あの後‥
麻里を彩人の部屋に残し、渉の部屋に移動した3人。
リビングからは宮原家の庭園が一望できた。
渉と周平は早々と離れてソファに座り、
先ほどから窓際に立ち、噴水を見ている
彩人を待っていた。
周平の急かす視線に、仕方なく渉が口を開いた。

「兄貴。兄貴もこっちに座らないか」

「ああ‥そうだな」

彩人が振り返った。その顔はいつもと変わらない。
彩人は渉の横に腰掛けた。
それを機に周平が話し出した。

「彩人‥彩人は麻里の家で暮らすのか?

 それに‥それと・・・」

珍しく周平が言い淀む。
渉が続いた。

「兄貴は、兄貴には何か考えがあるんだろ?」

ここで、ふっ‥と彩人が笑った。

「ないよ。何も‥本当に。

 それから、ここには来ない。

 じいさんの別荘があるだろ。

 ここから30分くらいに。そこにした」

渉と周平は驚きの顔を浮かべていた。
彩人から何かしらの決断話を
聞けるものと思っていたからだ。
そんなふたりを
彩人は少し可笑しく思いながら続けた。

「宮原に入るのはいい機会だと思ったんだ。

 確かにじいさんが言ってきたことだけど‥

 外を知るいいチャンスだと思ってさ。

 それに、紫堂家の人間として行く訳だし」

「婿に行く準備じゃないのか?」

ここで堪らず周平は、
自分が一番聞きたかったことを口にした。
彩人は笑みを絶やさず答える。

「違うよ。麻里にもそう話すつもりだ」

「兄貴‥」

「渉、そんな顔するな。俺達は大丈夫だ。

 麻里だって分かっているはずだ」

「麻里は何を分かってるんだ?」

立ち上がって周平が聞く。

「周平、座れよ。

 まずは‥俺の意思じゃないってことだよ。

 宮原会長、ひとりか‥

 じいさんも絡んでるかは知らないが、

 今回の件は会長のお膳立てがあってのことだろ。

 それとは別に、確かに麻里とのことは‥

 真剣に考えなくちゃいけないと思ってる。

 でも、まだその答えを出す時じゃない。

 それを、麻里は分かってくれてるはずだ

 と言ったんだよ」

「彩人‥彩人はさすがだな。

 彩人はちゃんと考えてるんだな」

周平が感心した声を上げた。
渉が言う。

「でも、紫堂の人間が宮原に入るっていうのは、

 いくらじいさん通しが許したとしても‥

 厳しいんじゃないのか?

 兄貴ひとりで行くなんて危険じゃないのか」

「渉。それは心配ない。

 滝沢さんも、あの人も一緒だから」

「でも、兄貴。あの人は会長の秘書だろ。

 信用できないよ」

「まぁ、そうだろうな。

 だが、あの人もある意味経験者だから‥

 きっと力になってくれると思うよ」

「経験者?秘書の前にか?」

「まぁ、細かいことは気にするな。

 何事も多少のスリルはあった方が楽しいだろ」

「兄貴‥」

「周平‥どうした?」

そういえば、周平にしては珍しく
さっきから何も言ってこないと、
彩人は気がついたのだ。
ぼんやりと外を眺めているようにも見える周平に
声を掛けた。
返事はない。
今度は渉が。

「周平、眠いのか?それなら自分の部屋に帰れよ」

彩人が渉を制し、周平の横に移動した。

「周平。何か悩みでもあるのか?

 俺は由基のようにはいかないだろうが、

 おまえの話を聞くぐらいはできるぞ」

「彩人。俺は‥彩人。俺は・・・」

周平はこう呟きながら下を向き、
頭を抱えてしまった。

「周平、どうした?落ち着け‥

 おまえの中で整理できるまで待つから

 急がなくていいぞ」

「周平‥」

渉も心配になった。
彩人が渉に目で合図した。そして話し出す。
渉には何のことか分からない。

「周平、さっき俺の話をしたが‥

 今度は渉の話を聞いてくれないか」

「兄貴」

「いいだろ。いい機会だよ。

 周平‥渉はな、

 こう見えておまえのことが大好きなんだよ」

周平が顔を上げた。
渉は怒る。

「なっ何言ってんだよ。兄貴、気は確かか!」

「周平。おまえはだいじなやつだから、

 渉は言い辛かったんだ。分かってやってくれ。

 渉はこのまま大学に残ることになると思う。

 今のところ、先はまだ漠然としてるんだが‥

 将来は教授になるとか、それも全ては

 これからの本人次第なんだけど‥」

「わ‥たる・・・」

周平の声は泣きそうだった。
そしてまた下を向き、頭を抱えてしまった。
彩人と渉はお互いの顔を見合わせた。
渉は複雑な顔をしていた。
彩人は大丈夫だと言わんばかりに、
渉に頷いてみせた。


