翌日。
響子は一日落ち着かなかった。
渉のせいだ。
先ほどから何度も柱時計を見ている。
いつもならとっくに帰宅している時間だった。
でも、今日は帰れなかった。
響子は再び柱時計を見た。
もうすぐね‥
響子は立ち上がると窓際に行った。
ぼんやりともう既に見慣れた中庭の風景を目に映す。
やっぱりはっきり言わないと‥
あの日から渉は、一日の講義が終わると
響子の元にやって来ては、何をするでもなく
響子の持ち込んだ洋書を読むなどして過ごし、
その日の響子の仕事が片づくと駐輪場まで
ふたり一緒に行き、
響子は渉に見送られるという日々が続いていた。
響子は学生達の手前、
「さすがに毎日は‥」と
渉に言ってみたものの、
「何が毎日なんだ?」
と言われてしまった。
確かにこの大学に、
渉にどうこう言える立場の人間はいない。
ふたり並んで歩いていても、
遠巻きに学生達からコソコソされるだけだった。
そして昨日、午後から雨が降り出した。
いつものように響子の元にやって来た渉は、
「自転車は置いていけばいい。
自分が家まで送る」と言い出した。
「明日の朝は迎えに来る」とも。
有無を言わせずとはまさにこのことで、
響子は渉に送ってもらうしかなかった。
渉は響子のマンションのエントランスまで
ついて来たが、響子をエレベーターに乗せると
そのまま帰っていった。
一応、響子は送ってもらったお礼を言った。
「送ってくれてありがとう」と。
それに対し渉は、響子を見ることなく
頭をかきながらぶっきらぼうに、
「明日迎えに来る」とだけ口にして、
もう行くようにと促した。
「それじゃあ、帰り気をつけてね。おやすみ」
と響子は言い、昨日は別れたのだ。
だが、時間が経つにつれ‥
送ってもらうんじゃなかったと響子は後悔した。
思いっきり渉のペースに巻き込まれているからだ。
そして、そんな気持ちのまま朝を迎えた響子宅に、
渉は約束の時間より30分も早く来た。
「思ったより道が空いていた」と言う。
響子の自転車を「どこに置けばいいか」と、
普通に響子の母に尋ねる渉。
「大学から運んできた」と言う。
勝手に何をと憤慨した響子は、
今すぐ抗議に行きたいところだったが、
まだ支度が済んでいない。
代わりに響子の母が、
「案内してくる」と下まで降りて行った。
響子と違って、彼女のメイクは朝から完璧だった。
ちなみに響子の父は出張中で、
兄は結婚して市内で別に住んでいる。
少しして、響子の母は渉と共に戻ってきた。
物凄く上機嫌で。
そして母親は響子を待つ間、
珈琲と手作りのパウンドケーキを渉に出した。
「お口に合いますかしら」と言いながら。
それに対し渉は、
彼の中で一番の笑顔を浮かべてお礼を述べた。
「様子を見てくる」と響子の母は、
渉をリビングに残し、上機嫌のまま
響子の部屋にやって来た。
響子は化粧の手を休めず、
「どうして家に連れて来たの」と
今さら意味のないやり取りと分かっていながら、
母を責めた。
だが、響子の母はそれを完全に無視して、
今さっき渉に言われたと
嬉しそうに話し出した。
「渉さん、親切ねえ。それに感じもいいわ。
きちんとしてるし、
ほんとあんたには勿体ないこと。
今日ね。あんたの大学が終わってから、
紫堂のお屋敷にお招きされたわ。
本当はあんただけのつもりだったんでしょ。
でも今、お父さんが出張中でしょう。
お夕飯、母さんひとりになっちゃうって
心配してくれたのね。
お母様もぜひいらしてくださいって。
何、着てこうかしら」
母が話す間、
何度もはあっと声を上げていた響子だったが、
母がひと息つき、
響子のベットに腰掛けたところでピシャリと言った。
「行かないわよ。そんな話聞いてないわ。
母さんに何言ったか知らないけど、
つき合ってもいないし」
「えっ、そうなの?
響子、あんたがまたそうやって
我がまま言って渉さんを困らせてるんだね。
渉さんが許してくれるからって、
あんまり甘え過ぎはよくないよ」
「はあ、何言ってるの?
