★「蒲原神社

 

 

沼垂の鎮守様の1つで梅の名所とお祭りも有名

場所・ 新潟県新潟市中央区長嶺町3−18

創建・ 不詳だが800年代、鎌倉期にはすでにあった 

竣工・ 明治22年(1889)

構造・ 木造 流れ造り 石造 明神系鳥居

祭神・ 火牟須比命、加具津智命、水波廼女命、久久廼智命、金山比子命

社務所・ あり 日中 御朱印可

最終訪問・ 2017.03 祭は2007年に行った

新潟市の県庁所在地、中央区のJR新潟駅の東約1キロに鎮座します神社
周辺は栗の木バイパスが通り、鳥居はバイパスに向いていますキラキラ

 

境内 参道の向こうは大きなバイパス

 

バイパスになる前の栗の木川に当時は鳥居が向いていたのでしょうか!?
交通量の多い道路で、駅も近いこともありにぎやかな地域にあります乙女のトキメキ

「神社明細帳」(明治16年)に「中蒲原郡蒲原村字居村 邨社・五社神社」とあります神社
かつて「蒲原ノ津」に鎮座しましたが、元禄三年(1690)、洪水の被害により現在の地に遷して再興したと伝えられます波
祭神は、
火牟須比命、加具津智命、水波廼女命、久久廼智命、金山比子命の五柱です乙女のトキメキ

 

太鼓橋のある神楽殿か



創建の時期は不詳ですが、
鎌倉期には源頼朝の信仰が篤く、社領の寄進もあったといいますお父さん
蒲原村の産土神ですキラキラ
明治6年(1873)に村社に列せられましたラブラブ

 

明治41年(1908)、境内に祀られていた神明社(大日孁貴尊)と諏訪神社(健御名方命)、また六郎神社が五社神社に合祀されました乙女のトキメキ

社殿と梅 


六郎神社は、
畠山六郎重宗と畠山次郎重忠を祀り、「六郎さま」と呼ばれていました神社
木造の畠山重宗夫妻坐像は14世紀前半の仏師の作品です(新潟県指定文化財)キラキラ
大正11年(1922)に郷社に昇格しました拍手

当社は古くから農耕神として信仰され、
6月30日から7月3日にかけて盛大に祭礼がおこなわれます乙女のトキメキ
その年の穀物の作柄を占う「託宣」(7月1日の夜)や露店のにぎわい(2日まで)が有名で、蒲原まつりとして新潟市民に親しまれていますハート
祭祀の名称に従い、社号を「蒲原(かんばら)神社」に改めました(1981)神社

 

拝殿 扁額 



拝殿の額に「青海社」とあり、鳥居下の解説も、当社を「延喜式」の「青海神社」(蒲原郡十三座のうち)としますが、確証はありませんダッシュ

「青海神社」は、加茂市の青海神社が有名です神社
 

 

また「延喜式」は「青海神社二座」と記載しますが、「二座」が加茂の青海神社と、この蒲原神社を指すのか、加茂の青海神社の二祭神を指すのか不明ですダッシュ
一般には、加茂市の青海神社を「延喜式」の「青海神社」としています神社
                   

社殿は明治22年(1889)の建築で、細部の装飾が美しく、瓦葺きの屋根には「五」を図案化した紋様が見えますパー
社殿の左側には牛の像があり、これも信仰の一つですよね(梅となで牛・天神様か)おうし座

 

境内の梅となで牛 

 

境内には梅がたくさん植わっており、ちょうどこのときは満開でとてもきれいで可愛かったですハート
古町の白山神社と並んで新潟市内の梅の名所でもあると思います(もうすぐですね)乙女のトキメキ

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蒲原神社といえば
新潟市民にはおなじみの「蒲原祭」のある神社として認識されています乙女のトキメキ
お祭の際にはけっこう多くの出店が出て、お化け屋敷も境内に出されたりして、かなりにぎわいますチョコがけハート

 

17年前に行ったきりだけど「蒲原祭り」

 

