司馬遼太郎先生ゆかりの旧勝山藩の武家屋敷の宿

場所・ 福井県勝山市本町2−5−14

電話・ 0779−88−0020

創業・ 江戸初期(1600年代)

竣工・ 江戸末期(1800年代)の武家屋敷
     本館内部は昭和30〜40年代の改装 

構造・ 木造平屋、2階建て 土蔵造り 和室12室

料金・ 2食付き 14000円くらい *当時の御値段

人物・ 文人 司馬 遼太郎 「街道をゆく」で紹介

最終宿泊・ 2025.03 

*国・登録有形文化財

 

★2025年3月 宿泊

ついに長年の夢を叶えて宿泊ができましたハート
ですが、もう女将さんは85歳、跡継ぎもいなさそうな感じでしたので、もしかしたらあと数年で400年の歴史が終了してしまうかも知れませんえーん



どうにか間に合ってよかったですが、やはり高齢者の方お一人だと手が回っていない部分も多かったですタラー

 


ですので、細かいことを気にされない、旅慣れた方が行かれるといいと思いますキラキラ
このときはそのような、男性1人客の方が他に2名おりましたお父さんお父さん


玄関 周辺 犬が出迎えます 


2食つきで14000円ということでしたが、内容的には10000円くらいの宿で、4000円は文化財の建物への寄付とか、燃料代や人件費、電気代、食材費高騰のための料金と考えるといいかも知れません(現在はさらに値上がりでしょう)ガーン

 

 

お料理も料亭ということでしたので、期待しておりましたが、思ったよりも家庭料理に近い感じでしたタラー

 



                   *

板甚の歩み

享保13年、勝山城下の郡町で代々酒造業を位となる松村甚七(通称・板屋甚七)の6世として、巴文(はぶん)は生まれましたおじいちゃん
松村家は、
小笠原貞信が美濃から勝山転封の折の本陣となった旧家でもありますウインク

武家屋敷 築200年 


その頃、芭蕉の門弟・各務支考が開いた美濃派の影響を受けて、巴文も俳句を好み、安永元年に文台を受け、翌年に美濃吟行の句集「二度の花」を発行しましたラブラブ

 

武家屋敷 玄関 大和君 黒柴 

 

天明元年、文台を焼失しましたが、5代藩主・小笠原信房より3兆の軸に基づいた文台を与えられ、社中は百余名を越えるほどの盛況になりました乙女のトキメキ



寛政5年に、巴文主催による芭蕉百回忌の法延が勝山の法栄寺で営まれ、享和2年には、立石の伯立院に芭蕉の句碑「なでしこ塚」を建て、訪れる雅客のために「石上庵」を作りましたキラキラ

宿の裏は寺町 


この年9月29日、74歳の巴文は法栄寺住職・敬止に文台を譲り、この世を去られましたふとん1
この
勝山俳諧の先駆者・板屋巴文を生んだ松村家が今の板甚ですウインク
 

裏の武家らしい門 

 

ということで、文人ゆかりの宿というのは、やはり元祖も文化の誉れ高い家だったのですねウインク

 

                *

 

 

 

 

*次は隣の城下町・大野市へ