少し早いですが、ジューンブライドですウエディングケーキ

 

 

こちらの二人は5月の花嫁ウエディングドレス

 

 

 

 

「何だ、これは?」
間もなく五月も終わる日のことである──。
帰ってきたばかりのオスカルがテーブルの上のハガキを手に取り、誰に言うともなく呟いた。
「見たか? アンドレ」
見たに決まっている。何故なら、同じ部屋には今、彼女の他にアンドレしかいないのだから。
コーヒーメーカをセットしたばかりのアンドレが振り向いた。


──じゃあ誰がそこに置いたと思っている?

しかし間違っても、そんなことは口にしてはならない。
漸く、マリッジブルーが薄らいできたところなのだ。寝た子を起こすな。
「良く撮れているよね」
「そうかぁ? にやけすぎだろ」
彼女は写真の男を指差した。
ハガキには、『結婚しました』というキラキラ太文字の下に、フロックコートとウェディングドレス姿の新郎新婦が0.1ミリの隙間もなく、ぴったりくっついて並んでいた。
まぁ確かに……、にやけていないと言ったら(閻魔えんま様に舌を抜かれるレベルの)大嘘になる。

 

「それくらい良いじゃないか。幸せ真っ只中なんだから」
「……ユリウスは綺麗だな」
「そうだね、綺麗だ」
それよりも、とアンドレは被せるように先を続ける。
「六月の花嫁は、もっと綺麗だろうな」
彼は彼女の耳もとへ唇を寄せ、楽しみだ……、と囁いた。瞬時に、オスカルの頬が赤く染まる。
「わ、わたしはユリウスみたいにはいかないぞ。でかいし、あちこち骨張っているし……」

 

「そんなことはないと思うよ」
アンドレは思わず、ぷっと吹き出す。
「大丈夫、俺が選んだんだから。世界中で一番、お前に似合うドレスをね」
マリッジブルーの原因の一つがこれだった。
パリ随一の規模を誇るブライダルドレスショップで、膨大な量、及びデザインのウェディングドレスを前にして、オスカルは忽ちキャパオーバになり、パニックを起こしたのだ。

 

「ドレスなんか着ない! パンツスーツでいい! いや、もう籍だけ入れれば良いっ!!」
──じょ、冗談じゃない!
そんなことになってみろ。俺はともかく、親族一同が許さない。特におばあちゃんからどんな罵詈雑言非難を浴びせられるか、考えただけでも身の毛が弥立よだつ……(オスカルが絡むと、如何なる理由であろうとも、全ての非は彼にあると決めつけるのだ)。
どうどうどう……とアンドレは彼女をなだめ、落ち着かせ、自分の好みと彼女の好みを脳内スーパーコンピュータで精緻せいち且つ鋭敏に計算し、慎重且つ迅速に一着のドレスを選び抜き、彼女の前に差し出した。
「なら、これは? どうだ?」

 

すると──、
幾重もの暗雲で覆われた彼女の表情かおが少しずつ……、晴れやかに変幻していく。
「まあ……、これなら着てやっても良い」
ふうぅっ……。
彼は額の汗を拭い、密かに安堵の息をついた。


──婚約者様、素晴らしいっ!!
その日、その場に居合わせたすべての店員が、音の無い拍手をアンドレに送った。

 

 

 

 

「何だ、これは?」
結婚式の最終打ち合わせの日のことである──。
オスカルは右の眉を吊り上げ、テーブルの向かいの相手と、テーブルの上のパンフレットを交互に睨んだ。
「はい。こちらサービスで、『結婚しました』ご報告ハガキを5枚、お付けしております。別途料金はいただきますが、枚数の追加も承ります」
一筋の後れ毛も許さない、きっちりアップおだんごヘアのブライダルプランナーがにっこりと微笑んだ。
「勿論お写真は、お気に入りのものをお選びいただけます」

 

──あれか。
あのドイツから届いた小っ恥ずかしい代物と同じやつか!
「そ、そんなもの送るわけないだろっ! キャンセルだ!」
「待て待て! オスカル、早まるな」
アンドレは慌てて彼女を止めた。
「アンドレ、お前まさか、あれをばらまくつもりか? 正気か?」

 

「そうじゃなくって……、分かった、オプションの追加はやめよう。でも、せっかくだから、サービスの5枚だけは有り難く貰っておこうよ」
「あんな恥ずかしいもん、出すところなんか一軒も無いっ!」
アンドレは、震える肩を優しく押さえる。
「でもな、オスカル」
説得の心得その1→相手の目をしっかりと見据える。
「少なくとも、ゾンマーシュミット家には出すべきだと思うぞ」

「うっ……」
こう見えて、彼女は義理を欠くことを嫌うのだ。
「それと、ジャルジェ家とグランディエ家も欲しいと思うぞ。特に、うちのおばあちゃんが」
説得の心得その2→身内の情に訴えかける。
「それは、まあ……」
更に、おばあちゃんに弱いオスカルは反論できない。

 

「それから俺も、記念に1枚欲しいな。他の写真と一緒に飾っておきたい」
説得の心得その3→熱い目を潤ませ、とことん見つめる(「泣き落とし」ともいう)。
「え、ええぇ~……」
揺れる漆黒の瞳には、もっと弱い。
「そうだ、手配は全て俺がやっておくから。それなら良いだろう?」
説得の心得とどめのラスト→つまり、とっとと忘れさせる。
「そこまでお前が言うのなら……」
オスカルは、渋々納得した。

 

──婚約者様、お見事ですっ!!
固唾かたずを呑んで一部始終を見守っていたブライダルプランナーは、心のなかで喝采した。

 

 

 

 

 

 

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