この10年前にお祭に行った際には神社には参拝しないという失態をしましたので、今回はリベンジで参拝してきましたチョコがけハート
10年も間が開いてしまって申し訳ありませんガーン
バイパスで前は何度も通過していたのに車

今回はちょうど
3月で梅が満開の時期に訪れたので、境内の梅がとてもきれいで可愛かったです乙女のトキメキ
渋い明治時代の社殿にピンクや白の可愛いお花が映えていましたウインク

 

 

木によってはいろんな色の花が1本の梅から咲いているものもあり、不思議でしたびっくり
庭園のようになっている場所もあり、ここは市内の梅の名所だなと思いましたチョコがけハート

境内はまず、バイパスに向いている鳥居から入ると立派で渋い木造の門があります神社
市内の神社で門のある神社はそこまでたくさんないので、この神社がいかに重要な歴史ある神社かということが窺われますウインク

 

新潟市の梅の名所 古町の「白山神社」も梅・桜の名所


 

社殿は明治時代のもので、年季が入っているので趣がありますチョコがけハート
彫刻なども立派なもので、「青海社」と額縁に書いてあるのは、
昔は海が見えたとのことで波
 

今では埋め立ても進み、ビルも建っているので海は見えませんが、昔は見えたのかも!?
加茂市の青海神社とのつながりもあるのでしょうか!?

対岸の鎮守様「沼垂 白山神社」

 

沼垂地域では栗の木バイパスの暗渠になっている栗の木川を挟んで、こちらは西岸で、西岸の鎮守がこの蒲原神社で、対岸の白山神社が見えますが、向かい合ってはいませんダッシュ
歴史は鎌倉期などからあり、中央の源家との関連もあったとは驚きでしたびっくり

 

 

さすがは沼垂は1300年の歴史ある地域で、今でも新潟市の中心地がこの辺にあるのは昔から栄えてきた理由があるんだなあと発見でしたウインク

神社・歴史・社殿好きの方にもオススメです(^^♪

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★「
奈佳美彌(ながみね)神社

場所・ 新潟県新潟市中央区長嶺町3−12

創建・ ? 地名の由来なので古そうだが

竣工・ 昭和41年(1966)

構造・ 鉄筋コンクリート

祭神・ 健御名方命

社務所・ なし?

最終訪問・ 2017.03 

新潟市の県庁所在地、中央区のJR新潟駅の東約1キロに鎮座します神社
奈佳美禰(ながみね)神社は、蒲原祭りで有名な蒲原神社に
隣接して鎮座しますウインク
一見、蒲原神社の境内社のように見えますアセアセ



「神社明細帳」(明治16年)に「中蒲原郡長峯新田字居村 無格社 諏訪神社」とあるそうです神社
祭神は
健御名方命ですお父さん
 

明治41年(1908)、愛宕神社(火産霊命)を合併し、現在の社号に改めましたおねがい
昭和6年(1931)、村社に列せられましたキラキラ

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こちらは蒲原神社の隣にあるこじんまりとした神社ですが、
「ながみね」との地名の由来になっている神社なので、けっこう古いんだと思いますニコニコ
元々は「なかみや」とか読んだのがなまって「ながみね」になったのかなあ?

 

蒲原神社の「なかのおみや」だったのかも知れませんしアセアセ
漢字も地名は「長嶺」ですが、神社の方は「奈佳美彌」で、響きは同じでも漢字が違う、というよくあるセオリーですねニコニコ

社殿自体は鉄筋コンクリートの新しめなものなので、歴史は感じられませんが、この地域の歴史自体が古いので、この神社も創建は古いものかも知れませんアセアセ

 

境内は蒲原神社と共同で梅の名所でもあり、当日も梅を見に来ていた方々もいましたニコニコ
これからも地域の人たちに親しまれて大事にされてほしいですねピンクハート

この近くの新潟市の「ほんぽーと」という図書館には、以前はすごく通ってました目

今はあんまり本は読んでないですねーガーン

神社・地名の由来・歴史好きの方にもオススメです(^^♪