その時、麻里は自分専用のエステルームにいた。
うつぶせに横たわり、
アロマオイルで背中と腕、指のマッサージの最中。
麻里はあまりの心地好さにうとうとしていた。

と、そこに若いお姉さんが入ってきた。
麻里の母もお気に入りである
ベテランのお姉さんに何やら囁いている。

「えっ」

お姉さん達の驚く声。

「う、うん‥何?何なの」

麻里は顔をゆっくりと上げ、顎をタオルの上に乗せた。

「申し訳ございません、お嬢様」

ベテランのお姉さんが頭を下げた。

「じゃあ、何でもないのね?

 お姉さん、ハーブティーちょうだい」

「はい、お嬢様」

もうひとりのお姉さんが若いお姉さんに合図する。
ベテランのお姉さんが続けた。

「お嬢様。あの‥余計なことかも知れませんが」

「だから何?」

顔を戻した麻里は、うつぶせ状態のままで聞く。

「はい。あの‥テレビをご覧になられた方がよろしいかと。
 
 すぐにお持ちしますね」

「テレビ?」

麻里は顔を上げた。
若いお姉さんがハーブティーを持ってきた。

「ねえ、テレビって?」

「えっ・・・お嬢様‥ご存じではないのですね」

「だから何、何なのよ」

ふたりのお姉さんがテレビを持って戻ってきた。
手際よくセットしていく。
麻里は身体を起こすとバスローブを羽織った。
ハーブティーを一口、口にすると
カップを若いお姉さんに返した。
ベテランのお姉さんがリモコンを麻里に渡す。

「お嬢様。どうか落ち着いてご覧くださいませ」

「落ち着く?落ち着いてるわ」

麻里はテレビをつけた。
紫堂グループ本社が映っている。

「えっ‥ええっ!」

麻里の手からリモコンが滑り落ちた。
ベテランのお姉さんはリモコンを拾うと
麻里に言った。

「お嬢様、やはりご存じではありませんでしたか。

 お嬢様のお電話、お持ちいたしましょうか」

「えっ、ああ‥うん。そうね‥」

お姉さんは麻里に携帯を渡した。

「お嬢様、こちらです」

「あっはい‥ありがとう」

麻里は働かない頭で携帯を見た。
麦子から着信とメールがきていた。
彩人からは‥ない。

「外して」

「はい、お嬢様。

 何かございましたらお声掛けくださいませ」

3人は一礼して部屋から出て行った。

「彩人が‥うちに・・・」

麻里はしばらく呆然とそのまま座り込んでいた。


~~
由基の会社でも、
突然噴き出た彩人の話題で持ち切りだった。

由基は嫌な予感はあったが、
17時半に約束があったため会社を出た。
案の定、会社の前では由基の番記者達が待ち構えていた。

「由基さん。彩人さんのことはご存じでしたか」

「彩人さんの宮原財閥入り、どう思いますか」

「今回の件、由基さんとも関係があるんじゃないですか」

「由基さん‥由基さん」

由基は記者達を無視し、後方に向かって歩道を走り、
道路を渡ろうと車道の手前で止まった。
振り返ると記者達が追いかけてくる‥

このままではやばい‥追いつかれてしまう‥

と、由基が焦った時‥一台の車が停まった。

乗れと言っているようだ。
由基は目を細めた。

「滝‥沢さん」

由基は一瞬躊躇した。
だが、自分を呼ぶ記者達の声に足を前に進めた。

「早く」

「はい」




~~
☆まだまだ金曜日は続きます‥
 読んでくださって感謝です。。
「ごめんね」

「そうだな」

「由基・・・」

由基の一言にしゅんとした麦子‥

ここは由基の部屋‥出勤前。
麦子は由基の分のお弁当を持ってきていた。
由基は俯いた麦子の顔を身体を斜めにして覗くと、

「うっそ」

「えっ」

ちゅ‥

顔を上げた麦子に由基はキスをした。

「よっ由基」

「麦子、昨日も言っただろ」

「でも‥」

「麦子の気持ち、俺は分かってる。

 麦子も分かってくれたんだろ?」

「うん‥」

「じゃあ、もうこれで終わりな」

「うん・・・明日‥明日はお弁当作るからね。

 明日は大丈夫なんでしょ?」

「ああ、大丈夫だよ。

 せっかく周平が時間をくれたんだ。

 どこ見に行くか、もう決めたのか?」

「うーん。まだナイショ‥ふふ。

 明日は楽しみにしててね」

「ああ。麦子の手料理は何食べても、全部美味しいよ」

「ほんとぉ?もう由基ったら‥」

その気になって照れる麦子。
さっきまで、自分で作ったお弁当を由基に渡せなくて
沈んでいたというのに‥愛は偉大?盲目?