我がままは向こうでしょ。
それに彼はまだ学生よ。
つき合うなんて有り得ないわ」
「あんたこそ、何言ってるの。
学生たって院生でしょ。もう立派な大人よ。
とにかくあんたも行くのよ。
あのパティシエ石田から、直々に
教えてもらえるなんてそうそうないことよ。
そうね。動きやすい格好じゃないとまずいわね。
あっ、美容室も行かなきゃ。忙しいわね」
こう言うと母は立ち上がり、
扉の前まで行くと振り返って、
唖然としている響子に笑顔で言った。
「詳しくは渉さんに聞きなさいね。
何でも昨夜、急に決まったそうよ。
渉さんのお兄さん、
明日高雄に行っちゃうみたいだから、
送別会みたいな感じかしらね。
手ぶらでって言われたんだけど、
お兄さんに何か用意した方がいいわよね。
渉さんに相談してみましょう」
響子の母は言いたいことだけ口にして、
部屋から出て行った。
響子は完全に振り回されてると思った。
とにかく一刻も早く支度して、
渉を我が家から連れ出さねばと、
響子は急いで、昨晩選んだお気に入りの
ボアつきジャケットとプリーツスカートに
着替えるのだった。
響子宅から大学に向かう間、
すっかり響子の母を取り込んだ渉に
文句のひとつでも言ってやろうと、
最初響子は意気込んだが、
渉といるとどうしても彼のペースに
飲まれてしまう。
響子の自転車にしても、
「自分が送るから必要ないだろ」と涼しい顔。
響子としては、
言い出したら切りがないくらい、
渉に改めてほしいところがたくさんあったが、
渉にしてみたら、
何をそう怒ってるんだと、
響子の怒る理由がさっぱり分からなかった。
だから響子は、
一日思い悩んだ末、
このままではいけないと、
渉にきちんと言おうと決めたのだった。
カチャ
来た‥
響子の顔が瞬時に明るくなった。
~~
☆またまたお久しぶりですみません‥m(u_u)m
今回もお読みくださって感謝です。。
響子は一日落ち着かなかった。
渉のせいだ。
先ほどから何度も柱時計を見ている。
いつもならとっくに帰宅している時間だった。
でも、今日は帰れなかった。
響子は再び柱時計を見た。
もうすぐね‥
響子は立ち上がると窓際に行った。
ぼんやりともう既に見慣れた中庭の風景を目に映す。
やっぱりはっきり言わないと‥
あの日から渉は、一日の講義が終わると
響子の元にやって来ては、何をするでもなく
響子の持ち込んだ洋書を読むなどして過ごし、
その日の響子の仕事が片づくと駐輪場まで
ふたり一緒に行き、
響子は渉に見送られるという日々が続いていた。
響子は学生達の手前、
「さすがに毎日は‥」と
渉に言ってみたものの、
「何が毎日なんだ?」
と言われてしまった。
確かにこの大学に、
渉にどうこう言える立場の人間はいない。
ふたり並んで歩いていても、
遠巻きに学生達からコソコソされるだけだった。
そして昨日、午後から雨が降り出した。
いつものように響子の元にやって来た渉は、
「自転車は置いていけばいい。
自分が家まで送る」と言い出した。
「明日の朝は迎えに来る」とも。
有無を言わせずとはまさにこのことで、
響子は渉に送ってもらうしかなかった。
渉は響子のマンションのエントランスまで
ついて来たが、響子をエレベーターに乗せると
そのまま帰っていった。
一応、響子は送ってもらったお礼を言った。
「送ってくれてありがとう」と。
それに対し渉は、響子を見ることなく
頭をかきながらぶっきらぼうに、
「明日迎えに来る」とだけ口にして、
もう行くようにと促した。
「それじゃあ、帰り気をつけてね。おやすみ」
と響子は言い、昨日は別れたのだ。
だが、時間が経つにつれ‥
送ってもらうんじゃなかったと響子は後悔した。
思いっきり渉のペースに巻き込まれているからだ。
そして、そんな気持ちのまま朝を迎えた響子宅に、
渉は約束の時間より30分も早く来た。
「思ったより道が空いていた」と言う。
