affection88 | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

さっきまで僕の体に控えめに触れていた智さんの手のひらの動きがピタリと止まった。
不思議に思って瞼をゆっくりと開くと、智さんの真剣な眼差しに捉えられた。
 
「やめた…」
「智…さん?」
 
やめたって…なに?
僕は、縋り付くように智さんの服を掴み揺すった。
智さんはそんな僕の手をあっさりと解き身体を離した。
だけど僕は、解かれたその手でもう1度智さんの服を掴んだ。
そんな僕に智さんは、容赦ない言葉を投げかけた。
 
「潤…やめだやめ」
「やめって…なんで?いや…だ…僕…」
「やだじゃねえ」
「どうして急にそんなこと」
 
僕は智さんに抱かれることで、前を向けるとそう信じてた。
心が壊れようと…ううん、壊れてしまえばいいとさえ思っていた。
だからお願い。
このままその腕に抱いてよ。
僕を智さんでいっぱいにして、もう一生智さんから離れられなくして欲しい。
苦しいんだ。
あなたのキスを受けながらもずっとずっと佐倉井さんのことばかり考えてしまうことが。
もう嫌なんだ。
だから忘れさせてよ。
痕跡も残さず。
跡形もなく。
だから。
 
「おねが…い…、」
 
涙が頬を伝ったけれど、もうその涙を智さんは拭ってはくれなかった。
 
「智さんっ!」
 
必死になってその体を揺らす。
揺らして、揺らして、揺らすけど…でも、智さんはぐっと口を噤んだまま首を横に振るだけだった。
 
「どうして…」
 
握っていた手の力が一気に抜けてシーツの上に落ちた。
 
「…智さん言ったよね…、僕が他の人を好きでも構わないって…忘れさせてやるって…」
 
それなのにどうして。
どうして僕を滅茶苦茶にしてくれないの。
どうして僕の心を壊してくれないの。
ここまで来て引き返すぐらいなら、いっそのこと僕が僕自身を分からなくなるまで抱き潰してくれたらよかったのに。
 
「悪い…やっぱ出来ねぇ」
 
そう呟く智さんの頬を涙が伝う。
ポタリ…と顎から落ちた雫が僕の手の甲に落ちた。
智さんの心が泣いてる。
その心を泣かせているのは、紛れもない…僕。
 
「智さ…んっ、」
 
僕は自分の気持ちばかり優先して、智さんの気持ちに目を背けていた。
智さんが僕に他の誰かを好きでも構わないと言ってくれたことを、決して軽く考えていた訳では無いけど…、それでも僕はやっぱり佐倉井さんを忘れることばかりに重きを置いていた。
そうすることで、佐倉井さんのことを忘れることできちんと智さんとも向き合うことができるって…そう信じてた。
佐倉井さんは他の人のもので。
佐倉井さんの調律を僕は一生してあげられなくて。
佐倉井さんと僕が結ばれることなんか一生無いことを卑下して、そして…だから忘れるって、忘れなきゃって。
忘れるために智さんのことを好きになりたいって。
智さんの優しさにつけこんで、智さんの気持ちを利用してズタズタに傷付けて。
彼の心を泣かせたのは僕。
 
「ごめ…んな…さ…っ、」
「潤…」
「ごめんな…さいっ、」
「やめろ…」
「智さんごめんなさい…僕は…僕は…っ、」
「やめろ!」
 
そう叫んでから、智さんは刹那に僕を強く抱きしめた。
僕はその胸の中で咽び泣いた。
ごめんなさいと何度も何度も。
 
「頼む…やめてくれ」
 
その度に智さんはそんな言葉聞きたくないと声を震わせた。
そしておまえは悪くないと。
智さんは何度も僕にそう言った。