キミがもし捨て猫だったなら37(大伊) | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

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【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

我慢できずに(というか、我慢するつもりなんて毛頭なかったんだけど)。
伊之尾の口に吐き出したあとに、
 
「ごめんっ」
 
慌てて謝った。
俺ってば何やってんだ。
 
さっきのさっきまで、こいつのことを元飼い主に返すとか言ってたくせに。
 
だけど、伊之尾が俺のことを好きだって言うから。
そしてシてくれるっていうから。
しかも相手は生身の人間で、自分よりも優先してしまうほどに好きな相手だし。
顔は可愛いし、肌は真っ白すべすべで触り心地もいいし。
そりゃ人妻もののDVDなんかとは比べ物になんねぇじゃん。
 
って、何に対して言い訳してんだ俺は。
 
「謝らないでよ」
「うわっ、おまえ飲んだのか?」
 
伊之尾はにっこりと微笑んで、コクリと頷く。
嘘だろおい、いくら何でもそれはヤリすぎだろ。
こっちは焦って変な汗まで出てきてんのに、伊之尾のやつってば急にごろんってソファの上に身体を転がして、
 
「ふふっ、大埜さん可愛かった」
 
なんてどの口が言うんだって。
にゃぁの破壊力もさることながら、今の伊之尾のふわんふわんな雰囲気も、それに匹敵するぐら可愛い。
 
だけどずりぃなぁ…自分ばっかり。
俺も伊之尾が気持ちよさにトロンと蕩ける顔が見てみたい。
そりゃあキスだけでも、焦点が定まってねぇような潤んだ瞳で、息なんかもあがってて色っぽいったらないのに。
 
いつ…、抱けんだろ。
 
自分のものになったと分かった途端、この有様。
そばにいてくれるだけでいいって…確かにそう思っていたはずなのになぁ。
 
すぐじゃなくてもいい。
ただ、いつか伊之尾と一つになれる日が来たらいいなって。
星に願いをじゃねぇけど、行こうかな。
幸運のラピスラズリをこの目に焼き付けに。
 
「伊之尾、確か明日休みだって言ってたよな」
「うん」
「今から、行かねぇか?」
「行くってどこに?」
「星を、観に行きたいんだ」
「うん、いいよ」
 
二人で見に行こうって約束して、だけど結局一人で行こうとしていたそこに。
やっぱり俺はおまえと二人で行きたい。
 
一緒に観よう。
ラピスラズリの星空を。
 
他の誰でもなく。
おまえと観たいんだ。
 
 
 
 
 
 
東京からは車で軽く四時間。
星空が最高に美しいと言われるその村は、日本一暗い村とも言われてる。
 
「伊之尾、着いたぞ」
「ここ?」
「うん」
 
車を降りた。
見上げるまでもなく、遥か向こう側まで見える空は、まるで星屑を散りばめた絨毯のよう。
 
「綺麗だね」
「マジで、ラピスラズリだ」
 
俺にも、作れるだろうか。
この紺碧の色を。
光り輝く、星の粒を。
 
作れる。
絶対作れるよな?
だって俺には…俺の隣には。
こいつがいる。
ラピスラズリのように光り輝くこいつが…俺にはついている。
 
「大埜さん…好き、」
「俺もだ、」
 
星空の下で誓う。
もう、おまえを…二度と手放したりなんかしない。
 
 
 
 
 
 
 
それから数日して、
前に話していた大学の友人で、高校の美術の教師になった友達から連絡が入った。
 
「久々に飲まないか?」
 
俺はその誘いに二つ返事で答えた。
 
その夜、待ち合わせ場所で友達の姿を見つけた俺は、びっくりして足が止まった。
矢乙女だ。
友達の横に矢乙女が座っている。
ごくり、生唾を飲み込んでそのテーブルへと向かった。
 
