宮原家別邸の老執事は、
麻里の突然の訪問にも、
いつもと変わらぬ笑みで出迎えた。
麻里は話があって来たと言い、
麻里専用の部屋ではなく
老執事の執務室を希望した。

老執事がミルクティーを用意している間、
麻里は室内の目に付く場所を物色した。
麻里はこの老執事を「じい」と呼び、
小さな頃から慕っていた。
なので、こうやって隠れてコソコソするような
真似は正直気が引けたが、仕方がないと
腹を括った。

コンコン

老執事が戻ってきた。
麻里は一瞬迷ったが決めた。
今いる管理簿ボックスの前から動かず、
老執事が入って来るのを待った。

カチャ

入ってきた老執事は驚かなかった。
まるで全て分かっているかのように。
静かにテーブルにミルクティーを置く。
そして、そのまま麻里が腰掛ける椅子の
後ろに控えた。

その様子を見ていた麻里は、
管理簿ボックスから一冊の台帳を抜き取ると
老執事の控える前の椅子に腰掛けた。
台帳を膝の上に置き、ミルクティーを口にする。

「うん。美味し‥」

「それはようございました。お嬢様」

「じい。そこにいないでここに座って」

麻里はこう言いながら自分の前の椅子を指した。
老執事は笑みを崩さず答えた。

「お嬢様。私はこちらにおります」

「じい‥そう。分かったわ。

 今日は聞きたいことがあるの」

麻里がゆっくりと後ろを振り向くと、
頷く老執事と目が合った。
麻里はその見慣れた老執事の顔を見て、
前に向き直した。
そして、台帳をテーブルの左側に置き開いた。

「じい。これ見て」

麻里は指でその箇所を指しながら言った。
老執事は少し前屈みになりながら、
その箇所を見た。

「備品管理台帳でございましたか」

「そうよ。勝手に見て悪いなんて思わないから」

「もちろんでございます。お嬢様」

「じい。先週、滝沢はずっとここにいたわよね」

「滝沢でございますか?」

「そうよ」

「さあって。どうでしたか‥」

「じい。滝沢がお祖父様の秘書だから

 ごまかそうとするのよね」

「お嬢様。そのような‥滝沢がいたかどうか、

 この老いぼれ‥最近とんと物忘れがひどくて」

「じい。加湿器、一週間貸し出されてるわ。

 ここにサインもある。

 それでも、滝沢はいないと言うの?」

「はぁ‥さて、お嬢様。

 滝沢は風邪を引いて声が出なくなり、

 加湿器が必要になって、高雄に戻る際に

 借りていっただけではないでしょうか。

 そして‥」

「じい。分かってるのよ。

 滝沢が台北にずっといたことは‥

 そんなことが知りたいんじゃないの。

 誰か尋ねて来たとか、どこに行くとか

 言ってなかった?」

「お嬢様。申し訳ございませんが、

 ご存じのとおり‥会長秘書は秘密裏に

 動くことも多いと聞きます。

 私共に覚られるようなことは‥」

「じゃあ、滝沢と入れ代わりに

 沢口が来てるけどどうして?」

「沢口ですか‥」

「沢口が高雄を離れるなんておかしいわ」

「お嬢様」

「沢口なら、

 何かあれば部下を動かせばいいことでしょ。

 沢口が特別なことくらい私だって知ってるわ。

 沢口が動くなんてよっぽどのことよ」

「お嬢様」

「じい。私が来たことお祖父様に報告するでしょ。

 秘書に何させてるのか探りに来たって

 言っていいから」

「お嬢様‥」

「じい。お祖父様は私のだいじな人を・・・」

麻里は言葉が続かなかった。
両手で顔を覆ってしまった。
そんな麻里を見て、たまらず老執事が口を開いた。

「お嬢様。このじいにおまかせください。

 お嬢様の大切なお方は、じいにとっても

 大切なお方です。彩人様をお守りしましょう」

「じい」

麻里は立ち上がり振り向くと、じいの両手を取った。

「じい。滝沢は紫堂グループに入り込んでたの。

 だから、今回の彩人のこと‥何か心配なの。

 お祖父様も、紫堂のお爺様も‥

 怖いわ。

 意味もなくこんなことしないでしょ?」

「お嬢様」

「じい。彩人は滝沢を信じてるの。

 だから」

「お嬢様。大丈夫です。このじいがお守り致します。

 必ず‥」

「じい‥」


麻里はドアの前で、
昨夜の老執事の言葉を思い出していた。

じい‥
大丈夫よね

