前話『《結婚しました》前・後編』のスピンオフ花束

inesさまのコメントから突如妄想した結婚式場スタッフサイドストーリーです。

AO、クラユリも出てきますが、ほんのりです。加えて内容も大層偏っております。その点をご理解ご了承の上お読み下さいませおねがい

 

 

 

 

《オリキャラ登場人物》
Ines/花嫁介添人/イネスさま
Asuka(明日香)/花婿担当ヘアスタイリスト/ならんとさま
Ayaka/ウエディングプランナー/彩夏さま
※なお、お借りしたのは名前のみで、ご本人の性格、性質、性癖とは一切関係ありませぬ(ホントかな)。

 

 

 

 

花嫁介添人Inesの憧憬

 

美しい、という表現が陳腐に聞こえるほどの──美しい花嫁だった。

私がお世話してきた新婦歴代ナンバー1!

差別するわけじゃないけれど、いつもより気合が入ってしまう。仕方がない、人間だもの。

たった今、新婦の控室へ入っていった新郎も、モデル並みの長身と整った顔立ちだった。

美男美女カップルって実在するのだわ、と素直に思う。

他人の夫にときめくなんて、生まれて初めてかもしれない……。

──いけない!

私は妄想を断ち切るように首を振った。

花婿に見惚れる余り、ドレスのトレーンを踏んづけでもしたら大問題だ。聖域を土足で穢すようなものだからだ。減給どころでは済まないだろう。

私の仕事は、一生に一度ともいえる晴れの舞台の主役である花嫁をサポートすること。失敗は許されない。

 

──だけど……。

あのつんつん跳ねた黒髪は何とかならなかったのかしら。額もあんなに隠しちゃって。勿体ない。想像だけど、彼のおでこはとっても綺麗な形をしていると思うの。そうね……、私なら、ゆるふわオールバックで決めるわね(どんなんじゃ)。

今日の花婿担当ヘアスタイリストは誰だったかしら──あぁ、Asuka(明日香)か。

相変わらず保守的なんだから。披露宴パーティなんだからもう少し華やかにすればいいのに。18世紀じゃああるまいし、花婿が引き立て役だった時代はとっくの昔に終わったのよ。男性が自分の恰好に無頓着なのはいつものことなんだから、そこを上手に持ち上げて、その気にさせるのがヘアスタイリストの役目じゃないの。

──ははぁん……。

どうやら、Asukaも花婿に惚れたようね。罪作りな男。花嫁も気が気じゃないわね。──ってことは何? 我が社の女性スタッフはあまねく彼の虜になっちゃったってこと?

──いや。

一人、例外を忘れていた。

 

長い廊下の突き当たりにある豪奢な扉の近くに立っているのは、ベテランウェディングプランナーのAyaka(彩夏)である。背筋をぴんと伸ばして微動だにしない。その癖、視線だけは一定間隔で上下左右に動いている(まるでロボットだ)。新郎新婦が入場するまで蟻の子一匹逃さないという眼光である。

遠目でも見て取れるきっちりかっちりシニヨンヘアは今日もばっちり決まっている。トップのお団子部分に向かって放射線状に集まる均等な筋を初めて見た時は、精巧なヘルメットでも被っているのではないかと疑ったほどだ。

しかし、間違いなく仕事ぶりは尊敬に値する。

彼女に比べたら、私なんてまだまだ甘ちゃん。業種は違えど学ぶべきことは多い。

 

それにしても、AsukaとAyakaって紛らわしいわ。Asukaを呼べばAyakaが振り向くし、Ayakaを呼べばAsukaが振り返るし、酷い時は二人同時に「呼んだ?(Asuka)」「何か?(Ayaka)」と言うし(聞き分けられる自分も凄いと思う)。

はあぁ、ややこしいったらありゃしない。

腕時計に目をやった。時間だ。私は姿勢を正し、控室のドアをノックした。

 

部屋から出てきた新郎新婦は、窓からの光に照らされ、美麗な絵画のようだった。

「お待たせしました」

高い位置から届く繊細なテノールの声。──想像通りだわ。

一瞬の油断を叱咤して、

「失礼致します」

私は花嫁の後ろへ周り、慎重にトレーンを持ち上げる。

「そのまま前方へお進みください」

「ありがとう」

艶やかなメゾソプラノ。魅惑的でありながら芯の通った声音。

もう一度聴きたい。歩調を合わせながら、私は、彼女の唇が言葉を発するのを待っている。

あぁ、まただ。

──しゃんとするのよ!

私は今度こそ、雑念を振り払った。

 


 

 

 

花婿担当ヘアスタイリストAsukaの夢想

 

私が恋に落ちたのは、よりにもよって、他人の夫になる方でした。
恋に落ちた途端、失恋決定。
花婿担当ヘアスタイリストという因果な商売を選んだ時から、いずれは訪れるに違いないとはがねの心を育ててきたつもりだったのに、いざ遭遇すると、そんなやわな覚悟は薄氷うすらいの如く粉々に砕け散ったのです。
「よろしくお願いします」
ソフトな低音に振り向いた瞬間、私は躰中に電流が走るのを感じました。

 

ビビビびビビビビびビビビ美ビビビ────ッ!!!

