シカタナイ80 S(潤翔) | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

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【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

あの時一緒にウェディングドレスを選んでいたのは…俺の初恋の相手。

 
「同時多発テ   ロって覚えてる?」
「確かニューヨークの……貿易  センタービルに飛行機が突っ込んだ…、」
 
俺は松元の返答に小さく頷いた。
 
 
 
***
 
 
 
さとはその時そのビルの近くにいた。
事故が起こった後、土石流のように押し寄せてくる建物の瓦礫にのまれて真っ暗な中必死に助けを呼び続けた。
72時間の壁、なんて最近ではよく耳にするけれど。
極限状態でのその時間はきっと想像を絶する程の恐怖との戦いだっただろう。
 
日本にいる俺らは、混乱して錯綜する情報にただ翻弄されるだけで。
さとが被害にあっている可能性が高いことは、その日出かけると言い残していた目的地からしても明らかだったから。
俺らはただひたすら無事を祈るしかなかった。
 
助けに行きたいとどれだけ喚いただろう。
今でも思い出す、あの時の自分の無力さを。
 
それからさとの安否はまったく知らされなかった。
誰もが助からなかったのだろうと心のどこかで諦めていた。
 
人なんてどうせいつかは死んで、空の遠くへと消える。
それならもういっそ、誰のことも好きにならなければいいんじゃないか。
そうすればこんなに苦しい気持ちになることもないし、自分の非力さに絶望するなんてこともない。
 
苦しさから逃れるためなのか、寂しさを埋めるためなのか。
それとも自分の無力さに対する怒りなのか。
理不尽な世の中へのやるせなさなのかは、今でも分からないし、もしかしたらその全てに当てはまっていたのかもしれない。
俺はそれらを忘れるために、親に隠れて夜な夜な遊び回った。
人って登るのは相当な時間がかかんのに、落ちるのはすげぇ速いんだよ。
真っ逆さま、急直下。
それはもう、笑えるほどに簡単で。
 
 
 
 
それから数ヶ月経った頃、学校から帰った俺を母親が玄関で待ち構えていた。
 
「翔!さとちゃん無事だったわよ!」
 
初めは母親の言ってる言葉の意味が分からなかった。
生きてた?なんのことだ。
あいつはテロの犠牲にあって、それで死んだ。
 
それなのに……生きてた?
 
「無事ってこと!?怪我はっ!?」
「まだ詳しいことは分からないの。今朝さとちゃんのご両親から連絡があったのよ」
 
結局肝心なことは何も分からない。
そりゃそうだ。
テレビの中もネットもどこもかしこも、数ヶ月経った今でも本当に知りたいことは闇の中。
きっと俺達が驚愕するような事実がどこかにはあるはずなのに。
 
俺ができることは、いつか彼女が帰国したらこの気持ちを伝えてケジメをつけて。
絶対に幸せにするって…そんなことで頭がいっぱいだった。
 
 
 
 
 
「さとちゃん、結婚するらしいわ」
「は!?結婚!?誰と!?」
「ニューヨークで知り合った方ですって」
 
後で本人から聞いた話だが、その相手はさとを瓦礫の中から救出したという現地のジャーナリストだった。
テロが起こってすぐに現地へ入り、現場の状況を撮影していた最中にさとの助けを求める声が聞こえたという。
現場の最前線に行けたからこそ、さとを助けることができて、そして目の前に広がるニューヨークの本当の姿を見ることができた。
 
彼はそれから何度も入院するさとの元を訪ねて行った。
毎日毎日違う花を束ねて、元気かい?と笑顔で現れる彼を、いつしかさとも待ち焦がれるようになり、そのうち二人が恋人関係になったことに一つの不自然さもなかった。
 
だけど俺が聞かされたのは恋人なんてすっとばして、結婚という事実で。
しかもその時すでに彼女のお腹の中には新しい命が宿っていて。
 
自分は何も出来なかった。
悔しくも、結局は自分の無力さにぶち当たる。
そして思ったんだ。
俺のほうがもっと凄腕のジャーナリストになる。
そしてさとの結婚相手を絶対超えてやるって。
それまでは好きなやつも、恋人だって、邪魔なだけだ、何もいらないってそればっかだった。
今思い返せば、無力な子供がムキになって何言ってんだって笑えるけど。
だけどそれが俺の原動力になっていることだけは確かだった。
 
それから一年程たった今、さとはようやく帰国できるまでに回復した。
そして、もうすぐハワイでの挙式を控えているらしい。
ジャーナリストの彼は多忙で都合が合わず、今回は日本に連れてこられなかったと、さとが寂しそうに呟いた。
そしてどうしても男の見立てが欲しいからと、ウェディングドレス選びを頼まれたのだ。
 
もし、松元と出会っていなかったら…俺はどんな気持ちでさとのウェディングドレスを選んでいたのだろう。
そう思うと、なんだか胸の中がモヤモヤして掻きむしりたい症状に見舞われた。
 
「それで…一緒にドレス選んでたんだ」
「そう…彼女の結婚相手でもなんでもない俺が、ドレス選びをさせられてた理由がご理解頂けたでしょうか?」
「なんかその言い方…、未練たらしく聞こえんな」
「なわけねーだろっ」
 
松元の細い指が、スルスルと俺の頬を撫でサラリと前髪を掬う。
その顔は、分っちゃいるけど、どうにも面白くないってそんな顔だ。
 
「なんでその人と会うって俺に言わなかったの」
「だって言ったら…おまえ気にするだろ」
「それは…そうだけど、」
「だから俺はさぁ、そんなことで喧嘩したくなかったんだよ」
「でも嘘は良くないでしょ」
「それはゴメン…以後気をつける」
 
素直に謝れば、今回だけは許してあげる、なんて。
松元の唇は綺麗な弧を描いた。
 
 
 
 
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