麻里はドアの向こうにいる彩人に逢いたくなった。


トントン
トントン

「麻里」

トントン

「麻里、麻里」

自分を呼ぶ彩人の声。
麻里はもう迷わなかった。

「彩人」

麻里はドアを開けると彩人の胸に飛び込んだ。

「麻里?」

「彩人。大好きよ」

麻里が彩人の胸に言った。

「麻里‥知ってる」

彩人は麻里の髪に顔を埋め、麻里を強く抱きしめた。




~~
☆この後、麻里はどうするでしょ??
 ラブラブなふたりなのできっと大丈夫‥?
 前回の8、ちょっとずつ手直ししました。
 どこが?と言われたら何も申せませんが、
 宜しければ再読くださいませね。
 では、読んでくださって感謝です。。
翌朝‥少し重い頭に手をやりながら、
彩人は麻里を迎えに行った。

昨夜、麻里から電話があった際、
携帯を置いてトイレに行っていた
彩人の代わりに、渉が出た。
渉は、

「兄貴はすぐ戻る」と、「コールバックさせる」

と答えたが、
麻里は、

「別にいいのよ」

と電話を切ってしまった。
そして、彩人が戻り折り返すも、
麻里は携帯にも部屋の電話にも出なかった。

「風呂にでも入ったんじゃ」

という渉の言葉に、彩人もそうだなと‥
結局、昨夜はそれっきりになってしまった。

トントン

彩人はドアをノックしながら、腕時計を見た。
いつも朝食に行く時間だ。

・・・

少し待っても麻里は出て来ない。
彩人は手に持っていた携帯で、
麻里の携帯を呼び出した。

電源が入ってない~のメッセージ・・・

彩人は麻里に何かあったんじゃ‥と心配になった。
慌てて、もう一度ドアをノックした。


~~
麻里はあまり眠れなかった。
今朝も朝早くに目が覚めた。
麻里は昨日知ってしまったことを、
彩人にどう言えばいいのか‥ずっと迷っていた。
だから、昨夜は電話に出ることを躊躇した。
彩人はへんに思っただろう‥

今朝は目覚めた時から、
彩人がやって来る気がしていた。
そして、それを待っている自分もいる。
麻里はシャワーを浴び、
念入りに身支度を整えた。
残るは気持ちだけ‥と言わんばかりに。


昨日‥
麻里が麦子とカフェに行った時、
麦子が先週末見た画像を思い出したことから
話は始まる。

先週末駆け巡った彩人のニュースで、
麦子はすっかりその画像のことを忘れていた。
その画像には、麦子が帰国する前まで
グループ本社にいた男性社員が映っていた。

その男性社員は仕事ができ、紳士でイケメンだった。
名前は滝沢。

滝沢に憧れていた女性社員はたくさんいた。
画像を内緒で撮った麦子の同僚もその中のひとりだ。
滝沢は男性社員にも信頼されていた。
だから、急な辞令が出た際、
滝沢は自身の送別会を辞退したが、
皆の強い申し出で行われた。
その時、皆で記念写真をという運びになったが、
滝沢は写真は苦手と言い、個別の写真も含め
全て断った。メルアド交換も。
だが、もう二度と会えないかも‥という切実な
女心までは‥滝沢も読めなかっただろう。

先週、金曜日の昼休み、
麦子と仲良くなった同僚の女性社員は、

「昨日の帰り、滝沢さんによく似た人を見かけたの」

と、送別会での画像を麦子に見せてきた。

「ここを去る時、東京に赴任って言ってたけど‥
 あれは絶対本人に間違いない」と。

麦子に「滝沢さんのことを捜してほしい」
と懇願してきたのだ。

麦子も最初、「滝沢」という名を聞いても、
ぴんとはこなかった。
だが、送別会での長い画像を見るうちに
思い出したのである。

彩人と共に屋敷にやって来た長身の男‥

おじいちゃんに「よう来た」と言われてた‥

麦子はカフェで麻里と話すうちに、

あの滝沢って人‥
麻里のおじいちゃんの秘書だって‥
確か‥彩人がそう言ってた。
だから、麻里にどんな人か聞いてみよう‥
て思ってたんだ‥

と、麦子は思い出したことを嬉しそうに説明した。

麻里はそんな麦子の話を聞き、
驚きすぎて思わず平然を装ってしまった。
だから、麦子は気づいていないだろう。

事の重大さを・・・

麦子に滝沢のことは調べてみるから‥と、
それまでは‥と口止めし、
麻里はそのまま普通を装い、
屋敷で夕食を済ませ、
別邸の執事が元気がなかったなどと‥理由をつけ、
夕食後別邸に出かけたのである。

