今日もいい天気。
僕はそんな青空の下で真っ白なシーツを屋上いっぱいに干している。
洗濯日和ってこういう日のことを言うんだろうね。
風がすっごく気持ちよくて、空気も美味しい。
なにより太陽の光が暖かくて最高。
「松元くーん洗濯物終わった?終わったらこっちも手伝ってー」
「あ、はーい」
僕は最後のシーツを干し終えると、洗濯カゴを抱えて建物の中へと移動した。
「何を手伝えばいいですか?」
着々と準備が進められている聖堂。
壁にも据付のイスにもリボンが飾り付けられていて、その真ん前には大きなグランドピアノが置かれている。
「松元くん、ピアノの調律できるんだったわよね?」
「あ…はい、少しなら…、ところでこのピアノ」
ここでは見たことも無いピアノだったからびっくりして。
だって確かこの施設にはアップライトピアノが1台あるだけだ。
「今日来て下さる方のピアノなのよ、立派よねぇ」
「自身のピアノをわざわざここへ運んでくださったんですか?」
「そうなのよ。運搬費もその方がもってくれて…子供たちもこんな大きなピアノは見たことないだろうからきっとビックリするわよね」
子供たちにとって素敵なクリスマスプレゼントになるわ、そう言っている職員さんもとても嬉しそうだから、今夜のステージは子供たちだけじゃなく、きっと色んな人へのプレゼントになるだろうな、僕はそう思った。
「調律、お願いできるわよね?」
「はい」
これは、張り切って調律しないとな。
そう思いながら部屋に戻り調律カバンを手に取る。
ずっとずっと部屋の片隅に置いていたカバン。
抱えればこんなに重たかったっけ、と思うほどそれはズシリと存在感を露わにする。
あれから約1年、1度も開くことがなかったから、今までよくも放っておいてくれたな…という声がどこからともなく聞こえてきそうだ。
昔の僕はこのカバンを重たいと思う暇もないぐらい、ピアノの調律に明け暮れていたんだろうな。
本当に今思えば、夢のような生活をしていた。
少しだけ昔を懐かしみながら、僕は重たいカバンを抱えて聖堂へと戻った。
それからピアノの前に立ち一つだけ深呼吸。
次に、その黒いボディに触れる。
それからゆっくりと蓋を開けて鍵盤に触れ、僕は中指を立てた。
ポーン…。
心の中をザワリと、まるで草原が風に揺れるようなラの音が駆け抜けた。
次の瞬間には、じわり…と胸の中に何かが滲み出たような気がして、僕はその感情に気が付いてしまうまえにまた元の奥へと仕舞った。
「よ…し、やるか」
今僕のいる場所は都内にある児童養護施設でもあり、教会でもある。
ここには親を失った子供や、訳あって親と離れ離れに暮らさなくてはならなくなってしまった子供たちが共同で生活をしている。
そして僕はここに住み込みで働き始めてからもうすぐ1年になる。
今日は施設が子供たちへのクリスマスプレゼントにと企画したイベントの日で、少し前から水面下で着々と準備を進めてきた。
そのプレゼントというのはピアノの演奏会。
子供たちの喜ぶ様子がまざまざと思い浮かぶ。
ピアノの演奏会は何度か開いているが、その時の子供の瞳の輝きは忘れることができないぐらい綺麗だったから、今夜もそんな姿が見られるのが楽しみだ。
ようやく調律を終え鍵盤の蓋を閉めた所だった。
「調律は終わりましたか?」
入口の方からそう声がして、
「はい、ちょうど今…」
僕はそう答えながら鍵盤の蓋を閉じた。
そして顔を上げるとそこには…佐倉井さんが立っていた。