「麦子、時間はいいのか?」

「えっあっ‥着替えないとっ」

「慌てるな。転ぶぞ」

「うん。じゃ由基、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる。麦子も」

「うん。行ってきまーす。気をつけてね」

「ああ」

麦子は手を振りながら部屋を出て行く。
由基も小さく手を振り返した。
麦子が行ってしまうと由基は出かける準備をした。
ふと携帯を手にする。彩人が気になった。

「彩人はまだかな‥」

由基は自身の腕時計を見た。

彩人には今晩にでも何の話か聞けばいい‥
何せ帰る所は同じなんだから‥

「行くか」


~~
森川が飲み物を用意して戻ってきた。
雄三郎には熱いお茶を、彩人にはお水を。

「で、どうする?宮原の屋敷で世話になるか」

「えっ」

「麻里がここで世話になってるからと、

 宮原はおまえが来ても構わないとゆっておるが」

「ああ‥それは。それは・・・」

「行きたくはないか。まっ、あやつは今ひとりじゃからな。

 息子夫婦でもおれば‥じゃがな。

 言っておくが、麻里は卒業までわしが預かる。

 よいな」

「ああ‥はい」

「おまえも由基のようにどこかに部屋を借りるか」

「えっ、や‥ぁ。別荘は?別荘があっただろ」

「ああ。ふっ、そうか。

 森川、連絡しておけ」

森川が答える。

「はい。大御所様」

「宮原にはわしからもゆっておくが、

 彩人、おまえからもゆうのじゃぞ」

「はい、分かりました」

「来週は忙しくなる。週末はゆっくりしてこい」

こう言うと雄三郎は立ち上がった。
彩人も立ち上がる。

「もうよい。行け」

彩人は軽く頭を下げると部屋を出て行った。
再び座り直し、ゆっくりとお茶を飲んでいる
雄三郎に森川が聞いた。

「大御所様。先ほどのお休みの件ですが、

 いかがなさいますか」

「はっ、休み?そんなもの‥

 とうに消えてしまうじゃろ」

「では‥」

「電話じゃ」

「はっ」


~~
その日の夕方。正確には午後4時半頃。
あるスクープが流れでた。
記者達はコメントを取るため関係各所に急ぐ。
テレビでは突然の大スクープに番組が差しかわる。
急遽生中継を始めた局もあった。

『紫堂彩人氏、宮原財閥入り』

巷ではテレビの前に人だかりができ、
紫堂グループと宮原財閥の全てのグループ会社内では、
問い合わせの電話が鳴り止まない。

グループ本社では、麦子が彩人を捜し心配していた。
彩人は午後からずっと席にいなかった。
どこにいるのか聞こうにもGLの姿もなく、
麦子達にはどうしようもなかった。
そんな時、このニュースだ。


彩人‥
朝のおじいちゃんの話って‥このことだったの?

麦子は携帯を手にした。

由基‥

麻里‥麻里は‥大丈夫かしら?


先輩の女子社員が麦子に声をかけた。

「紫堂さん。ここはいいわよ。

 少し休憩してきて」

「でも‥」

「いいから。行って」

麦子は申し訳なさそうに先輩を見た。
こんな気持ちの自分では役に立ちそうもない。

「すみません‥すぐ戻ります」

麦子は涙を堪えながら、
その場を離れることしかできない自分が情けなかった。




~~
☆と、ここでまた区切らせていただきます。
 では、読んでくださって感謝です。。
紫堂家、金曜日の朝。

いつものように逸早く食べ終えた雄三郎が、
3人を順に見ては麦子と由基に向かってこう尋ねた。

「明日はどうするのじゃ。あいつらの顔でも見に行くのか?」

由基が答えた。

「今回は行きません」

「ほう‥そうか。

 それでは行きとうても麦子は行けんのう」

「おじいちゃん!」

麦子は由基を見た。
由基は自分が‥というように、麦子に向かって頷いた。

「じいさん‥周平も渉も頑張ってるそうじゃないですか。

 そんな所に水をさしに行きたくないだけです。

 何なら静養がてら、じいさんが行ってはどうですか?