 

何ということでしょう……。
幼い頃から物語の世界で私を魅了し続けてきた伝説の王子が、遂に目前に現れたのです。
濡れたようにつややかな黒髪、額の片側から首筋へ流れる豊かな毛量、くりんと跳ねる毛先(髪以外目に入らない職業病)。あぁ……触れたい。その跳ねを手櫛でおさえてさしあげたい。
「すみません。これでも朝、シャンプーしてきたんですけど……」

 

──はっ!
「と、とんでもない!」
触れても良いんだわ。私は彼のヘアスタイリストなんだもの。ラッキィ!(こら)。
「そっそんなの、全然跳ねているうちに入りませんわ!」

 

 

 

 

 

ウェディングプランナーAyakaの永久(とこしえ)

 

ドア際から僅かに漏れ聴こえる音楽に耳を澄ませる。
儚げでありながら心がほわりと温もるピアノ。皮膚が震えるヴァイオリンの音色。
正に、門出に相応しい。幸せな未来への道が約束されたようなメロディだった。
そろそろゲストを入れる時間だ。と思ったところでドアが開いた。

 

光の束が目に飛び込んでくる。そんな錯覚に一瞬陥る。それほど見事な金髪だった。
「そろそろ……時間ですよね?」
透明なソプラノの声が言った。
「はい。何か、不都合はございませんでしたか?」
「いいえ。音も狂ってないし、鍵盤のタッチもちょうど良かったです」
「恐れ入ります。ところで、新郎様からお聞きになっていることかと存じますが──」
「分かっています」
長身のヴァイオリニストが答える。
「それでは新婦様と鉢合わせになる前に、お部屋へご案内いたします」
私は踵を返して歩き始めた。

 

「オスカル、びっくりするかな?」
「そりゃあそうだろ。目をひん剥いて俺たちを見るあいつの顔が目に浮かぶぜ」
「ボクも二人に頼めば良かったな。貴方には内緒で、サプライズゲスト演奏」
「おいおい無理に決まってるだろ。真っ先に顔に出るやつが」
「その前に、嬉しくて真っ先に貴方に喋っちゃうかも」
「お前さぁ、サプライズの意味知ってるか?」

 

楽しそうに弾むソプラノとバリトン。音楽家ともなると、声さえも音色に聴こえてくるから不思議だ。
「ゲストの案内が全て終わりましたらお呼びいたしますので、それまでこちらでお待ち下さい」
私は、念のため、披露宴会場から一番離れた控室のドアを開けた。
「ユリウス、早く中に入れ。お前が一番見つかりそうで怖いんだよ」
「酷い、クラウス! ボクはそんなに迂闊じゃないよっ」
「ほれ、その声、廊下に響き渡ってるぞ。あいつの聴覚をナメんなよ」
亜麻色の髪のヴァイオリニストにたしなめられ、ごめんなさい、と縮こまる彼女が愛らしかった。

 

聞けばこのカップルも、ほんの一ヶ月前、ドイツで式を挙げたばかりらしい。
国境を越えた幸せの連鎖。素敵だわ。
「では、他にご要望がありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
私は一礼し、その場を辞した。

 

 

 

 

 

小品

 

今日も一日無事に終わった。
私はアパルトマンの鍵を開け、靴とストッキングを玄関で脱ぎ、バスルームまで裸足で歩き、丸めたストッキングを洗濯カゴへ放り投げると、シニヨンヘアのゴムをほどいた。
ばさり、とロングの黒髪が宙を舞い落ち、それと連動するように緊張の糸がけていく。
いつの間にか染みついた仕事終わりのルーティン。
──そろそろカットしようかしら。
毛先を弄びながら鏡を覗くと、背後から愛しい顔が映り込む。
「お帰り、Ayaka」
私はゆっくりと振り向いた。
「ごめんなさい、煩かった?」
「全然」
「そう? 執筆の邪魔をしちゃったのかと」
「ちょうど小休止してたとこ」
彼は片手にグラスを持っていた。
「ビールで」
「それは小休止とは言わないんじゃない?」
「堅いこと言わないで。君も飲む?」
「先にシャワーを浴びたいから」
「分かった」
彼はあっさり引き下がる。
「僕がグラスを磨いておくよ」
「──キムワイプで?」
「キムワイプで」
心底嬉しそうにそう言って、彼はキッチンへ戻っていった。
彼は、理系出身の小説家。こだわりが強く、偏愛が激しい私の恋人。
いったい私の何が彼をひきつけたのか、時々訊いてみたくなる。けれど答えを聞いても、恐らく理解できないだろう。
そして多分、彼の何処に惹かれたのか、私も明確には回答できない。

 

バスローブを羽織ってキッチンに向かうと、恋人が待ち構えていた。彼は私を椅子に促して、キムワイプで磨いたグラスにビールを注ぐ。慎重に。
「ほら、見て。気泡ひとつない」
至福の微笑み。
「そうね。綺麗ね」
私も微笑む。
「うん、綺麗だ……」
こんな時、普通の男なら、恋人を見つめて同じ台詞を吐く。しかし彼の視軸は真っ直ぐグラスを指している。魂だけが何処か遠くを浮遊しているみたいに、その世界に没入している。
数秒間、二人でグラスを見つめた後、私は琥珀色の液体を一気に飲み干す。それから彼に抱きつき、ふうーっ、と首筋に魂を吹き込む。彼は息を吹き返し、漸く私の存在を認める。
それが彼と私の、いつもの儀式。
お似合いの恋人たち──。
それが彼の小説のタイトル。
拘りが強く偏愛が激しい──けれど誰よりもなよびかな──私たちの物語。

 

 

事が終わると、彼は猫のようにシーツの上で丸くなる。
その隙間に私も入り、丸くなる。
「ねえ、猫を飼わないか」
と彼が言った。
「素敵」
と私は答えた。

 

 

 

 

 

 

「キムワイプ」とは?
詳細はこちら
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