今ここに生きる理由がきっとある -59ページ目

今ここに生きる理由がきっとある

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ぷらっと静岡行ってきました!!


~世界の車窓から~



没後100年 徳川慶喜を見に行ってきたのです(-∀-)


静岡駅は、けいきさんで溢れかえってました合格




極め付けは展示会場の静岡市美術館のエレベーターの扉までも、けいきさん(爆)


ちなみにけいきさん仕様のエレベーターは1階だけでした。


!? いっしーってアンチ慶喜じゃなかったはてなマーク 

確かに大阪城に置いて行かれたことは今でも根に持ってるけど。(誰目線だよDASH!

好きですよ。けいきさん。



展示は 七郎麻呂(幼少)時代~一橋家時代~将軍時代~駿府でニート時代~公爵時代までのけいきさんの一生を一気に辿れるお得なもの。


時代ごとにまとめられているので、分かりやすいんですよ。



展示物の量はハンパないです。さすが没後100年

何を書いていいのか分からないくらい、どれも貴重なものばかりで・・・あせる


写真をよく撮っていたというのは割と有名な話で、わたしも知っていたんですけど、油絵も描いてたんですね!! 刺繍も得意だったようで、全く知らなかったけいきさんを知ることが出来ました合格


ネットや雑誌でよくみる衣冠スタイルのけいきさんの写真、あれのホンモノがあったんですけど、8×10のちっさい写真だったんですよ~。(土方さんの写真も同じサイズ)


ウエストきゅっの洋装スタイルも、すごいブカブカの洋装のどう見ても『サイズ違うだろ!』な写真も、本気で撮ってるから笑える・・・(←笑うとこじゃないが汗) 


江戸博で展示が無かった美賀子さま関連。こっちにはたくさんありましたーラブラブ


写真はもちろん、和歌や手紙も。


その中で、美賀子さまから、輝博さん(けいきさんの5男)へ宛てた手紙があり、けいきさんの行動が書かれてます。


慶喜は朝早くから自転車に乗って出かけ、帰ってきたら絵を描いて、午後から弓を引いてます。3日前から写真撮影も始めました。


・・・ヲイ。遊んでばっかりだなにゃ


あと、日本橋の文字。最初は書家ではないから断ったけど、どうしてもと頼まれたからって。

これもホンモノ音譜見れました。


マジメに見たのでお腹いっぱいになりました~合格


探索マップもらったんですけど、欲しい人いたらメッセージください。
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このままでも見えるかなはてなマーク


お楽しみのお昼はこちらの料亭


けいきさんファンなら誰でも知ってるみたいですね。


浮月楼

けいきさんが暮らしていたお屋敷跡です。


実は、明治33年に俊輔もここに来ていて、お食事してるんです!! 


残念ながらわたしたちは浮月楼でのお食事ではなくて、お隣の浮殿という場所でのお食事です。

(浮月楼でお食事はちょっとランチにはお高いんですよあせる浮殿はお手頃価格なんです)



事前に予約しておいた 紅葉弁当 限定もの

葵の紋が眩しいですラブラブ


蓋を開けるとこんな感じ。

どれも上品なお味で美味しくて、満足でした合格


デザートはリンゴのシャーベットが付いていたんですが、スタッフの方が慶喜展の半券があればデザートサービス致しますよ。と言ってくださり、半券見せたら葵紋付きのおまんじゅうのサービスがビックリマーク

得したクラッカー


食事が終わったあとは、もう一回慶喜展に行ってビックリマーク

その後、けいきさん謹慎の場所宝台院

駿府に来て最初の1年、こちらで謹慎していました。

それ以上の事は分かりませ~んw


駿府といえば、このお2人を忘れてはいけませんね。


西郷さん&鉄舟さん会談の地

勝さんが江戸を戦火から守るため、新政府軍との交渉として西郷さんの元に鉄舟を遣わせたのです。

それ以上の詳しい事はわかりませ~んww




つづく

12月8日まで東京江戸博物館で開催中

明治のこころ モースが見た庶民のくらし

エドワード・モースは『大森貝塚』の発見者で、明治10年からの3度の来日で譲り受けたり、購入したりしたものをアメリカへ持って帰っていたそうで、そのコレクションたちの展示です。


実際にその時代の人たちが普通に使っていたものや、写真、スケッチ。面白い展示物ばかりでした音譜


未開封の缶入りの海苔は今でも京橋にお店がある山形屋さんのものだったり。


源氏絵付きのやたら豪華な歯磨き粉入れの箱。この箱を背負って歯磨き粉を売ってたとか。


いろいろな神社仏閣にもお参りにも行ってるらしく、お守り・おみくじ・お札なんかもありました。愛宕大神のお札は、コレラ除け!!


