東光寺を出て向かったのは松陰先生、高杉さん、久坂くん、栄太郎さんたちのお墓参りへ。
下から
戻ってきて、松陰神社へ。
去年のお正月の松下村塾。 誰もいなかったの。
松陰先生は野山獄から帰ってきてから杉家の3帖半の部屋に幽囚されるのです。
で、こんなんあった。
これ、お米を精米する器具なんです。足で踏んで使うんだけど。
天井から板下げてみました~
これで、ぺったんぺったんしてる時間も読書が出来るって訳です。
寝ながらゲームしたいからゲーム機置く台が欲しいわ~と言っているわたしとは大違い
松陰神社に来たらここは外せない![]()
至誠館
石で書いた立志。 前は無かった。
至誠館の企画展示は前原一誠生誕180周年記念
「松陰先生と前原一誠 - 誠実・寡黙な志士 -」
こちらの展示物で気になったのは
前原さんが松陰先生に送った手紙
前原さんの手紙の裏に松陰先生が九一・靖宛てに手紙を書き、九一はその続きに返事を書き、その返事を松陰先生が書き、前原さんにこの手紙を転送するようにとヤジに送ったもの。
前原→松陰→入江九一・靖→松陰→ヤジ→前原 とグルグル回ってるんですよ。
これだと、松陰先生と九一とのやりとりも前原さんが分かるのがいいですよね。
通過点のヤジがよく分かんないですけど。
貰った手紙の裏に返事って、よく見かけるけど読みにくくないのかな。
孝明天皇から賜った草履の片方
上賀茂、下鴨、石清水へ行幸の時、前原さんが孝明天皇の護衛をした時に拝領したもの。
もう片方は西郷さんが持ってるとか。
長州藩が京で輝いていた時期ですね。 残念ながらその頃の京のこと知らないんだよなぁ。
でも、なんで草履片方づつなの
履けないじゃんね。(←履かないのか)
高杉さんから前原さんへの手紙
四境戦争のうちの前原さんが指揮していた小倉口で勝利した時のもの。
自分の病気は体に深く根付いた病なのですぐには治りません。残念ながら寝込んでいます。笑ってやってください。
勝男武士を差し入れします。受け取ってください。谷潜蔵 慶応2年10月8日
勝男武士=かつおぶし
松田屋ホテルで見た手紙より、こっちのほうが先でしたね。
長州観光に来ても元気な高杉さんのイメージしかなくて、こうやって手紙を見ると辛い。




