![]() | さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ Amazon |
こんな本を読みました。
思ったより、衝撃でした。
感想を書きたいのだけど
何から書けばいいのか。
親ウケのする人生を頑張ってきた作者さんが
摂食障害から鬱になり、
性的なことを自分で抑圧していたことに気付き
レズ風俗を利用する、って話なんだけど
自分で禁止していた性的なことを許可して
世界が広がっていく感じや、
性的なことを通して、
作者さんの親との関わり、人との関わり、
自分を大切にすることに気付いたり、
怖いながらも前に進む様、
心の動きの表現がとても素晴らしく
一気に読んでしまった。
性的なことに対する抑圧は
性別や性的嗜好に関わらず
誰もが持っているものなのだろうけど
いかんせん、タブーという風潮が強過ぎて
そんなんオープンに喋らんし
というか、私自身は
自分のことは絶対に喋らんですたい!
そこは秘めたいんですよ。
秘めておきたいんですよ。
だから今まで頑なに書かずにきた。
この作者さんは
作品当時、28歳処女。
性的嗜好についても、
この時点でよく分かってない。
(手探りな感じ)
私自身は28歳の時には
そこそこに、そこそこだったので
作者さんと同じではないが
なんとなく、通じる部分はある。
性的なことを否定しすぎることと
逆に奔放になり過ぎてしまうことは
逆なんだけど、近いのでは?と思う。
私は若い頃、大して好きでもない異性と
そーいうことになってしまったことが
何度かあって
付き合ってた男にフラれた後なんだけど
ヤケクソというか、
他に何の取り柄もない自分に
体だけでも求めてくれる人がいるなら
ありがたいと思っちゃったのよね。
束の間であっても
依存先が欲しかった。
もともと、自信がなさすぎて
ひとりが不安でたまらなくて
「それ」だけでも武器になるのなら
もう、それを使うしかないと思っていた。
最終兵器くらいに思っていた。
作者さんは、親に愛されるために
自分が「子供」でいなければならない、と
強く思い過ぎ、性的なことを否定し過ぎた、
と書いている。
親の愛を得るために、「子供」でいるために抑圧する。
親の愛の代わりに、誰かで満たす。
根っこは同じだ。
性的なことに興味を持ったり
そういう行為をすることは
親から大きく自立することだ。
親元から巣立って、親の庇護のない場所で
家族ではない誰かを好きになったり
自分の身ひとつで相手と対峙したり
心と体で相手と気持ちを伝え合い、
深い安心や喜びを得る。
親元で得ていた安心感を
男に守られている感覚
女に包まれている感覚で、思い出す。
…というのが性の真髄なのだとして
その真髄へは、むしろ
そこそこの年数が経った夫婦の方が
辿り着きやすいのではないかなぁと思う。
若い頃はどうしても
衝動や快楽が先に立ちやすいし
相手にいいところを見せようとしてしまう。
清純ぶってみたり(笑
経験豊富なフリをしてしまったり。
(そういう時があってもいいんだけど)
そこそこの年数が経った夫婦は
家事や育児といった日頃のやりとりで
相手に対して自分の要望を伝えるスキルを養っているから
行為に対する要望も伝えやすいんじゃないかな。
私は若い頃、
「痛いから嫌だ」とか、言えなかった。
場が白けたら嫌だな、というか
相手の心身(笑)が萎えたら嫌だな、とか
それがきっかけでフラれたら嫌だな、とか
考えてしまって、言えなかった。
自分ばっかり我慢して
相手のペースばかり尊重していたから
付き合いが長くなっても、
相手が変わっても
「付き合いでやってやってる」みたいな気持ちがどこかにあった。
自分の身を犠牲にしている感じが、常にあった。
当然、快楽方面にも本質的にも満たされない。
生殖という目的を終えた後の行為って
THEコミュニケーションツールだから
いろいろ取り繕う必要がなくなった夫婦は
純粋に楽しみやすいと思う。
子供はどんどん外に出て行って
いずれは独立するしさ
夫婦ふたりの生活になるわけじゃん。
その前にさ、深めておきたいじゃん。
いろいろ。
今朝、ラジオで聴いた話。
当時、中3だった息子さんが
お父さんである、投稿者さんに相談がある、と。
彼女が妊娠した、と。
投稿者さんは、息子さんに
「おまえは、どうしたいんだ?」
と尋ねたら
「彼女に子供を産んでほしい。一緒になりたい」と。
息子さんの真剣な気持ちを受け取った
投稿者さんは、息子さんを全力で守ると決意。
彼女の親御さんに殴られる覚悟で挨拶に行き
いろいろ話し合った結果、
赤ちゃんはしばらく、彼女の家で育てることに。
息子さんは、高校を卒業して就職し
ふたりは晴れて結婚。
現在は、マイホームを購入して独立。
近々、二人目のお子さんが生まれるとか。
すごいよね。
お父さん、すごいよね。
私もいずれは
息子の性を受け容れる時期が来るわけで
その時に、自分が性をタブー視していると
いろいろ都合が悪い気がする。
行為だけに注視していると
ただ、禁止や否定ばかりになって
本質を見失うし
目を背けてしまうかもしれない。
「女は性において、一方的に犠牲になるだけ」
という価値観を持ったままだったら
さっきのラジオの投稿者さんのように
息子を全力で守ることはできないだろう。
「よその娘さんを傷モノにした息子」という
大きな十字架を背負わせるかもしれない。
男性と女性は、夫婦は、親子は、人間は
対等である、ということは
性においても言えると思う。
それには、
そのためには
私自身が、タブー視してはいかんのよ。
私も、本質を知っておきたいわけよ。
さっきの本の中で
作者さんが、当時の日記に
「経験することで、過去を見つめられるように
なることもあるのでは」
と書いていて、
本当にその通りになった、と書かれている。
私もまだまだ、旅の途中。
過去の、自分を大切にできなかった時期も
これからのことも
まるごと肯定して生きよう。
性に対してもそうだけど
他のこともね。


