明治9年に廃刀令が出るまで使われていた鞘の見本箱。漆塗りの美しいのもでした。


うさぎとたぬきの形の火鉢。これがすっごく可愛くて、売ってたら絶対買ってた。←でも結構大きい


八重の桜で美味しいトコ総取りだった大隈重信邸の厨房の写真は、ホテルの厨房か!?
ってくらいの広さで、料理人が大きい魚を捌いてたsei


子供が遊ぶ着せ替え人形は、かつら付き。 手習い帳はたくさん練習したので、真っ黒。


モース語録も面白くて、


学生が私に将棋を教えようとしたが、込み入り過ぎていて理解出来なかった汗(←モースは帝国大の教授)


黒い歯を持つ既婚の婦人達は、外国人にとってぞっとする程驚くべきものであるあせる


顔はどこからどこまでも剃ってしまうビックリマーク


など。


いやー今でも、黒い歯見たらぞっとするよ。清州会議みて、ゴウリキさんのお歯黒、こぇぇぇ~~~怖いって思ったし。(彼女の場合、時代劇が似合ってない)


明治以降、多くの日本独自の文化が失われたけれど、モースさんのおかげで、こうして貴重なものが見られることに感謝です音譜



さてさて。企画展では幕末の江戸城大奥という展示があり、そちらも行ってきました。

むしろ、こっちメイン。


こちらも12月8日までの開催です。


幕末の大奥ってことで、天璋院(篤姫)と静寛院宮(和宮)所有のものが充実してました。


いやー、豪華でした。目の保養になりました音譜

庶民のくらしを見たばかりだったので、豪華絢爛、眩しい眩しいw やっぱり、こっちのほうが上がりますねsei


初めて見たもっちーのママの写真。

知らなかったんですが、大奥で暮らしてたんですね。江戸城無血開城の後は静寛院宮と一緒に暮らして、明治37年没 84歳。  


和宮さまを江戸に迎える際に『御輿入れ』か『御入城』か、どっちにしたらいいのか相談してる書があったんですけど、・・・結局どっちにしたんだ!?  謎。


天璋院所有の茵(しとね)もあり。 挨拶にきた和宮さまは下座で畳の上に座らされて、上座には天璋院さまが茵敷いて座ってたって有名なシーン。その茵なのかなwww (茵なんて漢字初めて見た。)


慶喜さんの後、徳川宗家を6歳で継いだ徳川家達くんの書状や写真もありました。


かわいぃぃぃ~~~~( ´艸`)


天璋院さまに宛てた書状は、なんか字汚いな~って思ってたんだけど、7歳の字だって気づいて驚いた!!
 7歳であれだけ書けたら素晴らしい。 


だいぶ大人なわたしは半分も読めなかったけどな。



そういえば、慶喜さんの正室の美賀子さまのものが何にもなかったんだけど、大奥で暮らしてないから仕方ないのかあせるあせる
 

それにしても完全スルーだったのは可哀そうな気がします汗


そういえば。近くにいた男子3人組が、ずーっと、A☆Bの話しててイラっとしたDASH!
しかも全然見てないの。 なぜ、この場で☆KB!? 訳わからん。




最後に常設展

イバハチの錦絵もこうやって売られていたのかな。

11月17日に板橋で新選組二番隊組長長倉新八さんの100回忌の法要があったので、行ってきました。


時間ぎりぎりに到着したので、墓所の周りは人・人・人あせる たまたま通りかかった人とかは『今日、何はてなマーク』って驚いてましたw


がんばって写真撮った。 



お天気にも恵まれ、たくさんの方々に囲まれ、ぱっつあんも嬉しかったんじゃないかな合格


新選組結成150周年&新八さん100回忌という記念すべき年にこうして、お参り出来たことを嬉しく思います。


記念品として一筆箋をいただきました音譜

ぱっつあんのお顔付き!! もったいなくて、なかなか使えないよね~


欲しかった戊辰としらかわも頂いてきました。




その後、赤坂まで行って虎屋ギャラリーで和菓子贈りもの展を見てきました音譜


こちらは今月30日まで。無料で見学できます。


『日本外史』を書いた頼山陽(←新選組局長の近藤さんはこの人のファンで、文字を真似して書いてました)が母親に贈ったお饅頭は蒸し器付!! あつあつを食べてもらいたかったんですね。なんか、可愛い。



和宮様がもっちーの上洛時に贈ったお菓子には、もっちーが『慰められた』と。もっちーは、孝明天皇から下賜されたお菓子を彼女に贈っていたり。


松平春嶽さんが京都で貰ったり贈ったりしたお菓子の数は、イバハチも驚くくらいビックリマーク


さすがにホンモノのお菓子の展示はなかったけど、模型で再現されてるので見てて面白かったですよ。


こちらから → 虎屋ギャラリー



カフェでおもち食べてきました。 初めて行ったけど、ものすごく、のんびり出来る空間でしたDASH!