「おじいちゃん、ただいま」

「おお、麦子や。疲れたろう」

「お、おじいちゃん。そんな急に起き上がっちゃ‥」

「大御所様、ご無理をなさいませんように」

森川はこう言いながら雄三郎に駆け寄り、
麦子から雄三郎を隠すように、
掛け布団を持ち上げるように掛け直した。
雄三郎は片手を軽く上げ、森川に「分かっておる」
と声には出さず呟いた。
森川は布団を素早く整えると、
麦子にいつもの澄まし顔を向け、こう言った。

「お嬢様、お食事をご用意いたします」

「えっ」

麦子は雄三郎の顔を見た。

「森川がお前と一緒に夕飯をと、気を利かせてな」

「お嬢様、大御所様はお嬢様とご一緒にお過ごしに

 なられるのを、大変楽しみにしてお出ででした」

「おじいちゃん‥」

「おお、それなのに‥このような有り様で

 すまん、麦子」

「そんな・・・

 おじいちゃん、これから毎日、顔見に来るからね。

 早く元気になってよね。約束よ」

麦子は雄三郎の手を取り、自身の両手で包み込んだ。


~~
麻里は彩人の運転する姿が好きだった。

無意識に、またいつものように長い間、
彩人を凝視していたようで、
麻里は、車が停まったことにも気づかなかった。

「麻里、着いたよ」

彩人がシートベルトを外しながら言った。

「あっ、彩人、何?」

「ふ‥。麻里、お爺様に会ったんだろう、

 元気だった?」

「う、うん。

 相変わらず孫にとっても甘いお祖父様よ」

「そうか。お元気ならよかった。

 麻里、どうする?このまま帰ろうか」

「えっ、どうして」

「ああ、いや。その、なんか今日は‥

 食欲もあまり‥ないみたいだったし」

「彩人‥ごめん、ごめんなさい。

 違うの。そうじゃないの・・・」

「麻里、落ち着いて」

彩人は麻里のシートベルトを外し、
優しく麻里を抱き寄せた。

「彩人。彩人、私‥」

その時、不意に彩人が麻里の頭頂にキスをした。

麻里の心臓はどうにかなりそうに速まった。


どうしよう‥


麻里は、今朝、麦子に言われた言葉を思い出そうとした。

麦子、私に勇気をちょうだい‥

麻里は彩人の両腕を掴み、ゆっくりと顔を上げた。

「彩人、あのね‥」

麻里は意を決して話し出した。




~~
☆やっと、麻里は彩人に話せました‥

由基は周平の部屋で調べ物をしていた。

周平は先ほどまで、由基の側でゲームをして
いたのだが、喉が渇いたと部屋から出ていった。
おそらくバーにでも行ったのだろう。

(ええっと、まだ真っ昼間でございます。。
 ただ今、午後3時過ぎくらい‥(^▽^;))


由基は、午後から会議のため、
会社に向かう麦子と彩人を病院で見送った後、
自宅に帰るつもりだった。

だが、特別室の外で彩人の話を聞き、
由基の中である疑いが強くなった。
だから予定を変更し、周平、渉と共に屋敷に
戻ってきたのだ。

3年前、由基が屋敷を出る際、処分に迷う
私物を周平の部屋で預かってもらっていた。
その私物の中から、必要となりそうな資料を
引っ張り出し、周平のパソコンを借りて、
由基はある仮説を立てていた。

由基は、調べたデータを持っていたディスクに保存し、
パソコンから自分の履歴を全て消した。

「ふうー」

由基は両手を組みながら上げ、軽く伸ばした。

「さぁー帰るか」

由基はここに置いておく物と持ち帰る物を
素早く判断し、帰る準備をした。

そして、未だに続く後継者教育で、日々苦労が
絶えない可愛い弟にひと声掛けるため、
由基はバーに向かった。


~~
麦子は由基に電話を掛けるため、携帯を出した。

今夜、麻里と約束がある彩人と会社の前で別れ、
麦子はひとり紫雄会に向かっていた。

「麦子!麦子、お疲れさま。

 初日だから疲れただろう?」

「由基。ありがとう、大丈夫よ。

 なんとか無事に終わったわ‥

 今、病院に向かってるの」

「そうか、よかったな。

 じいさんに顔見せたら、

 今夜はゆっくり休むといいよ」

「えっ、由基!!

