12月8日まで東京江戸博物館で開催中
エドワード・モースは『大森貝塚』の発見者で、明治10年からの3度の来日で譲り受けたり、購入したりしたものをアメリカへ持って帰っていたそうで、そのコレクションたちの展示です。
実際にその時代の人たちが普通に使っていたものや、写真、スケッチ。面白い展示物ばかりでした![]()
未開封の缶入りの海苔は今でも京橋にお店がある山形屋さんのものだったり。
源氏絵付きのやたら豪華な歯磨き粉入れの箱。この箱を背負って歯磨き粉を売ってたとか。
いろいろな神社仏閣にもお参りにも行ってるらしく、お守り・おみくじ・お札なんかもありました。愛宕大神のお札は、コレラ除け![]()
明治9年に廃刀令が出るまで使われていた鞘の見本箱。漆塗りの美しいのもでした。
うさぎとたぬきの形の火鉢。これがすっごく可愛くて、売ってたら絶対買ってた。←でも結構大きい
八重の桜で美味しいトコ総取りだった大隈重信邸の厨房の写真は、ホテルの厨房か![]()
ってくらいの広さで、料理人が大きい魚を捌いてた
子供が遊ぶ着せ替え人形は、かつら付き。 手習い帳はたくさん練習したので、真っ黒。
モース語録も面白くて、
学生が私に将棋を教えようとしたが、込み入り過ぎていて理解出来なかった
(←モースは帝国大の教授)
黒い歯を持つ既婚の婦人達は、外国人にとってぞっとする程驚くべきものである![]()
顔はどこからどこまでも剃ってしまう![]()
など。
いやー今でも、黒い歯見たらぞっとするよ。清州会議みて、ゴウリキさんのお歯黒、こぇぇぇ~~~
って思ったし。(彼女の場合、時代劇が似合ってない)
明治以降、多くの日本独自の文化が失われたけれど、モースさんのおかげで、こうして貴重なものが見られることに感謝です![]()
さてさて。企画展では幕末の江戸城大奥という展示があり、そちらも行ってきました。
幕末の大奥ってことで、天璋院(篤姫)と静寛院宮(和宮)所有のものが充実してました。
いやー、豪華でした。目の保養になりました![]()
庶民のくらしを見たばかりだったので、豪華絢爛、眩しい眩しいw やっぱり、こっちのほうが上がりますね![]()
初めて見たもっちーのママの写真。
知らなかったんですが、大奥で暮らしてたんですね。江戸城無血開城の後は静寛院宮と一緒に暮らして、明治37年没 84歳。
和宮さまを江戸に迎える際に『御輿入れ』か『御入城』か、どっちにしたらいいのか相談してる書があったんですけど、・・・結局どっちにしたんだ
謎。
天璋院所有の茵(しとね)もあり。 挨拶にきた和宮さまは下座で畳の上に座らされて、上座には天璋院さまが茵敷いて座ってたって有名なシーン。その茵なのかなwww (茵なんて漢字初めて見た。)
慶喜さんの後、徳川宗家を6歳で継いだ徳川家達くんの書状や写真もありました。
かわいぃぃぃ~~~~( ´艸`)
天璋院さまに宛てた書状は、なんか字汚いな~って思ってたんだけど、7歳の字だって気づいて驚いた![]()
7歳であれだけ書けたら素晴らしい。
だいぶ大人なわたしは半分も読めなかったけどな。
そういえば、慶喜さんの正室の美賀子さまのものが何にもなかったんだけど、大奥で暮らしてないから仕方ないのか![]()
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それにしても完全スルーだったのは可哀そうな気がします![]()
そういえば。近くにいた男子3人組が、ずーっと、A☆Bの話しててイラっとした![]()
しかも全然見てないの。 なぜ、この場で☆KB
訳わからん。
イバハチの錦絵もこうやって売られていたのかな。


