3月11日。
8年前は、まだ息子は生まれてなかった。
お腹にもいなかった。
今朝、いつも聴いているラジオで
あの日の話をしていて
夫が息子に
8年前の今日は、大きい地震があってね
大きい津波が来てね
多くの人が死んじゃったんだよ。
と、話した。
私はあまり、ニュース番組を息子に見せない。
残酷な話は今はなるべく聞かせたくないし
最近は特に、虐待のニュースも多いから
余計に見せたくない。
だけど、震災の話は別。
関東に住む私の中にも生々しく記憶。事実。
そしていずれ来る、災害の話。
残酷でも、知らなければならないこと。
私はまず、息子を安心させたくて
「幼稚園とか学校にいる時に
大きい地震があったらね
お母さんが、すぐ迎えに行くからね。
大丈夫だからね」
と話した。
そしたら
「せんせいに
おおきいじしんが来たら
おかあさんがむかえにくるから、っていうね」
息子はもうすぐ一年生だ。
夜、ニュースで震災関連の話題を見ていたら
彼なりの「知りたい」という気持ちもあり
いろいろ質問されたので
私が知る限りのことを話した。
とても大きな地震があったこと
その後、広い範囲が津波にさらわれたこと
多くの街が流され、家が、人が流され
多くの人が亡くなったこと
電気を作る工場(原発)が爆発して
生き物にとって毒になるものがばら撒かれて
その近くに住んでいた人たちは、未だにおうちに帰れないということ
その工場を安全に眠らせるために
いろんな策を講じているけれど
未だに出来ていないということ
今もまだ、危険な場所で働いている人がいること
息子がどこまで理解できたか分からないけど
「知ること」「伝えること」をこれから始めていこうと思う。
今朝は天気がとても荒れていて
雨が止みそうで止まず
風がとても強くて
昼には回復して
息子を迎えに行く頃には、とても穏やかに。
前を歩く息子は、楽しそうに電車ごっこしている。
息子が
夫や家族が
私が
安心して、楽しく過ごせる。
という幸せ。
とても狭い世界で生きているけれど
何かあった時に
息子のところにすぐ駆けつけられる場所に
いつもいられるということは
とても贅沢で
恵まれた環境なのだ。
と、最近は思う。
うん。
私もあったかいお布団で安心して寝るために
まず台所を片付けよう。
日常は続く。
これからも。