響子の自転車を「どこに置けばいいか」と、
普通に響子の母に尋ねる渉。
「大学から運んできた」と言う。
勝手に何をと憤慨した響子は、
今すぐ抗議に行きたいところだったが、
まだ支度が済んでいない。
代わりに響子の母が、
「案内してくる」と下まで降りて行った。
響子と違って、彼女のメイクは朝から完璧だった。
ちなみに響子の父は出張中で、
兄は結婚して市内で別に住んでいる。
少しして、響子の母は渉と共に戻ってきた。
物凄く上機嫌で。
そして母親は響子を待つ間、
珈琲と手作りのパウンドケーキを渉に出した。
「お口に合いますかしら」と言いながら。
それに対し渉は、
彼の中で一番の笑顔を浮かべてお礼を述べた。
「様子を見てくる」と響子の母は、
渉をリビングに残し、上機嫌のまま
響子の部屋にやって来た。
響子は化粧の手を休めず、
「どうして家に連れて来たの」と
今さら意味のないやり取りと分かっていながら、
母を責めた。
だが、響子の母はそれを完全に無視して、
今さっき渉に言われたと
嬉しそうに話し出した。
「渉さん、親切ねえ。それに感じもいいわ。
きちんとしてるし、
ほんとあんたには勿体ないこと。
今日ね。あんたの大学が終わってから、
紫堂のお屋敷にお招きされたわ。
本当はあんただけのつもりだったんでしょ。
でも今、お父さんが出張中でしょう。
お夕飯、母さんひとりになっちゃうって
心配してくれたのね。
お母様もぜひいらしてくださいって。
何、着てこうかしら」
母が話す間、
何度もはあっと声を上げていた響子だったが、
母がひと息つき、
響子のベットに腰掛けたところでピシャリと言った。
「行かないわよ。そんな話聞いてないわ。
母さんに何言ったか知らないけど、
つき合ってもいないし」
「えっ、そうなの?
響子、あんたがまたそうやって
我がまま言って渉さんを困らせてるんだね。
渉さんが許してくれるからって、
あんまり甘え過ぎはよくないよ」
「はあ、何言ってるの?
我がままは向こうでしょ。
それに彼はまだ学生よ。
つき合うなんて有り得ないわ」
「あんたこそ、何言ってるの。
学生たって院生でしょ。もう立派な大人よ。
とにかくあんたも行くのよ。
あのパティシエ石田から、直々に
教えてもらえるなんてそうそうないことよ。
そうね。動きやすい格好じゃないとまずいわね。
あっ、美容室も行かなきゃ。忙しいわね」
こう言うと母は立ち上がり、
扉の前まで行くと振り返って、
唖然としている響子に笑顔で言った。
「詳しくは渉さんに聞きなさいね。
何でも昨夜、急に決まったそうよ。
渉さんのお兄さん、
明日高雄に行っちゃうみたいだから、
送別会みたいな感じかしらね。
手ぶらでって言われたんだけど、
お兄さんに何か用意した方がいいわよね。
渉さんに相談してみましょう」
響子の母は言いたいことだけ口にして、
部屋から出て行った。
響子は完全に振り回されてると思った。
とにかく一刻も早く支度して、
渉を我が家から連れ出さねばと、
響子は急いで、昨晩選んだお気に入りの
ボアつきジャケットとプリーツスカートに
着替えるのだった。
響子宅から大学に向かう間、
すっかり響子の母を取り込んだ渉に
文句のひとつでも言ってやろうと、
最初響子は意気込んだが、
渉といるとどうしても彼のペースに
飲まれてしまう。
響子の自転車にしても、
「自分が送るから必要ないだろ」と涼しい顔。
響子としては、
言い出したら切りがないくらい、
渉に改めてほしいところがたくさんあったが、
渉にしてみたら、
何をそう怒ってるんだと、
響子の怒る理由がさっぱり分からなかった。
だから響子は、
一日思い悩んだ末、
このままではいけないと、
渉にきちんと言おうと決めたのだった。
カチャ
来た‥
響子の顔が瞬時に明るくなった。
~~
☆またまたお久しぶりですみません‥m(u_u)m
今回もお読みくださって感謝です。。