雨の音が。
パラパラパラって音が天井から遠い意識の向こうから聞こえる。
ちょこっとだけ寒かったから暖かさのする方に身を寄せた。
そしてそこから熱を奪うように肌をくっつける。
そしたら、
「んー…、」
なんて人の声がしてびっくりして目を開いた。
目の前に広がった景色はどうやら車の中。
そのフロントガラスには雨の滴が落ちては流れて行くのがみえた。
少しの間その様子を微睡みながらぼぉっとしてた。
それにしても、さっきからやたらと顔にふわふわりと何かがあたる。
くすぐったいようなむずがゆいような。
顔を背けたりするけどやっぱりサラサラとそれが顔にかかってしかたない。
振り払おうにも何でか体が動かせない。
そして耳にかかる誰かの寝息。
そのリズムがどこか心地良くて。
「え」
なんと俺の横には、気持ちよさそうに眠る相澤さんの顔があった。
なんで、どうしてこの人がここにいるの。
さっきまで見ていたのは夢じゃなかったの?
だとしたらどっからが現実でどっからが夢?
その境目すら全然ハッキリしない。
真っ白になった頭ん中を必死に整える。
バイトが終わって外に出たら、あのエロじじぃに襲われてコンクリの上に押し倒された。
そう思い出しながら後頭部を触ると確かにそこにはたんこぶが出来ていて、それが夢ではなかったことを証明してる。
そして、今俺がここにいて無事なのはその時相澤さんが現れて助けてくれたから。
そして二人で逃げて、でも相澤さんの家には澪がいて。
俺を家に連れて帰れないから、だから俺は…じゃあねって別れを告げたんだ。
確かにその場から離れたはずだった。
それなのにどうして今この人といるんだよ。
ちょっと待って。
夢ん中でキスしたよね?
ずっと一緒にいようって言ってくれた相澤さんの言葉も夢だよね?
全然分からない。
いやでもさ、それは夢じゃなきゃおかしいよ。
だって相澤さんにはあの人がいるじゃん。
あの人がいるのに俺にずっと一緒にいようなんて言うわけがない。
あの人がいるから俺を家に連れて帰れなかったんだろうからさ。
今俺らが車の中にいるってことがもう…つまりはそういうことでしょうよ。
それでも愛しくて。
この人のことが。
相澤さんの身体にもぞもぞと自分の体をすり寄せる。
家を出てからこれまで、全然熟睡できてなくて俺、ちょっと睡眠不足だったんだ。
なのに、この人の鼓動とか体温とかで勝手に安心しきっちゃう俺の身体って、意外と素直にできてるみたい。
あっさり上質な睡眠をとることができたらしい俺は、困ったことに今ぶっちゃけ、ちょっと元気なんだよな。
キス、したい……な。
もう俺この人のペットじゃないし、ちょっとぐらい噛みついちゃっても許されるかな。
夢だけじゃ物足んないよ。
本物だって分けて欲しい。
そうっと相澤さんの唇に自分の唇を寄せて行ってる途中で、相澤さんの方の窓ガラスから2つの目が見てた体が飛び跳ねた。
怖っ!
覗き魔から覗かれてる。
***
「にの~、ご主人に会えてよかったなぁ?」
冬真がずーっとニタニタニタニタ、俺を見てる。
団員には気持ち悪がられ、座長には冷たい目で見られてもなお、それをやめようとはしない。
ってか、こいつにあんな場面見られるなんて…恥ずかしすぎて軽く死ねる。
「いやしかし、おまえビルの真ん前に車停めて、よくもまぁあんなこと」
「うるさいんだよ」
「朝からハレンチですな」
「うるさいったら」
もうほんとムカツク。
おかげでキスだってできなかったし。
もうこのまま一生あの人とキスできなかったら、末代まで祟ってやるから覚悟しとけ。
結局あん時、冬真に見つかった俺は慌てて車を飛び降りたのだ。
ビルの中に逃げるようにして駆け込んで、すぐそばの窓からそっと相澤さんの車を見つめてた。
そしたら、パラパラと降り続く雨の中、一度外へ降りた相澤さんはビルを見つめてそれから…再び車に乗り込みこの敷地内から車を出した。
あの人の元に帰っていく相澤さんに、行かないで、今度はいつ会える?なんて聞けるはずもない俺は、ぎゅーぎゅーに締め付けられる心臓をずっと片手で抑えてた。
短い夢の時間は割とあっけなく終わってしまった。