萩2日目。長州旅行最終日です。
市ィの家のもうちょっと先に来年の大河で知名度UP間違いなし
の楫取素彦さんの自宅跡があります。
ホントに何にもないです。
しかも妄想できるほど楫取さんのこと知らないので、どうしようもないという![]()
楫取素彦って誰よと思ってる人が多いと思うので、簡単に説明。
兄があの松島剛蔵
苗字違うから兄弟だって気づかなかったですよ。
高杉さんと一緒にイギリス公使館焼き討ちに参加してる人で、下関戦争では庚申丸に乗り、自らの指揮で戦ったり。
第一次長州征伐で藩政が俗論党に変わった時、捕縛され野山獄へ。
その後、高杉さんが功山寺でクーデターを起こしたので、処刑されています。
そんな兄を持つ楫取さんなので、特に危険なことはせず松陰先生が亡くなったあと松下村塾で教えてたり、ちょっと藩のために動いてみたりしてたようです。
維新後は堅実に県の職員を続け、明治9年に群馬県令(いまでいう知事)になります。
県令になってからは養蚕業に力を入れたり、全国で初めて娼妓廃絶を布告したり。
廃娼運動の中心になってた人は新島襄の影響でクリスチャンになっていた湯浅治郎さんって方です。
このあたりでジョーがうっすら出てくるのか、スルーなのか。
富岡製糸場の基礎を作った事になるのかな。明治の工業に興味ないからよく分からないんだけど。
で、大河にするほど面白いのか
特に維新後がつまらなそうな予感しかしない。
☆おまけ☆楫取さんの弟さんの松田謙三さんは岡山県で私塾『明志学舎』を開いてたそうです。
1691年 萩藩三代藩主 毛利吉就公が開基となって創建された黄檗宗の寺院です。
毛利藩主の奇数代がこちらに祭られています。
500基の石灯篭が建つ風景は圧巻です。
この石燈籠は家臣らが寄進したもので、その一基一基に弔う藩主・夫人の法名と寄進者名・年月日が刻んであります。
ここには『元治甲子殉難烈士墓所』があって、禁門の変の幕府への謝罪の為、自刃した三家老や、野山獄で処刑された市ィの伯父さんの山田亦助さん、松島剛蔵さんや周布政之助さんのお墓があります。






