金曜の夜ですが、とある勉強会がありました。講師は『誰が殺した?日本国憲法』(講談社)の著者の倉山満先生。
勉強会には出られず、その後の食事会で、お話をお聞きしました。
私と同世代の先生ですが、話は刺激的で面白いです。
遅ればせながら、本を読み始めた次第です。(まだ初めの方だけですが、本も面白いです。)
帰りの電車で、メンバーと震災の復興の話になりました。
彼が関東のある県議会の中継動画を見ていたところ、震災のがれきを東北からその県に持ってきて処分しようという知事の提案に対し、ある県議は猛然と反対したそうです。
詳細は書きませんが、彼はそのやり取りのひどさに腹が立ち、途中でスイッチを切ったといっていました。
絆というのは言葉だけかと。
私の問題意識とまったく同じでした。
「放射能は危険だから、うちの県には持ってくるな」では、何も進まないでしょう。
何かしら道を探すということが本当にできないのでしょうか。
憲法問題(自分たちの生活や国家全体を考えること)や震災の復興の問題など、話は大きくなってしまいましたが、大事なのは、考えることをやめない、主体的に自分の問題として考えるということだと思います。
全くまとまりまりがありませんが、今日はこのあたりで。