 あっ・・・そうよね。

 明日から一週間お仕事だもんね」

「麦子‥麦子、今夜寝る前に連絡くれよ。

 俺が子守唄、歌ってやるから」

「由基」

「今夜、彩人は麻里とデートなんだろ。

 俺達も来週、どこかに行こう」

「由基‥うん。私、頑張る!

 頑張るから」

「はははっ。そうだ。そうでなきゃ。

 麦子、どこ行くか考えとけよ」




~~
☆て、長い一日‥
 まだ一日終わりません。終わらせませーん。。

午後、麻里はひとり、宮原家の台北にある別邸にいた。
麻里は窓際に佇み、ぼんやりと外を眺めた。
ここに来るのは、今週二度目だった。


~~
宮原家の本邸は高雄にある。
先週末、突然高雄にいるお祖父様から、

「久しぶりに麻里の顔が見たい」と、

今週の始め、この別邸で会うことになった。

祖父は麻里に、「大学を卒業したら
本邸に戻ってくるよう」言ってきた。

紫堂家に違わず、宮原家でも当主である
祖父は絶対だった。

雄三郎が麦子を想うように、
麻里も祖父にとって、たったひとりの大切な孫だった。


~~
麻里は、今朝、麦子に思いがけず打ち明けるまで、
この一週間ひとり悩んでいた。

何度‥彩人に相談しようか‥と。

でも、できなかった。

何と言えばいいのか、何と言われるのか。

お祖父様が決めたこと、それは即ち決定事項。

麻里が紫堂家で、彩人の側にいられるのは
あと5ヶ月‥

彩人と麦子は今頃、会議の最中だろうか‥

今夜は、彩人と星を見に行くことになっていた。

今朝、麦子に「彩人なら大丈夫」と、励まされたことを
思い出した。

3年も由基と離れて頑張った麦子にそう言われると、
本当に大丈夫だと思える気がしていた。

彩人を信頼している。

だから、大丈夫‥

麻里は、窓に映る自分に向かって静かに微笑むと、
屋敷に戻るため別邸を後にした。


~~
雄三郎は特別室のソファに座り、歯軋りしていた。

「全く、あのふたりは‥」

あのふたりとは、今日の午前、揃って
「働きたくない」
と言った周平と渉のことだ。

何度思い出しても呆れて物が言えない。
雄三郎はどうしたものかと、ゆっくりと首を回し、
考えを巡らした。


たった今、客人は帰ったばかりで、
森川が駐車場まで送っていった。

その客人は、麻里の祖父で雄三郎の親友でもあった。

このふたりの古狸は、共通点が多く、
腹の探り合いが好きだ。

麻里の祖父は、彩人が宮原財閥の中間試験に合格した
との報告をしにやって来たのだった。

実は今回の中間試験は、半年前からスタートしていた。
彩人が、グループ本社に入社して間もなく、
麻里の祖父の腹心の部下が、出向という形で、
彩人のいる部署に配属された。

表向きの担当業務を当然受け持ってはいたが、
本当の任務は彩人の監視だった。
彩人の人となりを、ある意味査定する役目も担っていた。

その腹心の部下に先々週、急に異動の辞令が出た。
先週末、部署で送別会を行い、彩人達は優秀な人物との
別れを惜しんだ。


親友にとって、麻里はたったひとりのだいじな孫だ。
雄三郎は親友の気持ちを容易に理解できた。
自分も麦子のためなら何だってする‥のだから。


雄三郎は少し休もうと、ベットに横になることにした。




~~
☆さぁーー彩人、どうする?!て、ね。。。