萩も4回目なので、そうとうマニアックになってます。
定番の城下町はスルーしてますので、ご了承を。
萩に来たら外せない、萩博物館
夏みかんがたくさん実ってました![]()
わたしの定番になってるのが、ここのレストランで旬の魚フライ定食を食べること。
魚フライが美味しいんですよ~~~。絶対おススメ
萩博物館の今回の企画展
生誕170年記念特別展 山田顕義と近代日本
市ィ好きならたまらない展示
変わった展示物が・・・
入歯
入歯だったんだ
ちょっとショック。 だって亡くなったの49だよ
入歯・・・早くない
頭蓋骨、レントゲン写真
市ィは但馬生野の変で自害した河上弥市(奇兵隊第二代総督)の最後の地に建立された碑を見に行ったあと、 生野銀山の視察途中に倒れそのまま亡くなってしまったのです。
死因は暗殺説・心臓麻痺・腐骨症・肺炎といろいろ言われていたのですが、頭蓋骨とレントゲンを調べた結果、転落したときの頭部の損傷から死因は転落死だろうということです。
ただし、骨だけの検査結果なので、心臓麻痺・肺炎説は完全に違うとは言えないとのこと。
身長は150cm、血液型はA型 わたしと同じじゃないか~~~
高杉晋作資料室では吉田栄太郎(吉田稔麿)さんの特別展示もあり、いや~大満足でした![]()
まだ、高杉さんが使ってた甲冑の展示してました。いつまで特別展示中なんだろ。
で、展示を見終わったら、お庭を見ながら外で夏みかんソフトクリームを食べるのだ。
これが美味しいんだ
その後、遊覧船に。
すっげー小舟感。 これに6人乗って川下りです。
なんとこの遊覧船、小舟なのに
その後は、ぶーんと車を走らせて
恵美須ヶ鼻造船所跡
安政3年(1856年)12月、長州藩初の洋式軍艦『丙辰丸』がここで造られました。
万延元年(1860年)には2隻目の『庚申丸』が出来ました。
万延元年(1860年)閏3月、高杉さんはこの丙辰丸で萩から江戸までの海洋実習に行きます。
が、突然。 船乗り無理だ。と諦めてしまいます。
この実習のとき書いていた日記『東帆録』があります。
殿が丙辰丸を東海に航海させると決められた。僕もそこに選ばれた。閏3月30日に命令が下り、親戚たちに相談したら『危険な航路だからご辞退申し上げた方がいいのでは』と言われたが、僕はこう言った。
『男児として宇宙の間に生まれたのです。筆や硯の家来になどなりたくありません。ましてや殿の命令ですよ』
高杉さんらしいな。
4月5日 僕は家を出て、ついに船に乗った。船は恵比寿岬に繋がれている
防波堤の石積みが当時のまま残っているんだけど、肝心な防波堤の写真が無かった![]()
車の後ろね。
防波堤から海を見る。 きっと高杉さんもこの景色を見たんだ。と黄昏てみる。
おまかせコースをいただきました![]()
金太郎のお刺身、美味しかった~
相方氏はアマダイが食べたかったんだけど、出てきませんでした。
残念