滝沢が勝手に紫堂グループに行く訳がない

麻里は、
唯一信頼できる老執事を頼ることにしたのだ。




~~
☆彩人はかなり待ちぼうけ‥ですが、
 ここで区切ります。
 では、今回も読んでくださって感謝です。。
渉は敢えて、今晩は周平につき合うことにした。

夕食後、
「今夜は飲もう」と誘う周平に、
「今夜もだろ」と渉は内心毒づきつつも、
共にそのままバーに移動してきた。
隣りで額をカウンターテーブルにつけ、
うつぶせ状態の周平は既に酔っ払っている。

周平が酔う前に、
渉はどうして周平があの女と一緒だったのか‥
聞き出していた。

渉はこうしてひとりグラスを傾けながら、
自分を納得させていた。

朝、たまたま目にした女が同じ大学で、
そして、そこに片瀬が絡んできた‥
だから気になったんだ‥
片瀬は大学の後輩だと暗に否定してみせたが、
きっとそれは違う。
片瀬がどう思っているか‥
今日のところは判断しかねるが、
逃げたあの女の方は、
何がしかの感情があるはずだ‥
だから、もう関係ない。
他人の恋愛事に首を突っ込むほど暇じゃない。

渉は、こう結論づけながらも‥

手に持ったグラスに映るのはあの女の顔だった。

悲しいのか‥
いや‥
もっと複雑な顔に見えた‥
年上か‥

・・・

うっ、何考えてんだ‥俺‥

関係ない。
人の女を気にして何になる‥
俺はそこらの暇な学生とは違うんだ‥
するべきことがたくさんある。
関係ない。
絶対に係わらない‥

渉は隣りを見た。
動かない。
寝たな‥
本当にこいつは子犬だ。

渉は携帯を手にした。


~~
遅い夕食を済ませた彩人は、
自分の部屋に戻ってきた。
さっきまで、
由基と麦子のバカップルぶりを目の前で見せられ、
一日の疲れがどっと出たところである。

無理もないか‥
3年も離れてたんだよな‥
あのふたり‥

彩人は書斎に行った。

どこから手をつけようか‥

書斎にある物以外は、
森川が「全てお任せください」と、
手筈を整えてくれることになっている。

彩人は所謂、
引っ越しの経験は今回が初めてだ。
ここに来た時は子供であったため、
両親が何もかもしてくれた。

悩む‥

別荘に行くとはいっても、
この部屋がなくなる訳ではない。
仮に置いていっても
必要になればいつでも取りに来れる。

それでも、悩む‥

その時、机の上に置いてあった携帯が鳴った。
渉からだ。

「どうした」

「ああ、兄貴。食事は?」

「ああ。楽しい食事は済ませたよ。

 今は部屋だ。おまえは?」

「バーにいる。周平は寝ちまった。

 兄貴も来ないかと思ってさ。

 麻里は別邸に行っていないだろ」

「ああ‥そうなんだってな。

 すぐ戻るとは言ってたみたいだが」

「麦子か?執事に会いに行ったんだろ」

「ああ、そうらしいな。

 小さい頃から世話になってる執事がいるらしい。

 麻里が帰ったら聞いてみるよ」

「そうだな。で、どうする?

 それか‥荷造りとか手伝おうか。

 もう‥してるんだろ?」

「あっああ‥そうなんだが。

 なかなかどこから手をつけたら‥

 なんかまだ実感がなくてな」

「兄貴‥」

「会社でも‥

 本格的に引継ぎとかやり始めたんだけど、

 なんかな‥俺もまだまだだな」

「兄貴、行くよ。すぐ行くから。

 兄貴の部屋で飲み直そうよ」

「飲み直すって‥俺は飲んでないぞ」

「ったく‥いいから。じゃ」

「渉!周平はいいのか?渉、渉?

 切りやがった‥」

彩人はしょうがないなと携帯を切った。


そして、悩める兄弟ふたりは
飲み明かし‥語り明かすのだった。




~~
☆今日一日、周平は何も語ってませんが‥
 彼も一応、悩んでます。。
 今回も読んでくださって感謝です。。