そしてその頃‥周平は、
周平の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

兄貴は麦子とどんな形にしろ、幸せになるだろう‥

彩人は近い将来、麻里の家に行ってしまうだろう‥

そして、渉も自分の道を見つけて‥

と、残った自分は?
俺は?
俺は何をしたい?
何をする・・・

周平は急な不安の渦に堕ちてしまった。

何度も頭を掻きむしってみたものの、
何の答えも見つからない‥
俺は‥俺は・・・と、自問し続ける。
悩める周平は、この週末‥
一向に出ない答えを考え続けるのだった。


そして、明日の夜、4人で帰ります‥
紫堂家に。



~「不安」おしまい~



~~
☆何を隠そう‥て、お気づきかと思いますが、
 周平は私のお気に入りキャラです。
 これからどんどん悩んで成長してってほしいわ‥
 てことで、今回も読んでくださって感謝です。。
トントン

ノックする音に、
彩人と麻里はドアの方を振り返った。

「さすがだな」

彩人はこう言いながら椅子を後ろに引く。
彩人は麻里を見てひとつ頷くと、
同時につないでいた麻里の手を離した。
そして、ドアに向かって歩いていく彩人を
麻里は座ったまま見つめていた。
だが、その内心ではめらめらと滝沢への嫉妬心が
増大していた。

カチャ

「彩人」

彩人がドアを開けると周平が顔を出した。
その後ろには渉もいる。
ふたりを中に入れようか‥
一瞬、彩人が躊躇した間に、
周平は何の気兼ねもなく部屋に入ってしまった。
彩人はその後に続く渉と目を合わせた。
そして、お互い苦笑した。さすが兄弟。

「麻里。麻里もいたのか」

奥から周平の声が聞こえてくる。
そこに、ワゴンと共に滝沢も現れた。

「兄貴、俺は後にするよ」

渉が言った。

「そうか‥悪いな」

と、周平が戻ってきた。

「えっ、いいじゃん。渉だって聞きたいんだろ。

 彩人、そんなジャマしないよ。

 少しくらいならいいだろ」

「あっああ‥」

彩人はこう周平に答えながら、
再び渉と目を合わせた。お互いに微妙な顔。
麻里は今‥どんな顔をしているだろう。
そして、また奥から周平の声。

「麻里、ごめんな。

 俺達もさ、彩人のこと気になってて」

俺達‥

渉は苦い顔になった。
彩人は渉の肩に手をやる。
この兄弟は言葉を発しなくても、
お互いにお互いの心が読み取れた。
渉が言った。

「兄貴。周平のやつ‥昨夜からうるさくてさ」

「そうか‥おまえにも周平にも心配かけたな」

ここで追加を指示した滝沢が戻ってきた。

「滝沢さん、ふたりの分の・・・

 コーヒーでいいか?」

彩人は渉にコーヒーでいいか聞いた。

「かまわないよ」

「周平様もコーヒーでよろしいですか」

滝沢がふたりに聞いた。
渉が答える。

「ああ。あいつは何でもいいって言うよ」

「かしこまりました。

 ご用意できております」

ちょうどその時、
ふたりの部屋係がワゴンを引いて現れた。
滝沢にドアを任せた彩人は、渉と共に書斎に戻った。
麻里が周平につかまっていた。

彩人は麻里に謝ろうと、麻里の横に行った。
麻里は彩人を見上げ、首を二、三回横に振ると
微笑んでみせた。

「麻里」

「彩人、座って」

彩人は麻里の横に腰掛けた。
周平は麻里の前に既に座っていた。
彩人の前には渉が着席。
滝沢と部屋係が手際よく、
彩人達にはコーヒーとフィナンシェ等お菓子を。
麻里にはお粥等、身体に優しい食事を準備した。

「麻里、よかった。食欲復活したんだ」

周平はにこにこ顔で麻里に言った。
麻里は恥ずかしくなり俯いてしまった。

「ごめん、麻里。俺‥そんなつもりじゃ」

「周平」

椅子から腰を上げ、身体を前に乗り出した周平を
渉が制した。
彩人は麻里の肩に手をやり、耳元で囁いた。

「麻里。麻里の復活祝いに‥

 俺が食べさせてあげるよ」

既に赤くなっていた麻里の頬は、
この彩人のセリフに
茹蛸のように真っ赤になってしまった。
麻里は俯いたまま顔を両手で覆い隠した。
彩人は椅子を近づけ、
そんな麻里の肩に腕を回した‥
目の前のふたりを睨みながら。
周平は口にチャックの仕草。渉は横を向く。
彩人はそれを確認すると、
自分は座ったまま麻里の腰を掴み、
自身の上に横向きに乗せると
麻里の頭を自分の胸にやり抱きしめた。
彩人も麻里の髪に顔を埋める。
そして、何か麻里に囁いたようだが
目の前のふたりには聞こえない。