「お疲れ」
「大埜、久しぶり。ここ座って」
「あぁ、うん」
 
言われるがまま友達の向かい側に座れば、必然的に矢乙女とも向かい合わせになる。
 
「大埜さん、この間はどうも!」
「あー、ああ…」
 
矢乙女がそう言うもんだから、友達は目をまん丸くして、
 
「なにおまえら、すでに面識ありなのか?」
 
なんて吃驚してる。
 
「あーうん、たまたま行った美術館で会ったんだ」
「そうかー、いや、矢乙女がイギリスから戻るって言うから大埜だけには会わせておかなきゃと思ってさ」
 
友達はそう言いながら、運ばれてきたビールを俺に手渡すと、お疲れさんと言って自分のグラスをぶつける。
緊張で喉が渇いていたせいもあってそれを一気に飲み干した。
 
「じゃぁもうあれか、矢乙女の展覧会には行ったんだ」
「あぁ、」
「はい、見てもらいました」
 
伊之尾の元飼い主がにっこりと微笑んでいる。
俺よりも年下のくせに、俺よりも紺碧を完璧に作れて、俺よりも光を自在に操れる奴。
 
なぁ、あの日。
おまえは伊之尾とどんな話をしたんだ。
 
おまえの描いたラピスラズリを見る限り、おまえはまだ伊之尾のことを忘れられてねぇんだろ。
 
どうした。
どうなった。
 
おまえと伊之尾の間に、何があった。
 
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
 
しばらく談笑していたところで、友人はそう言って席を離れた。
残された俺と矢乙女。
はっきり言って気まずい空気。
その空気を益々重くしたのは、俺じゃなく目の前のコイツ。
 
「大埜さん…聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいこと?」
「圭とは…どういう関係なんですか?」
「え、」
「あの日、圭と一緒に居ましたよね?」
「あぁ……」
「俺、圭が好きです」
 
まさかの宣戦布告だった。
矢乙女の瞳は真剣そのもので。
ギラギラと燃えているようにも見えた。
 
そう…。
まだ伊之尾への想いは消えてない。
むしろ、燃え滾ってる。
 
「ちょっと変な話し、していいです?」
「なんだそれ」
「もう…、圭のこと抱きました?」
「はっ!?」
 
突然のセリフに言葉も出ず、俺はただ口をパクパクさせていた。
だって、何だ…?
何なんだ?
だからこいつは、俺と伊之尾のことをどこからどこまで知ってんだ?
 
「抱いたか、抱いてないか、どっちなのか教えてください」
「なん、でそんなことおまえに言わなきゃいけねぇんだよ」
「その返答によっては、僕から話しておかなければならないことがあります…、」
 
話し?
一体何のことだ。
なんで抱いたか抱いてねぇかの返答が必要なんだ。
俺はここで、どう答えるのが正解なんだ。
 
「まだ抱いてねぇ…よ、」
 
結局答えとして選んだのは、真実。
だってこいつに虚勢張ったってしょうがないし、もしこいつにしか知りえないことがあるのなら俺はその事実が知りたい。
単純にそう思ったから。
 
「やっぱり、怖がるでしょ?」
「ん?」
「圭です…、」
「……何で知ってんだ」
 
俺は矢乙女から全てを聞いた。
伊之尾が、学生代に同じ学校の男子生徒に暴行されていたこと。
矢乙女はそれを救うことが出来なかったことを、今でも後悔してるということ。
そのまま伊之尾を放って留学してしまったこと。
会いに行ったけど、結局会うことが出来なかったこと。
ようやく再会できたあの日。
気持ちを伝えたけど、断られたこと。
 
なんで、そんなことを俺に話すんだと聞いたら、
 
「圭のことが大切だからに決まってんでしょ」
 
そう、敵に塩を送ることの出来るこいつを俺は年上ながらに心底カッコイイと思った。
もしかしたら、俺はこいつに一生適わねぇかもしれない…とも。
 
だけど俺はもう、伊之尾をおまえに譲る気はこれっぽっちもない。
 
友人と矢乙女と別れた帰り道に俺は、伊之尾の言葉を思い出していた。
 
”大埜さん、僕は汚れてる、一回死んでる。それでもいい?”
 
 
 
 
 
 
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