夜と霧、そしてライブイズビューティフル | 曖昧のかたまり

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日々おこることは運命ということにしておこう

アウシュビッツでの体験が綴られた『夜と霧』を読み終わり、重い空気に包まれ、【全てが奪われたような状況でも、選択の自由は奪えない】というような部分が、とても印象的でもあった。どんな過酷な状況であっても、自分の態度は自分で選べるということ。人生を生きる上で最も大切な考えかもしれないと感じたけれど、日常生活において、それがとても難しかったりするのだ。
こうやって人の体験や考察から学べるというのは非常に有難い機会だと思う。

そして、ふと30年ほど前の映画(ライフイズビューティフル)を観たくなった。関連してお父さんがアウシュビッツで射殺されたシーンに衝撃を受けたことが鮮明に思い出されたからだ。久々に観たこの作品では、主人公が妻に出会い結婚するまでと、一人息子が生まれたあとの賑やか、かつ心穏やかな日常が描かれており、そこから突然平穏が奪われ,アウシュビッツの収容所に連行されるのだが、収容所で子供が殺されないように、お父さんはひたすら息子の存在を隠し、家に帰りたがる息子には収容所での生活をゲームに置きかえ、ポイントを貯めて優勝すると戦車が貰えるのだと伝え、ユーモア溢れる発想で過酷な日々を乗り越えていく。それは父親が子供に【自分の態度は選べる】ことを行動で教えたのだと思う。
この作品のなかで、お父さんの発想の転換やコミカルな動きを見るたびに、胸が締めつけられる思いだった。
環境は選べないけれど、この作品のお父さんのように、現状を受け入れ、面白おかしく生きていけるだろうか?いや、そうありたいと改めて感じたのだった。