 ここにいるとまた無理をするじゃないかと、

 麦子が心配しています。

 ここらでちゃんとお休みになって、

 親友と一緒にゆっくりするのもよいのでは?」

「そうよ。おじいちゃん‥」

麦子の優しい声に、雄三郎が麦子を見ると‥
麦子がこくこくと頷いている。

そんな顔をされたら‥

雄三郎は困っている‥
ふりをしながらこう言った。

「麦子や。すまんな、心配かけて‥

 でもな、そうもいかんのだ。

 今、ここを離れる訳にもいかんくてな。

 もう‥そうじゃな‥あと半月もしたら

 休みを取ろうかと思っておったのじゃ。

 じゃからな、麦子。心配せんでもよいのじゃ」


あと半月~のくだりで‥
人知れず森川は、驚いた顔を雄三郎に向けていた。
雄三郎が休むなどと‥そんな話は初耳であった。


「ほんと?おじいちゃん。

 ほんとにお休みするの?」

「ほんとも、本当じゃ。ちゃんと休むから‥な。

 その時はおまえも来てくれよ。よいな」

「うんうん。必ず行くわ。

 由基、ありがとう。よかった‥ほんとに」

由基が言う。

「麦子、よかったな」

彩人も。

「ほんとにな」

「彩人。おまえ、出勤前に少しいいか。

 10分‥まあ、5分とかからん」

こう言うと雄三郎は立ち上がった。
彩人も続き、立ち上がる。
麦子は由基を見た。由基は既に食べ終わっている。

「おじいちゃん。彩人も朝は何かと忙しいだろうし、

 私達がもう行くわ。だから、ここで話して」

麦子はこう言うと、
慌てて残りの野菜ジュースと杏仁豆腐を口にした。
最後に水で流し込む。
そして、麦子は満足気に立ち上がった。
麦子が何気に前を見ると、全員がこっちを見ていた。
思わず苦笑していると、
由基が行こうと扉の方へ麦子を促した。

「おじいちゃん。それじゃあ、行ってくるわね。

 彩人に長々と長話なんかしちゃだめよ。

 彩人も遅刻しないようにね」

麦子は雄三郎と彩人ににっこりと微笑むと、
由基と共に部屋を後にした。


それぞれの席に座り直したふたり。

「何ですか、朝から」

「うむ。もう慣れたか、仕事は。どうじゃ」

「はあ‥そうですね。

 まあ、一通りはってとこじゃないですか」

「そうか。おまえも同じとこにずっとおっても

 おもしろくもないじゃろ」

「はあ?じいさん、何言ってんだ。

 まさか‥異動ですか?」

「察しがよいな。そうじゃ、経営企画室じゃ。

 どうじゃ。もちろんいろいろと企画もできるし、

 無駄はバッサリともできる‥

 そんな所じゃそうじゃ」

「そうじゃ?はっ、俺の聞き違いか?

 じいさんでも把握してないことがあるのか?

 全く‥驚きだな」

「何?‥おまえのためを思って、本来なら内示で

 済ますものを‥そうか。後は上司にでも聞くがよい」

森川が口を挿んだ。

「大御所様、私が申し上げます。彩人様。

 大御所様は、彩人様のことをお考えになられて

 今回のお話をご決断されました。どうか大御所様の

 お気持ちをお察しくださいませ」

「森川?どういうことだ」

彩人が怪しんだ顔をする。

「森川、もうよい。わしが手短に話す。

 おまえも時間がないじゃろ。

 内示は今日出るはずじゃ。正式には‥来週だな」

「はい、そうでございます。大御所様」

「おまえには聞いておらん」

森川は雄三郎の後ろで小さくなった。
雄三郎が仕切り直すように言った。

「彩人。再来週から、おまえは宮原財閥に行くのじゃ。

 これは‥おまえにとっても、

 紫堂グループにとっても‥どういうことか分かるな」

「じっじいさん!」

「わしはおまえにとって、よいことじゃと思う。

 そして、この紫堂家にとってもな。

 それに何といっても宮原の心意気じゃ。

 わざわざ盗みに来いとはな‥なかなかできん。

 おまえもそうは思わぬか?」

彩人は答えることができなかった。
度を超えていた。
森川が彩人に声を掛けた。

「彩人様。お水をお持ちいたします」

森川以外の使用人は、麦子と由基の退出と共に
全員下がらせていた。
森川の声に、彩人は我に返ると雄三郎を見た。

「彩人。この件を断ることは許さん。よいな」

「・・・じいさん。いつまでだ。いつまでなんだ」

「おまえは期限が分からぬと動けぬというのか」

「そうじゃない。いや、こういう場合‥

 普通は期限があるんじゃないか。

 経営に係わる所なんだろ。

 いつまでもって訳にはいかないはずだ」

「まあ、そうだろうな。

 だがな、まだ本当に決まっておらんのだ。

 今のところ‥というべきじゃろうがな。

 宮原にも考えがあるんじゃろう‥

 わしが折をみて聞いておく。

 おまえは明日、挨拶に行ってこい」

「はい」




~~
☆と、ここで一旦区切ります。
 さて、今度は彩人が行っちゃいます。
 お屋敷がまた寂しくなりますね‥