「由基」

彩人と麻里が同時に言った。

麦子はその声に、目を明けた。

「由基‥」

麦子の声はかすれて、声にはならなかった。

麦子はよろよろと立ち上がり、由基を捜すため
病室内を見渡した。

その時、腕をつかまれ視界が遮られた。

由基だ。

麦子は由基に抱きしめられていた。


(きゃー)


「ごめん、遅くなって」

由基は麦子の耳元で囁いた。

「・・・」

「麦子?」

何も言わない麦子に、由基は腕を緩め一歩後ろに
下がった。

麦子は呆然としていた。

由基は麦子の頬を優しく両手で挟み、微笑みながら

顔を近づけた。

「麦子‥」


麦子は胸がいっぱいだった。

由基の腕の力強さと、大好きな由基の匂い‥
そして、いつもより少し早い胸の音‥

麦子はどれだけ自分が由基を待ち焦がれて
いたのか‥と


「麦子」


その声に麦子は、はっと前を見た。

由基の顔がすぐ近くにあった。


「麦子、大丈夫か」

「由基」

「じいさんなら心配ない」


由基が麦子のうなじに手をやった。


「う、ううん」

彩人がたまらず咳払いした。

「俺達の存在、忘れてないよな」

今始めて、由基はベットを挟んだ向かい側にいる
彩人と麻里の存在に気がついた。

麦子は真っ赤になり俯いた。


「麦子、兄貴が来たんだから、

 じいさんはもう大丈夫だよ」


(何を根拠にA=´、`=)ゞ)


周平はこう言いながら、俯いてる麦子の肩に
手を置いた。

由基は、周平の手を退けるように麦子の肩を掴み
自身に引き寄せた。


~~
由基、周平に続き、特別室に入ろうと
森川が扉に近づいた時、護衛隊長が視界に入った。

森川は扉を静かに閉め、特別室専用の待機所に
向かった。

「隊長、何事かね」

「マスコミが下に集まってきています」

「はぁ‥大御所様がいらっしゃることは知られてないな」

「はい。ですが、空港からお嬢様を追ってきた者達が、

 由基様まで駆けつけられたことから、大御所様に

 何かあったのでは‥と騒ぎ立てております」

「そうか。それならば、広報に発表させる。

 お嬢様は、ご友人のお見舞いにいらっしゃったと。

 そうだな、30分以内には発表させる。

 お嬢様は1時間後に紫堂家にお帰りになる。

 よいな」

「はっ」


隊長は戻っていった。

森川はにやりとした。

森川は、これで今日の任務を無事果たせると
ほくそ笑んだ。




~~
☆やっとご対面できました。
 て、遅すぎ?ですよね。分かっております‥
 読んでくださって感謝です。


森川は後部座席で手を取り合っている麦子と
麻里を何度も振り返り見ては、人知れず苦虫
を噛み潰していた。

全く懲りないお方だ‥

森川は心の中でそう呟き、溜め息をついた。


「森川さん」

「はっはい。何でございましょうか。お嬢様」

森川がいつもの澄まし顔で振り向いた。

「森川さんのところに何も連絡がないってことは、

 たいしたことじゃないってことよね?」

「あの‥そそれは」

言い淀んだ森川を麻里が遮った。

「でもね麦子。‥さっきも言ったけど、紫堂の

 お爺様、ここ1週間くらい食欲がなかったのよ。

 3日前からは、起き上がるのも辛そうで

 ‥やっぱり無理にでも主従医に診せるべき

 だったわ」

「麻里のせいじゃないわ。おじいちゃんが口止

 めしたんだもの‥お薬も飲んでたんだし、

 まさか倒れるなんて‥」

「おお嬢様、きっとお疲れが‥

 大御所様はお嬢様がお帰りになられると、

 張り切っていらっしゃいましたから」

「おじいちゃん‥」



~~
雄三郎は眠っていた。

主従医から持病の高血圧症が悪化したようだ
との説明を受けた。

「おじいちゃん」

麦子は雄三郎の手を握り締めた。

彩人は麻里の肩を抱き、渉は壁にもたれ目を閉じた。

周平は由基に電話するため特別室を出た。

その時、森川が戻ってきた。

「周平様」

森川はそう言いながら頭を下げた。

「じいさん、ほんとはどうなんだ。

 手術しなくていいのか」

「周平様、しばらく入院してもっと詳しく検査

 をする必要があるとのことでございます」

「兄貴!」

「周平」

「由基様、お嬢様がお待ちです」

「ああ」

「由基様、大御所様は‥」

「聞いたよ。主従医を見掛けたから聞いたんだ。

 検査が必要なんだってな」

「ああ、兄貴。麦子が可哀想だ」

由基は周平の肩を軽く叩くと、

特別室のドアを開けた。



~~
☆て、ここで区切らせていただきます。
 次こそ‥

雄三郎は、特別室のソファに腰掛けていた。

たった今、空港に配備させた護衛の責任者に
指示を出したばかりだ。

さて、ひと眠りするかとベットに横になり、
主従医を呼んだ。


~~
由基は駐車場まで走っていた。
ようやく解放されたのだ。
これで、来週から滞りなく契約が進むだろう。

自分の車を見つけると乗り込んだ。

由基は息を整えながら、麦子に電話を掛けよう
と携帯を手にした。
一瞬、考えてから彩人に電話を掛けた。

「彩人、遅くなってすまない。今から向かう」

「・・・」

「彩人」

「由基、麦子に話したよ。麦子なら大丈夫だ。

 ‥由基、今、紫雄会に向かってるんだ。
 
 じいさんが倒れたらしい。詳しいことはまだ

 分からないが、お前もこっちに来い。

 麦子は前の車に麻里と一緒に乗ってる」

「分かった。掛け直す。俺も今から行くよ」

「じゃ、あとで」

「ああ」


じいさんが倒れた。

由基は3年前を思い出していた。

この3年、じいさんは主従医と麻里のおかげで
一度も倒れていないはず‥

定期的に行われる検査結果も良好だったはずだ‥

それなのに‥

どうして?


その時、麦子の泣きそうな顔が浮かんだ。

心配しているだろう‥


由基はゆっくりと深呼吸した。


由基の携帯が鳴った。

麦子からだ。


「由基!!どうしよう。どうしたらいいの。

 おじいちゃんがおじいちゃんが倒れたって。

 森川さんも詳しいことは分からないって。

 今、病院に向かってるの。」

「落ち着いて、麦子。心配ないよ。

 じいさんならきっと大丈夫だ。

 心配ないよ。俺も向かってるから。

 ・・・麦子、ごめん。迎えにいけなくて。

 本当にすまない」

「いいのよ、由基。気にしないで。

 私は大丈夫。気をつけて、来てね。

 待ってるから‥」

「ああ、分かった。

 麦子、じいさんは大丈夫だ。心配ない」




~「帰国」おしまい~


~~
☆まだ会えないふたり。。
 でも、お互い声は聞けたよね。
 次でご対面の予定なので‥よろしくです。。。

※ちなみに「紫雄会」は紫堂グループの病院です。