「それが全てではない」の続きだよ。
夫の話には続きがあって
それもすげぇ話だったので、書きます。
でもあまりに私の世界とかけ離れており
すごいすごい!と感激したものの
私の中に落とし込めていないので
うまく表現できないかも。
何事も鮮度が命だから
私の感動が新鮮なうちに書きます。
最近、この考え方をだいぶ改めて
いろいろチャレンジしてみています。
このブログも、そのひとつ。
夫の話の続き。
「どうしてもさぁ、勝てない時ってあるの。
調子が悪い時。
それは誰にでもあって、俺にもあったし」
「それで勝てない時に、いちいち責めてくる奴がいなかったのは、恵まれてたかな。
中学も高校も、そういう奴はいなかった。
テニスしかない、って感覚だと
そうして責める奴も出てくるんだろうけど
うち、そこそこ頭のいい高校だったからか
そういうのはなかったんだよね」
もしかして、私の周りは…私も含めて頭が悪かったのか…?
だから責める風潮だったのか…?
と、ちょっと思う
「そういう調子が悪い時って
とにかく、練習しかないのよ。
ひたすら素振りしたり、球打ったり。
部活が終わってからも、残ってやったり。
それは俺以外の奴もやってて
勝てない時があっても
そうやってるところを互いに見てるしさ
そういう時は、俺も残って付き合ったり
俺の時も、誰かが付き合ってくれたり。
そういうところで、信頼関係がちゃんと出来てたからね」
ああ〜〜〜〜〜〜
そういうことか〜〜〜〜
私、以前
友達についての記事を書いたんですが
その中で、夫が
「自分以外は、みんな他人」
って言っていて、びっくりしたんですね。
「他人」という言葉に冷たいイメージがあったから、夫に対して「この人、冷たい人なのでは!?」とちょっと思ったんだけど
全然違ったわ。
次元が違ったわ。
夫の言うところの友達って
基本的に「信頼」が土台にあるのだ。
自分も、みんなも、地続き。
その友達の中で、
割とよく会う、とか
趣味が合う、とか
自己中とかワガママとか面倒見がいいとか
酒癖が悪いとか(笑)
いろんな人はいるのだろうけど
夫から見たら、
そういう外側から見えるものは
たぶんそんなに関係ないのだ。
そういう意味で、
「俺は順番なんてない」のだ。
私の人付き合いって
たぶん、小舟に乗る人。
その中で、近い人、遠い人
離れていって見えなくなった人
そんな風に見ていたんじゃないかな。
近所の小学生女子の会話。
女子A
「学校とかみんなの前では『さっちゃん』って呼ぶね。
2人の時は『さちよ』って呼ぶから」
女子B
「うん」
ちらっと聞いて、夫が
「えっ、何?あの気持ち悪い会話…」
って言うので
「女子同士の付き合いってさ
秘密の暗号とか
秘密の呼び名とか
秘密の話題とか
そういうのを共有することで
友情を深める、みたいなところがあるんだよ。
交換日記とか」
って話したら、驚いていた。
夫は、いちいち確認し合う必要がないのだ。
友達だとか、仲間だとか
順番だとか
自分はあなたのことを大事に思ってます、と証明することとか
信頼があることが大前提だから
そんなことをわざわざする必要がない。
わざわざ証明する必要がない。
すごいなぁ…
それってたぶん
家族の間でも、そうだったんだろうな。
信頼し合っている大前提があるから
愛情を求めたり確認したりする必要がないのだ。
すんげぇ〜〜〜〜
私が見てきた世界の狭さに
ただただびっくりするよね。
夫の話が腑に落ちきるのは、いつだろう。
まぁ、じわじわ効けばいいさ





















