。
***
その日俺は仕事を終えると、なにもない潤さんの家へと帰ってきた。
世間は、昨日の智くんからの衝撃のカミングアウトと新曲リリースの話で未だに盛り上がっている。
マスコミへの対応は事務所総出でやってくれて、池念の緻密な作戦で誰からもつけられずにここへと戻ってくることができた。
とはいえだ。
一歩外に出ればプライベートなんてないこの状況の中で、どうして潤さんと一つになれるアイテムが買えよう。
これがこの世界で一番難儀な問題なんだよなぁ。
結局、偽名か何かを使ってネットで注文するかマネに買い出しを頼むか。
とはいえ俺は未だに実家住まいで、潤さんの家の住所も知らず。
マネにそんなものを頼めるほどの勇気だって持ち合わせちゃいない。
結局のところは今夜もお預け確定で。
「……まぁそれだけが全てじゃねぇし」
なんて口では強がりを言ってみるけれど。
どうにも気ばかり焦って仕方ない。