周平と渉は、
とりあえずコーヒーを口にしながら

後にすればよかった‥

ふたりともそう考えていた。




~~
☆次回で、紫堂家に戻れるといいなーと思ってます。
 そしたら、休暇も終わり‥
 それでは、読んでくださって感謝です。。
宮原会長との話を終えた彩人は、
滝沢と共に自分の部屋に戻ってきた。

「彩人様、本日はいかがなさいますか」

滝沢はお茶の準備をしながら、
窓際に立つ彩人の様子を窺っていた。
聞こえていないのか彩人からの返事はない。

トントン

誰か来たようだ。
滝沢は歩き出す前に彩人を見てみたが、
気がついていないようだった。

カチャ

「お嬢様」

滝沢はドアを引き二歩後ろに下がり、
麻里を中に入れた。

「彩人は?」

「はい。いらっしゃいます」

「滝沢‥外して」

「お嬢様‥」

「分かってるわよ‥おまえのことも。

 今日はお祖父様に怒られて。さあ行って」

この声に‥
彩人が気づき、ふたりの方に歩いてきた。

「彩人」

麻里の声に彩人の足が速くなる。
彩人は何も言わず、ただ麻里を抱き上げた。

一瞬のことで、
麻里は彩人の顔が‥表情がよく見えなかった。
だが、自分の身体を抱きしめる彩人は力強かった。
たぶん今までで一番・・・


滝沢はそんなふたりの様子に‥出て行くことにした。
静かにドアを閉めようと身体の向きを反転させた時、
彩人と目が合った。
彩人は目を瞑り、一瞬であったが
下を向いたように見えた。
先ほどもそうであったが、
まだ滝沢は彩人の態度、行動だけで
真意をくみ取ることができなかった。
でも今は、
それが彩人の自分への気持ちだと理解することした。
滝沢は一礼するとドアを閉めた。


「彩人‥重いでしょ」

「麻里、皆に心配かけたんだって‥

 ちゃんと食べなきゃダメだろ」

彩人は麻里の耳元でこう言うと、
ゆっくりと麻里を下ろした。
彩人は麻里の手を取って書斎に戻った。

「彩人、ごめんね」

「うん?」

「電話‥出なくって‥」

「それだけ?」

彩人は滝沢が用意したお茶に気づいた。

「えっあぁ‥ごめんなさい。メールも‥」

「麻里も飲むよね。あっ、昼は?

 食べてないんだろ‥何か持ってきて貰おう」

彩人は携帯を手にし、滝沢に電話した。

「彩人‥」

麻里は無意識に、
携帯を掛ける彩人の長い指を見ていた。
麻里の視線に気づいた彩人が微笑んでくる。
麻里はかぁーと熱くなり恥ずかしくなった。
麻里は彩人から離れることにした。
部屋の中央にあるテーブルの右側に腰掛けた。


「はい」

「滝沢さん。今、大丈夫ですか?

 お願いがあるのですが」

「はい。何なりとお申しつけください」

「何か食べるもの‥

 温かくて食べやすいものがいいのですが」

「お嬢様がお召し上がりになると‥」

「ああ。そうなんだ」

「そうでしたか‥すぐに‥お持ちいたします」

「お願いします」


彩人は携帯を切ると麻里の所まで行き、
麻里のすぐ横の椅子に腰掛けた。

「彩人‥」

「麻里、約束だ。今度こそ本当に約束するんだ。

 ひとりで悩まないこと。

 何があっても食事は必ず取ること。

 あと、電話に出ること。いい?」

彩人は麻里の方に身体を向けながら言った。

「彩人‥ごめんなさい。私・・・」

「麻里。麻里の言いたいことも‥

 言えないことも‥分かってるつもりだ。

 俺がそうさせていることも」

麻里は下を向いて首を横に振る。
彩人は麻里の手をテーブルの上で握った。

「でも、このままじゃダメだろ。

 卒業したら麻里は店をやるんだから。

 会長は今から楽しみにしてるし。

 俺も麻里が頑張ってる姿‥見たいよ」


 

~~
☆と、ここで区切ります。
 読んでくださって感謝です。。