affection78 | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

それでも俺の心は浮き立っていた。

菊知が刺客?
そんなんどうだっていい。
今はそんなことに目くじら立てている時間はない。
 
二ノ瀬がこの会場にいるってことは、このコンクールに大海も出場するってことだ。
とういことは必然的にこのどこかに松元がいる。
 
顔を見られるとすれば何時ぶりだろうと記憶を辿り寄せてみる。
あれは数ヶ月前の夜。
映画の挿入曲を担当することになり、そのプロデューサーとの打ち合わせの帰り。
雅紀の運転する車の後部座席の窓から見えた小さく背中を丸めて蹲るその姿に、咄嗟に俺は車を停車させた。
それから松元のそばへと駆け寄り、その細い身体を抱きしめ長い睫毛を濡らした彼に俺は、キスをした。
 
忘れられない。
忘れることなんかできない。
まるで想いを重ねるようにして合わせた唇が震えるなんてことは初めてのことだったし、人を好きになることがこんなにも苦しいものだということを知ったのも初めてだった。
 
「佐倉井さん、誰探してんの?」
 
すでにコンクールは始まっている。
遠くからロビーにまでピアノの音色が漏れ聴こえてきた。
いつもだったら今頃は入念に指の柔軟をしたり、イメージトレーニングをしたりして精神統一をしている時間だ。
それなのにここに来てからずっと、俺が行き交う人々の姿をチラチラと目で追っていたことがあっさり菊知にバレてしまった。
 
「ちょっとな」
「俺も手伝いますよ。誰なんです?」
 
そう言って俺のそばに寄る菊知。
 
「おまえなぁ」
 
隙ありすぎだろ。
なんてったって俺らは1回週刊誌に撮られてんだぞ。
世間から好奇の目で見られてるとか自覚ないのかよ。
 
「大丈夫だから、ちょっと離れとけって」
「まさかあの週刊誌のこと気にしてんの?」
「お前は気になんないのかよ」
「俺は別に」
 
ふーん。
やっぱこいつ、黒…なのかな。
気になりだしたらもう駄目だ。
 
俺の推察だと菊知は初めから二ノ瀬とグルで。
わざと俺に近付き、初めは完璧な調律で仕事を軌道に乗せたところから、少しずつ調律ズラしていき俺のプライドを粉々にする計画。
もしくは、週刊誌にスキャンダルを載せることで、精神的に俺を追い詰めるというシナリオ。
菊知が入院してた頃、退院祝いはキスして欲しいとか言っていたのも、記者に張らせていたから。
…と考えれば辻褄が合う。
全ては俺を陥れるための罠。
それがなんの為なのかまでは見当もつかないけれど。
だって、大海が俺みたいなポンコツにそこまでする理由が分からない。
 
「どうした?」
 
考え込む俺に菊知が首を傾げる。
 
「なんでもない」
「佐倉井さんってさ、なんでもないって言葉口癖なの?」
 
そう言ってくすくすと笑う菊知に、知るかとわざとらしくそっぽを向いたのに、次には菊知が俺の耳元に唇を寄せた。
 
「…は?」
 
聞こえてきた言葉は。
 
”俺佐倉井さんが好きです”